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夕闇



その言葉に、俺はどきりとした。

「ねぇ、ねぇ。たった数年とはいえ、貴方と私は行動を共にして来たのよ。どうしてそんな茶番で私を誤魔化せると思うの?」

彼女は笑いながら右手を虚空に掲げる。その手が微かに光を帯びたと思うと同時に空間が歪む。そして、次の瞬間、彼女の右手は身の丈程もある純白の大鎌を手にしていた。

「ねぇ、私がどうして、どうして貴方がそんな生半可な意志で私の前に立つと思うの?」

ひたりと、俺の喉元に鎌の先が当てられる。もう彼女は微笑んでいなかった。

「見くびらないで。もし本当にそんな薄い意志で来たというのなら、痛みも無く、跡形もなく、今すぐ貴方をこの世から消してあげる」

「……参ったね、こりゃ」

彼女の目が冗談ではないと物語っている。俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。俺が得物を抜いて鎌を弾き返すまでの時間と、彼女が鎌を引いて俺の首を刎ねるまでの時間、どちらが早いかなど考えるまでもなかった。

だから俺は、笑った。

「やっぱりこんな建前じゃ誤魔化されてくれないか」

「当たり前よ。だって貴方は、私がどうであるかを知っているはずだもの」

「お誉めに預かり光栄で。しかし、隊の殆どのヤツが信じ、希望としている言葉を薄い意志と切り捨てるとは、随分だな」

黒い皮手袋で覆われた手で、首筋に当てられていた鎌の刃を外す。純白の刃全体に細かい真紅の文様が装飾されたそれは、意外にも抵抗なく俺の首から離れて言った。

「ご立派な言葉に興味はないの。私が問いたいのは、その心。心が伴わない言葉なんて意味がないわ」

 一歩、彼女が足を前へ出す。小柄な彼女の身の丈程もある鎌を軽々と振り上げ、上段へ。いつでも攻撃ができるという構えだった。どうやら会話はそろそろ終わりの時間らしい。

「もう一度問うわ。あなたは何故、戦うの? こんな虐殺に、何故参加するの?」

 凛とした彼女の問いが、俺に向けられる。ぴりりとした殺気が肌をくすぐり、首の後ろに冷たいものが走るのを感じた。

 それでも俺は笑ったまま、あくまでゆったりと腰の剣に手をかける。

「そんなの至って簡単さ」

 一度言葉を、呼吸さえも止め、俺は彼女よりもさらに大きく一歩を踏み込む。それだけで二人の距離は一気に縮まり、俺はすぐ目の前に来た彼女の首に向けて得物である両刃の剣を抜き放った。

 金属同士がぶつかり、擦れ合う鈍い音が響く。必殺の一撃は少しだけ動かした鎌の柄によって難なく防がれてしまっていた。

 先程の一撃を受けても表情一つ変えず、涼しい顔でこちらを睨む彼女に、俺はさらに踏み込みながら先ほどの言葉を続けた。

「俺は、ただ俺の隊を守りたい。俺の隊に害を為すものは許さない、もう一人も、俺の仲間からの犠牲者は出さない。それだけだ」

歯を食い縛り、力任せに刃を押し進める。流石に力は俺の方が上であるようで、僅かに彼女の表情に焦りの色が浮かんだ。

「……そう」

高く澄んだ金属音が鳴る。彼女が俺の力を受け流し、刃を受けていた鎌を回転させ、刃を弾いたのだ。咄嗟に剣を引かなければそのまま折られていた可能性もあるだろう。それ程までに、彼女の一挙一動は無駄が無く、激しい。

上段から振り下ろされた必殺の刃を僅かに右に移動し、紙一重で避ける。短く息を吸い、彼女が態勢を立て直す前に再び懐へ。今度は僅かに守りが薄くなった腹へ向けて横薙ぎに払う。しかし手応えは無い。俺の手を読んだ彼女は寸前でに跳びすさり、それを避けていた。

返す刃で追撃をしようとさらに踏み込んだ所に、今度は彼女の鎌が猛威を奮った。自らの体を軸とし、振り子の要領で鎌が襲ってくる。鎌自体の重みと彼女の体重が乗った一撃を俺は剣でまともに受けてしまった。びりびりと押し掛かる圧力に冷や汗が流れる。ただ一度受けただけでも、剣を握る腕が軽く痺れた。

一度受け流しても、終わりではなかった。まるで踊っているかのような円を描く動きで俺を追い詰めつつ、回転の力を増しながら、ニ撃、三撃と刃が襲う。俺は必死でそれら全てを受けきった。

「お前はどうなんだ」

四度目の衝突で再び互いの武器越しに、視線が絡む。剣を握る腕には既に他に重なる衝撃で感覚が無い。それでも俺は挑むように問いかけた。

「簡単よ」

彼女の答えは至って簡潔だった。

「私はこの戦争が、この虐殺が気に入らない。私はこの場所を、精霊達を守るわ」

音もなく彼女の片手が上がる。目の前に翳された手のひらから魔力の揺らぎを感じ、俺は息を呑んだ。周囲に張り巡らしていた感覚の網が、警鐘を鳴らす。足元に魔力が集まