入学
アルソン学園物語
今日は良い天気。これから始まる事を考えるとワクワクが止まらない。
私は自室で制服を着た自分を鏡で見た。
「うん、完璧!」
私は鏡の前でクルリと回った。
少しスカート短かったかな? でもこれが流行りなんだよね?
私はふと机に置いてある時計を見た。
「あれ?」
時刻は8時を指していた。おかしいな? だって起きたのは7時のはず……私は自分のベットに置いてあるもう一つの時計を見た。そこには針が止まった時計があった。
「……遅刻だーーー!」
私は急いで部屋を出た。
「あ!」
カバン忘れる所だった……。入学式早々これ忘れたら笑えないよね。
走って階段を下りた。
「アヤメー? 大丈夫? もう八時よ?」
お母さんがリビングから出てくると私にそう呼びかけた。
「言わないでよー。御飯食べる時間ないからもう行くね」
私は急いで靴を履いた。
「全く、少し待ちなさい」
母さんは私を呼び止めると私にウイダーインゼリーを手渡した。
「あんたの事だからこうなると思ったわ。買っておいて正解だったわね」
「うぅー……母さんの考え通りになるなんて……」
「アヤメの母さん何年してると思ってるのよ。ほら、早く行きなさい」
母さんに背中を押されて私は家を後にした。当分は帰らない自分の家。少し寂しい気もするけど……でもワクワクが止まらない。だって……私がこれから毎日通う学校は運動系クラブのない珍しい高校。私立アルソン学園。文化系クラブが占めるこの高校は全寮制で学生は寮で生活をする。
「早く行かなきゃ」
私は大きなリボンを強く締め、ロングマフラーを首に巻きつけた。
外は少し肌寒く、まだ春が来ていないことを実感した。
「よし、いっくぞーー!」
私は気合を入れて学園まで走った。ワクワクが止まらなくて自然と足が早くなる。そう、私はこれから高校生……中学と違って大人の第一歩。速く行きたい。
「あっ!」
速く走りすぎた。慣れない靴で走ったものだから私は足を滑らせ転けてしまった。
「イタタタタ……。入学式前からほんとついてない」
初日からこんなのって……神様どうか私の学園生活が大変なものになりませんように……。
私は神様に願った。
「とと、こんな所で落ち込んでる場合じゃない」
私は起き上がると今度は急ぎ過ぎないように走った。擦りむいた足がホンノリ痛い。
商店街を私は走っていた。飲み干したウイダーゼリーの容器を近くのコンビニで捨ててきた。
「ハァハァ……」
結構走った。そろそろ足が疲れて走れない。
「ハァハァ……あ!」
制服の学生を見つけた。もう学園の近く。私はラストスパートと思って動かない足に鞭打って走った。
賑わっている通りまで後少し……。
「この階段を下り切った先には……」
待ちに待った私の新しい生活が始まるんだ。私は楽しい妄想をしながら階段を下りた。
「あれ?」
私は階段を下りきる直前で一度止まった。ある光景が目に入ったからだ。
「あれ? この服がこの学園で流行ってるって……」
目に入ったのは普通の制服を着ている学生ばかりだった。
私は先日学園の制服を買いに行った時の事を思い返した。
あの時は、制服のついでに何か服でも買おうかと思って近くの服屋さんに立ち寄った時の事だ。
「お客様。アルソン学園に行かれるのですか?」
メガネの似合う店員さんが私に近づいてきた。
「はい、そうですけど」
なんでわかったんだろう? 私は不思議な気分になりながら店員さんにそう答えた。
「なんでわかったんですか?」
そして聞いてみた。
「わかりますよ。だってその雑誌。アルソン学園が出しているものですから」
そう言えば、今私が持ってるこの雑誌。入学生に配られる物だ。
入学にあたって配布されるこの本。見た感じファッション雑誌にしか見えない。
「そうなんですよ。アルソン学園に入学するんですよ」
私は少し照れながらそう言うと店員さんはメガネの位置を少し弄って
「そうですか。ですがお客様。その雑誌に載っているファッションは時代遅れ。これからはこれを着けなくては!」
そう言うと大きなリボンを私に差し出した。
「え?」
確かにアルソン学園は校章の付いた制服を着ていれば他は自由にできるという自由度の高い学園。
「そっそうなんですか?」
私は少し動揺しながらそう答えた。
「ええ、勿論ですよ。ほら一度着てみてはどうです?」
私はリボンを首に巻いた。
「思ったとおり。お客様なら流行りの服を着こなすと思っていました」
「ほっほんとですか?」
「ええ、お客様はご自分の魅力に気づいていらっしゃらないだけです」
私の魅力? なんだか照れちゃうな。それに少しムズ痒い。
でも似合うならこれは買うしかない。
「これください」
「はい、ありがとうございます」
「騙されたーー!」
私は小さく叫んだ。そう言えば会計してる時、変に笑ってたな。これが腹黒いってやつなのか。
「ぐぬぅ……」
私は階段の一番下の段で壁に寄りながら呻いた。
今度からあの店行く時は気を付けないと。また騙される。
「でも……」
この服装をしてるのはおそらくこの学園では私だけ……。
「それってなんか特別な感じ」
私は頭を切り替えて入学生達の列にまぎれた。少し周りの目が気になったけど無視した。
「ウフフフ」
思わず笑みが溢れる。
私は学園の門をくぐった。新生活の第一歩を今踏みしめた。
「そこの君。ここは在校生の列だから新入生は裏門から入ってね」
「え? あ! はい!」
今日は本当にドジしかしてない。
「ふぅ……」
私は入学式を終え学園の庭を歩いていた。
初日から散々だった。……はぁ。でもしょげてばかりいられない! これからが始まりなんだ!
「これからどうしようかな?」
私は学生手帳を開いた。
「そう言えば」
学園の注意事項を見た。気になることが書いてあった。『生徒は必ず部活に所属しなければならない。入学三ヶ月以内にどこかの部に所属していないものは退学処分とする』
「なるほど、必ず部に所属するのか」
どの部活に入ろうかな? 中学の頃は運動系に所属していたけど……。
「その前にどの部があるのかな?」
私はクラブ勧誘をしている広場に向かって走った。
「やってるやってる」
広場ではたくさんのクラブの先輩達が新入生を勧誘していた。その光景はとても新鮮で心臓が弾けちゃうくらいドキドキした。
「映画研究部にゲーム制作部。色々あるなー」
ここは文化系部ならなんでもあると言われる学園。だから、中学の時のように運動部に所属することはできない。まぁ中学時代に「キルアって男っぽいよねー」「お淑やかさがないよねー」っと散々友達に言われてきたからこの学園を選んだわけなんだけど。
「お前どこ行くよ?」
ふと後ろで会話が聞こえた。そこには新入生の男子二人が話していた。
私は二人を見た。クラブの会話かな?
「ああ、どうするかなー?」
「俺は書道部行こうかな? 二年のあの先輩かなり美人だし」
書道部の持家 キサラギ先輩か。そう言えば入学式のクラブ紹介で字を書いてたな。あれは凄かった。
「書道部? お前あそこ行くの? 辞めておけよ。あそこって確か特殊能力持ってる人がいるって噂じゃねえか」
特殊能力? なんか聞き覚えがあるような……。思い出せない。
「あ、そうだった……辞めておくか。ああいうところに所属したら自分が惨めだもんな」
「そうそう。ほら、行こうぜ」
もう少し聞きたかったな。特殊能力ってなんなんだろう?
「ええと、江宮 アヤメさんだったよね?」
不意に後ろから声をかけられた。私は驚いて後ろを振り返った。そこには男子が一人立っていた。
「ええと……誰?」
見覚えのあるようなないような? 誰ろう?
「ああーやっぱ覚えてないよね。一応、江宮さんの後ろの席なんだけどな。俺の名前は加山 トオル。江宮さんの事を覚えてたのはその大きなリボンを付けてたから」
あーやっぱり目立つか。それに私の後ろの席か……だったら見覚えがあるような気がしたわけだ。
「あー……アハハハ」
私は苦笑いしながら首に巻いたリボンを見せて
「でも可愛いでしょ?」
と切り返した。これで変って言われたら少し凹むかも……
「うん、似合う似合う。入学式の時から目立ってたから気になってたんだよね。そのリボン」
「でしょでしょ?」
よかったー。私は大きく息を吐いた。それを見て加山君はクスリっと笑うと
「ところで江宮さんクラブでお悩まみと見えるけど候補はないの?」
聞いてきた。
核心を疲れて私は一歩後退した。
「そっそういう加山君はどの部に入るの?」
「俺? 俺は新聞部。情報命だから色々この学園の事調べたよ。だからこの学園の新入生の中で一番学園の事詳しいと思うよ。何が聞きたい?」
自信満々に胸を叩くと手帳を取り出した。
「へっへぇー……じゃっじゃあさ」
少し押され気味だな。とっとりあえず何か話題話題……。
「この学園で特殊能力を持った先輩達がいるって聞いたんだけど教えてくれる?」
苦し紛れ過ぎたかな?
加山君は少し考えてから
「特殊能力? ああ、あの6大部の事か」
と言った。
「6大部?」
書道部だけじゃないんだ。
加山君は手帳を眺めながら何かを読み取るとクスリと笑って手帳を閉じた。
「そう、演劇部、天文部、書道部、漫画研究会、美術部に華道部。これがそのクラブかな? その中の人達の一人が特殊能力持ってるって噂だよ」
「噂なんだ」
なんだ、そこまで言うんだから凄いのかと思った。
ちょっとすごい想像していた私には少し拍子抜けをしてしまった。
「そう、噂。でも、見た感じ普通の人じゃできないことを平然とやってのけるから特殊能力って言われてる」
加山君の普通じゃできないという言葉に心打たれた。
普通にできないこと? 何それワクワクする。
「へぇー」
「興味持った?」
「勿論」
私は目を輝かせながら加山君を見た。
「なら、少しだけ説明するねって江宮さん!」
彼の話も興味あるけど、話より本物をこの目で見ないとね。
私は走って6大部がいるであろう勧誘ブースを探した。
「あーあ、行っちゃった。最後に一つ帰宅部の人ですごい人がいるのに……まぁいいか。彼女なら見つけられるだろうし。これはこれで面白そうだな」
「ハァハァ……今日は走ってばっかだな……いいダイエットになりそう」
「演劇部に入りませんかー?」
向こうの方で演劇部と言う声が聞こえた。
いた! でも目の前は新入生で埋め尽くされていた。これを抜けるのは大変そうだ。
「すいません。通りますねー」
私は人で埋まった広場を突き抜けて声のする方にできる限り走っていった。
「演劇部ー!」
あれ? さっきの人とは違う声。複数でやってるのかな? まぁ勧誘を一人でやるのは大変だもんね。
「入りませんかー」
今度は女性の声?
「後もう少し……」
私は最後の人を退けて演劇部の勧誘している場所に着いた。
「え?」
驚いて私は目を丸くした。私が想像していたものと違ったからだ。
「嘘」
声を出しているのは一人だけだった。他の部員は一生懸命チラシを配っていた。可笑しいな? 複数の人の声が聞こえたはずなのに……。
「おっと君。演劇部に入らない?」
また違う女性の声……でもこの人男性だよね?
その先輩は男性では出しにくい声域の声で私に声をかけてきた。というかこれ女性の声だよね?
「ん? どうかした?」
今度は男性の声……一体どうなってるの? わけがわからなくなってきた。
「ああ、俺の声? すごいだろ? だそうと思えば百通りの声出せるんだぜ?」
百? そんなの普通の人じゃ出せない。これが特殊能力って呼ばれる能力?
「立花ー。あんまり新入生をからかってないで勧誘してくれよー」
他の先輩が立花先輩? にそう言った。
「ああ、ゴメンゴメン。よかったら君も演劇部に入ってね」
そうまた違う声でそう言うと勧誘を再開した。
「はっはい」
凄い。こんなことができる人達が後五人もこの学園にいるんだ。
「もう少し見て回ってきます」
私は先輩たちにそう言って頭を下げた。そして、演劇部のブースから離れた。
「この学園に入学してよかったーー!」
私はつい大声で叫んでしまった。
「あ! あわわわ……」
周りの視線が私に集まる。いきなり大声を出せばそうなるよね……。
「なっなんでもないです」
私は慌ててそう言うと残りの5つの部を探した。
少し恥ずかしい……でも顔はニヤけてる。目の前にしたことがそれだけワクワクすることだったから。
「漫才研究会入りませんかー?」
研究会とかもあるのか。そう言えばここ部だけじゃなかったね。漫画研究会もあるし。
私は小さく笑うと前を見た。漫才研究会の隣に漫画研究会のブースがあった。
「ん? 君漫研に興味あるのかい?」
爽やかそうな笑顔を向けながら漫才研究会の先輩が私に話かけてきた。
猛ダッシュでここに走ってきたらそう思っちゃうよね。
「いえ……」
隣の部にいる特殊能力者を探しに来ましたなんて言えない……。
「夜見山先輩。そろそろお願いします」
漫画研究会のブースで先輩が立ち上がった。私は漫才研究会の先輩に一礼して隣のブースに移動した。
「ああ、もうそんな時間だったね」
先輩はペンを持つと大きめの画用紙が置いてある席に移動した。
「あれ?」
ペンだけ? 漫画を描く時って色々道具必要じゃなかったっけ?
机の上には画用紙以外の道具が一切置かれていなかった。漫画を描く体制には見えなかった。
「それじゃあ始めるよ」
そう言うと定規もなにも持たず先輩は絵を書き始めた。それも描く速度も早い。
「凄い……」
絵はどんどん完成されていく。でもそれを成しているのはペン一本だけ。
「よし」
先輩はニッコリと笑うってそう言うと席から立ち上がって画用紙を私たちに見せた。そこにはペン一つで描かれたとは思えないぐらい綺麗な4コマ漫画が一枚完成した。できるまでにかかった時間はたったの数分だった。
「おおーーー!」
魅入ってたのは私だけじゃなかったみたい。漫画研究会の周りにはたくさんのギャラリーができていた。
「これが……漫画研究会の特殊能力……」
凄い凄い。こんな普通じゃない事が目の前で起きるなんて
「次々!」
私は他の部に向かって走り出した。もう立ち止まっていられない。こんなに素敵な事がまだまだあるなんて。
「発見!」
次は書道部だ。
「いやーここはワイワイしてる広場の中で静かだからすぐわかったよー」
とと、静かにしないと。字を書くときのマナーだよね。
私は大きな紙の上で集中している先輩を見た。
ん? あれ? この人……。クラブ紹介の時に出てきた持家 キサラギさんだ。この人が能力者なのかな?
「ふぅー」
持田先輩は大きく深呼吸をして等身はありそうな筆を振り回した。
「え?」
持田先輩は目を瞑ったまま文字を書いてる。それも書いた場所を踏まないように立ち回り、的確に文字を書いていく。
「よし」
そう言うと目を開けた。そこには部員募集と書かれた画用紙があった。
「と言う訳でよろしくお願いします」
そう前かがみに笑顔でそう言うと周りの男性陣は大喜びで入部届けを手渡した。女の武器を最大限に生かした勧誘方法だ……。
「ありがとー」
この人……できる。
私は生唾を飲み込んだ。
「……次行こう」
あれがぶりっ子と言う奴か……。こう言うのに弱いのかな? 男って
私はそんなことを考えながら周りを見渡した。
「次はこっちかな?」
私は適当に歩きだそうした時、誰かに手を掴まれた。誰かと思い私は振り返るとそこには見知った顔があった。
「加山君?」
彼は肩で息をしながら私の手を握っていた。
「そっちじゃないよ。そっちに行ったら広場から出ちゃうから」
そう言うと私の手を引いて人ごみの中を歩き始めた。
「加山君わかるの?」
まるでこっちの方向に何があるのかわかっているような歩き方だけど。
「トオルでいいよ。ここの近くに華道部があるから……ってもう行ったかな?」
なんで華道部があるってわかるんだろう?
「まだだけど」
「そう。それじゃあ大体の勧誘ベースの位置わかるから行ったところ教えて」
「えええと、演劇部に漫画研究会、それと今いた書道部だよ」
彼はそれを聞くとクスッと笑って
「結構時間経ったけどまだ三つか。五つは周ったかと思った」
うっ……探し回ってたから見つからなかっただけなんだけど。どこにどのブースがあるかわからないし……。
「江宮さんって結構せっかちなんだね」
グサリと心に矢が刺さった。中学の頃から言われてきた言葉だ。
「それに方向音痴」
当たってる……。
「この広場に来る途中ブースの場所が書いてある地図あったけど貰わなかった?」
「え?」
そう言えば先生が何かを配ってたような? そんなことよりもって気にもとめなかったけど。
「ほら」
トオルはポケットから取り出した一枚の紙を私に渡した。これって……。
「これは……ブースの地図?」
地図を見ると中にはクラブのある場所が全部載っていた。これを配ってたのか。
「うん、もらってないんでしょ? 俺は覚えたから」
「ありがとう」
「うん」っと小さく頷いてトオルは私を引っ張った。
「さて、次は華道部だよ」
「……」
華道部……。今まさに華を生けようとしているあの人が能力者かな? 聞こうにもみんな黙って先輩を見てるものだからトオルに話しかけられなかった。
ん?
「あれ?」
私は先輩の前に準備されているものを見て驚いた。先輩の前に置れていたのは全部生き生きしている華じゃなくて今にも枯れそうな華ばかりだった。
「あれって?」
思わず声が漏れた。
「見てればわかるよ」
トオルは小さくそう言うと私を見た。
「……ぅ」
先輩は何か呟いたと思うと華を手に持った。
「すごい」
死にかけの華達の生き生きしている部分だけを残し他を全て切り捨てていった。
「でしょ? 名前は萬 カイト 見てのとおり見切きの能力持ちってところかな?」
トオルは小さく答えてくれた。
「へぇ……ってそれって特殊能力なの?」
「ああー」
トオルはクスッと笑うと
「何か勘違いしてるよ江宮さん。特殊能力って言うのは超能力とかじゃないよ」
超能力とは違うのか……。
「先輩らは普通の人ではありえないような身体能力を持ってるだけだよ」
「普通の人ではありえない?」
普通の人ではありえないってなんだろう?
「そう、6大部のうち3つは周ったんだよね? 彼らの凄さはどうだった?」
私は演劇部、漫画研究会に書道部を思い出した。確かに先輩たちは超能力みたいなことはしていなかった。
「確かに」
でも、みんな普通の人じゃできないような事を全部成し遂げていた。
「演劇部の立花先輩は異常な声帯域を持っていたり、漫画研究会の夜見山先輩は道具無しで細かな線を一筆書きで書いてしまったり、書道部の持田先輩は何も見なくても文字を書いてしまったりとみんな普通の人ではできないことを平然とやってのける」
「萬先輩は?」
私は冷めた心に熱が帰ってきたのを感じつつトオルに聞いた。
「萬先輩は生きている部分を見ることができる能力かな? 多分、先輩たちには俺たちに見える物とは別の物が見えてるんだと思う」
「修行して身につけたとか?」
でも、修行をすれば誰でもできるんじゃ?
「練習はしたと思うけど……でも先輩達が特殊能力を持っているって噂になったのは入部した当初からだから才能じゃないかな? まぁ才能と呼ぶには余りにも凄すぎる能力だけどね」
トオルは凄いな。なんでも知ってる。……これはもしかしてトオルも?
「どうしたの? そんな目を輝かせて」
「トオルは物知りだなーって思ってさ。まさかトオルも?」
期待の眼差しを向けてそう言うとトオルは苦笑いをして
「俺の場合調べるのが好きなだけだよ。それに先輩達の事は入学前に知り合いから聞いただけだから」
困った顔でそう言うと前を向いた。そう言えば何か喋るとき手帳をチラチラ見てたな。
「江宮さん」
トオルは私を呼ぶと視線を萬先輩の前に置かれた華を移した。
「凄い……」
ほとんど生気を無くしていた華達が生き返ったかのような姿で凛として生けられていた。
周りから拍手が沸き立つ。
「次々行こう! 早くしないと天文部と美術部の勧誘パフォーマンス終わっちゃう」
「そうだね。でもあと二つは大丈夫だと思うけど」
大丈夫ってなんだろう? でも急がないと……。
私は走り出そうとした時手を掴まれた。
「そっちは逆ね。こっち」
あちゃー。また間違えちゃった。焦ると迷っちゃうね……。
「俺が案内するから着いてきて」
「うん」
天文部のブースの前に立った。ここは能力者がいると言うのに人は集まっていなかった。
「あれ? 終わってる?」
来るのが遅かったか……もう終わっちゃってる……。
「いや、終わってないよ。ここは夜にならないとできないからね」
そうか、天文部だから朝からじゃできないか。
「となれば」
私は天文部の前で小さくなっている部員の人に声をかけた。
「すいません先輩! ここに特殊能力を持った先輩がいるって聞いたんですけど誰ですか?」
私が声をかけると少し困った顔をして
「あ、多分それ僕だと思う。そんなに凄い事できないんだけどみんながそう言うんだよね」
「先輩がそうなんですか!」
やった! 適当に声をかけた先輩がそうだった!
私は思わず飛び跳ねてしまった。
「うん。でも僕にできるのは大したことじゃないよ。出来る事なんて今日の流れ星がいくつとか場所と時間がわかるくらいで他は何もできないし」
さらりと言ったけどそれって物凄く凄い事な気がする。
「そうだな。今日は……流れ星はないかな? でも星は綺麗だよ」
先輩は空を見上げながらそう言うと「できたら夜に来てね」と私に言った。
「是非!」
私は先輩の手を握ってそう言った。
「……!」
すると、先輩は顔を真っ赤にして固まっていた。私何か変なことしたかな?
「あれ?」
「先輩は女性に免疫ないみたいだから離してあげなよ」
隣でトオルがヤレヤレという顔をして私にそう言った。
「え?」
私は手元を見た。私は先輩の手をしっかり両手で握っていた。
「え? あ! すっすいません!」
私は慌てて手を離した。
「先輩大丈夫ですか!」
私は先輩の顔を覗き込んだ。
「うわああ」
トマトのように顔を真っ赤にして先輩は椅子から転げ落ちた。
「イタタタ……」
「先輩。大丈夫ですか?」
トオルは腰を摩っている先輩を起こした。
「う、うん。ゴメン驚いちゃって」
先輩は私に頭を下げて謝った。
「いえいえ気にしてませんよ」
私は手を振りながらそう言うと頭を下げた。
「ええと、ごめんなさい。驚かせてしまって」
「大丈夫だよ」
先輩は制服についたホコリを払いながらそう言うと椅子に座った。
「さて、ここにいると先輩に迷惑になっちゃうから行こうか」
トオルは先輩に一礼してからそう言うと一人人ごみの中に入っていた。
「ちょっと待ってよ! トオル!」
私はトオルを追いかけるように人ごみの中に入っていった。
「もう置いていかないでよー」
私はトオルの制服を掴むとそう言った。
「ん? あ、ゴメンゴメン考え事しててさ」
苦笑いをしながらメモ帳を開いた。
「何を?」
トオルはメモ帳を閉じて少し考えてから
「いや、江宮さんはどの部に入るのかなーって」
「え? 私?」
しまった。何も考えてなかった。
「海山先輩のいる天文部に行く?」
あ、あの先輩海山って言うんだ。
「どうしようかな?」
私は頭を抱えて悩んだ。そう言えば先輩達の事に夢中になっていて入部のことは何も考えていなかった。
「三ヶ月以内に決めないと退学させられるよ?」
トオルは苦笑いをしながらそう言った。
そうだった。どうしよう? どのクラブに……神様どうかひらめきを……。
「陽炎先輩どこ行くんですか!」
私がそんなことを思っていると後ろから大声が聞こえた。
「あー」
どこの部だろ? って思う前に先輩の制服を見てすぐわかった。
「制服のところどころに絵の具……美術部?」
制服は大量の絵の具で汚れていてカッターシャツの袖なんてカラフルなら感じに絵の具で染まっていた。
「みたいだね。陽炎先輩と言う事はあの人が」
あの人が? どういうことだろう?
「先輩!」
「あのさー。新入生、俺面倒だから嫌なんだけど」
「新入生じゃなくて春です。そんなこと言わないでやってくださいよ! 先輩しかできないんですから」
なんの話をしてるのかな? でも話の流れから考えると何かパフォーマンスをするみたいだけど……陽炎先輩が能力者?
「陽炎先輩は極度のめんどくさがりって聞いてたけど本当みたいだね」
だからめんどくさいって言ってたのか。
「あ、そうそう陽炎先輩の能力なんだけど」
トオルが説明し終える前に私は誰かに背中を押された。
「あ、すいません」
「ん? あ、わりい」
私を押したのは陽炎先輩だった。
「そこのリボンの人! 先輩を捕まえてください! と言うか捕まえて!」
捕まえろって言われても……とりあえず……
「何かされるんですか?」
私は先輩に聞いた。少し面倒さそうな顔をして
「誰かを見て絵を描けってだけだよ」
肖像画って奴かな?
「めんどくせー。描きたい物だけ描かせろってーの」
うわ、物凄くめんどくさそう。
「……あー、描くわ」
陽炎先輩が私を見ながらそう言った。
「本当ですか!」
「題材はこいつな」
そう言うと私の腕を掴み、グイグイと引っ張った。
私はわけがわからずされるがまま引っ張られた。
「あの……」
少し冷静になろう。別に描かれるだけだし……そう言えばトオルが陽炎先輩の能力って……と言う事は先輩が能力者……これは先輩の能力が見れていいかも。
「綺麗に描いてくださいね」
私は笑顔でそう言うと先輩の前に立って歩いた。
「任せろって。お前の心は見てて面白いからな」
私の心を見て? どういう事なんだろ?
「面白いって?」
「まぁ見てればわかるって」
そんな会話をしていたら私は美術部の勧誘ブースの椅子に座っていた。
「そんじゃ始めるから動くなよ?」
真っ直ぐ私を見てかき始めた。
暇だな……こうして椅子に座ってるだけじゃ落ち着かない。何か……そうだ。先輩達の事を考えよう。
「へぇー。お前。俺たちに興味あるんだ」
え? 私何も話してないのになんで? それになんで先輩達の事を考えてるなんてわかったんだろう?
「へーぇー。もう五つ周ったんだ」
ええ? さっきから私の考えてる事がわかるの?
陽炎先輩は私の何を見てるんだろう? なんで私の考えを直接聞いてるかのような言葉を?
「あの……なんでわかるんですか?」
私は不思議に思って聞くと先輩はにやりと笑って
「理由? 俺が能力者だからかな? それ目当てでここに来る気だったんだろ?」
先輩の能力って一体……。
「もう少しで描き終わるからもう少しじっとしてな」
「はい」
……この状態かなり辛い。走り回りたい。
「はいできた」
三十分ぐらい同じ姿勢でいたから少し疲れた。
陽炎先輩は私に絵を見せた。
「先輩……これが私ですか?」
そこに映し出されていた私は清楚に椅子に座って小さく微笑む私の絵だった。
「お前の夢だろ? ここの入学目的」
当たっていた。でもこれは誰にも話していないし、一体どうして?
「先輩は人の考えを目で見ることができるんだよ」
後ろから声が聞こえた。私は振り返った。
「トオル? 今までどこにいたの?」
私はトオルに聞いた。トオルはそっぽを向いて
「ええーとそのー」
ん? どうしたんだろう? 気まずそうに顔を掻いてる。
「ん?」
私はトオルの顔を覗き込んだ。すると感念したようにトオルは口を開いた。
「実は新聞部の勧誘部員なんだ俺。こっそり抜け出してきたから先輩に捕まってて。まぁまた逃げ出してきたんだけど」
「アハハ」と笑いながらそう言うとトオルは陽炎先輩の絵……理想の私の絵を見た。
「へぇー、江宮さんってこんな風になりたいんだ」
「え? あ、そのこれはー」
「へぇー」
陽炎先輩がトオルを見ながらそう言うと近くの椅子に座った。
「お前」
「あ、初めまして加山 トオルって言います。陽炎先輩」
「ククク」と吹き出したように笑うと先輩はトオルに挨拶をすると私を見て
「江宮だっけか? 友達選びには気をつけろよ」
そう言うと先輩は絵を指差した。
「これやるよ。お前の理想なんだろ? これになれるように頑張れよ」
「本当ですか!」
私は椅子から勢いよく立ち上がると絵を手に取った。
私の理想……これになれるように頑張らないと……。
「あんたせっかちそうだから相当無理しないと理想にはなれそうにないな」
先輩は笑いながらそう言うと私に絵を手渡した。
「……」
陽炎先輩はボソリとカオルに何かを言ったように見えた。
でもトオルは表情を変えず黙って私を見ていた。
「さてと、これで六大部は全部周ったかな?」
トオルはそう言うと一人歩き出した。
メモ帳を取り出すと思い出したかのように
「そう言えば帰宅部一人いたの忘れてた」
帰宅部? そう言えば帰宅部も部活に入るのか。
でもなんで忘れてたんだろう?
「どうして忘れてたの?」
トオルは小く笑うとメモ帳を制服の中に入れ笑顔で
「少し楽しくてさ」
そう言った。
「何が楽しかったの?」
何が楽しかったのかな? 私と一緒に居れたこと? いや、それはないか。私は振り回してただけだもの。
「それはね」
トオルは私の頭をポンッと撫でると
「江宮さんが面白い人だからさ」
笑いながらそう言った。
「え?」
トオルは優しい瞳で
「江宮さんってさ。なんか色々巻き込んでくれそうで興味深いんだよね。だから一緒にいて楽しい」
その言葉を言われた時私の中で変化があった。
顔が熱くなるのがわかる。そして、心臓の鼓動が速くなる。不思議な感覚……なんだろう。この感じ……。
「それは置いといて、さて最後の一人に会いに行こう。多分あそこにいると思うから」
そう言うと私に手を差し出した。その手を掴むのに躊躇を感じてしまう。なんだで? 今この手を取ってしまったら歩けなくなりそうなこの感覚。
「どうしたの?」
トオルは私のおでこに手を当てて
「熱あるね。大丈夫?」
私は慌てて少しトオルと距離と取った。その瞬間足から力が抜けた。
「あれ?」
私は体勢を保とうと足に力を入れた。けど力が入らず私は後ろに倒れそうになった。
「危ない!」
私は力強く引っ張られるの感じた。気がついたときに硬い物に顔が当たっていた。それがトオルの胸板だと気づいたのは抱きしめられた後だった。
「え? え?」
顔が熱い。トオルの心臓の鼓動が耳元で聞こえる。だめ……意識が朦朧としてきた。意識が遠のく。
「え? ちょっと江宮……ぁ……」
意識が保てない……。
布団の中? 外で声が聞こえる。そうか……ここは家か……。あれ? 私……今日、学校で入学式をしてたはず。 そうだ。私は入学してこの学校で噂の六大部を探してたんだ……えっと……でもなんでここに?
私はなんで自分がベッドの上で横になっているのかを考えた。
「あ!」
思い出した。トオルに抱きしめられて意識が飛んだんだ。
「トオル!」
私は起き上がるとそこは保健室だった。
「あれ?」
なんで保健室に? って保健室誰もいない……。
「あら、起きたの?」
不意に声をかけられた。そこには髪の長い女の人が椅子に座って本を読んでいた。
「あの……」
女性は私を見ると冷たい目線で
「元気になったんなら出て行きなさい」
私にそう言うと目線を本に戻した。
綺麗な人だなー。それが私の第一印象だった。
何の本を読んでいるんだろう?
私は本のタイトルが気になって本の表紙を見た。
本には『猫の躾方』と書いてあった。
「何かしら?」
私が本をジロジロ見てるのに気づいたみたい。
「ええと……猫がお好きなんですか?」
私は咄嗟に敬語で話しかけていた。この人は何年生なんだろう?
「ええ……でもこの本は暇つぶしで読んでるだけよ。こんな本私には有って役に立たないもの」
「そっそうなんですか」
話しづらいな……どうしよう?
その時、保健室の扉が開いた。
「先生、放課後何ですから保健室にいてください」
トオルが保健室に入ってきた。後ろに先生らしき人もいた。
「仕方ないだろ。今日は入学式だから怪我する生徒が多いんだ。みんな新生活で盛り上がってるからな」
後ろからブツブツと言いながら先生も入ってきた。
「あれ? 衛宮さんもう大丈夫なの?」
トオルは心配そうな顔で私の顔色を伺がった。そして、安堵の溜息をついた。
「大丈夫大丈夫、ごめんね急に倒れちゃって」
「本に驚いたよ。急に倒れるんだからさ。……はぁ、全く無茶しないでね」
トオルは私の隣に置いてあった丸椅子に座った。
「ん? おや、涼宮いたのか」
先生は静かに本を読んでいた女生徒に話しかけた。
「ええ、ここは静かで落ち着けるので。先生も滅多にここにいませんし」
「私も色々あるんだ。それとここは休憩所じゃないんだ。元気になったんならみんな出て行きなさい」
私達は先生に保健室から追い出された。
「あーあ、追い出されちゃった」
涼宮さんは少し残念そうに本を閉じた。
「ねぇねぇ、トオル」
私はトオルの横腹を小突いた。
「ん? ああ」
トオルはわかったという顔で
「あの先輩がさっき話してた帰宅部の先輩だよ。涼宮 キサキ先輩」
これが最後の能力者……。涼宮先輩は一体どんな能力を持っているんだろう?
「トオル。涼宮先輩ってどんな能力を持ってるの?」
涼宮先輩を見ながら聞くとトオルは黙って涼宮先輩を指差した。
「あら、今日も来たの? ここに来ると危ないって言ったでしょ?」
先輩は外に誰かがいたのに気づいたのだろう。外に向かって喋り始めた。誰かな?
私は誰かいるのか気になって外を見た。だけど、そこには誰も……人はいなかった。いたのは小さな黒猫だった。
「先輩何してるの?」
「見てればわかるよ」
先輩は私達を無視して猫に話しかけていた。
「そう、彼女ができたの。今度連れてきてくれるの? フフ、楽しみだわ」
先輩は何を話しているんだろう? 動物に話しかけるなんて……。
「涼宮先輩の能力わかった?」
トオルはクスリと笑いながらそう聞いてきた。
「ええと……わからない……かな?」
私はそう答えると先輩を眺めていた。
この状況の中に何か能力のヒントがあるのかな? どう見ても動物好きの人の行動にしか見えない。
「先輩猫と話してるよね? あれ動物好きの人の会話に見える?」
考えてたこと読まれたかな? でもそうとしか見えない。
「うん」
私は即答した。するとトオルは先輩を見ながら
「先輩、あの猫の言葉がわかるんだよ。会話してる内容はちゃんと猫の言葉だよ」
え? 動物の言葉がわかる? それって動物と話せるって事?
「本当だよ。一応、新聞部で検証してみたらしいから。その資料が新聞部の部室にあったし」
「ほんと? 本当に動物と会話できるの?」
胸が熱くなる。動物の言葉がわかるなんて面白い。動物達がなんて言ってるのか興味ある! これはすることはただ一つ。
「先輩!」
私は先輩に話しかけた。少し嫌な顔をされたけど涼宮先輩は私を見てくれた。
「何?」
冷たくそう言った。
少し気まずい……でも負けない!
「その……先輩って動物と話せるんですよね?」
「何? 気持ち悪いって言いに来たの? それとも笑いに来たの?」
うっ……言葉に刺があるな……。
「いえ、先輩の能力に物凄く興味があって」
なんとか……なんとか……打ち解けないと。
「あっそう。別に何もしてないわ」
涼宮先輩は猫に向き直って
「今日はごめんね。今度は中庭じゃなくて寮に来てね」
そう一言、猫にそう言うと猫は小さく頷いて中庭から出て行った。
「あの、猫はなんて言ってたんですか?」
私は無視に負けずと話しかけた。
「どうして私の事を気にするの? 見たところ新入生みたいだけど私に関わるとロクなことにならないわよ?」
その言葉を聞いた時少し心が苦しくなった。
そうだ、涼宮先輩の能力は他の能力者の先輩達と比べて信憑性が薄い。だって向こうは言語のわからない生き物なんだから。
「でも……、私は信じてます。先輩が動物と話せるって」
私は先輩の肩を掴み力強くそう言った。涼宮先輩は少しキョトンとした顔をして
「なんで?」
そう小さく言った。
「だってすごいじゃないですか! 動物ですよ? 人間じゃないんですよ? そんな生き物達と会話できる先輩って凄いじゃないですか!」
私は自分の思ったこと全部ぶつけた。
「……」
涼宮先輩は少し涙目になって
「そう、ありがとう」
そう言うと先輩は私に背を向けて歩き始めた。
「ちょっと待ってください!」
私は涼宮先輩の手を取って
「私と友達になりませんか?」
何も考えず私は涼宮先輩に言っていた。
「……」
先輩は私の手を取って耳元で囁くように
「ありがとう」
っと一言だけ言って寮の方に行ってしまった。
これはOKと言う事なのかな?
「ふむ、良かったね江宮さん」
「これはOKって事なのかな?」
「だと思うよ?」
トオルは私にそう言うとメモ帳に何かを書き始めた。
「何書いてるの?」
私は気になってトオルに聞いた。
「ん? ああ、江宮さんと涼宮先輩が友人になったって事をメモしてた」
「なんで?」
私は気になって聞いた。なんでそんな事をメモするんだろう?
「内緒」
トオルはメモ帳を閉じて私の頭を軽く撫でてそう言うと歩き出した。
私は少しの間固まっていた。なんだか今日は変。トオルに撫でられただけでドキドキする。
「ええい!」
私は頬を強く叩いて
「トオル!」
私はトオルを呼び止めた。
トオルはキョトンとした目で私を見た。
「江宮さんは辞めて! 私の事はアヤメって下の名前で呼んで!」
私何を言ってるんだろう? でも、トオルに下の名前で呼んで欲しかった。今日初めて会った彼だけど。
「いきなりどうしたの? 江宮さん」
やっぱり困っちゃうよね。いきなりこんな事言われても
「あ、いや……ええとなんでもない」
「……クスッ」
トオルは小さく笑うと私の手を取って
「アヤメ、よろしくね」
心臓が止まるかと思った。彼の目が私の目を見ている事がとても恥ずかしかった。
「う……うん。よろしくトオル」
彼は変わらず小さく笑いながら
「アヤメか……俺たち今日初めて会ったのに名前で呼び合うなんてな」
「そっそうだね」
心臓が速く鼓動する。頭が真っ白になる。どうしよう? 真っ直ぐ彼の顔を見れない。
「さて、アヤメ一つ聞きたいことがあるんだけど」
いきなりなんだろう? 私何かしたかな?
「このひと月の内に部活決めなきゃだめだけど。どれにするか決めた?」
え? 部活?
「……あ!」
私とした事が……何も考えてなかった……。
「全く、なんで六大部を回って帰宅部の涼宮先輩にも会いに行ったんだよ。……仕方ないな。食堂で話くらいなら聞くよ」
トオルはそういうと私の手を引いて食堂まで歩き始めた。
はぁ……。トオルには悪いことしたな。私のために何時間も……。
「今日はありがとうアヤメ。楽しかったよ」
夕日で明るく映された彼の顔はとてもかっこよかった。
「さて、どの部にするのかな? それも楽しみだ」
「うん」
これからが私の楽しい高校生活だ。
思いがけない出会いだったけどこれはいい。面白い子を見つけた。俺はこの子ともう少し一緒にいよう。陽炎先輩には俺の考えを見られてヒヤッとしたけどアヤメには何も言わなかったみたいだし。陽炎先輩も人が悪いな。あぁでも、これからが楽しみで仕方ない。
完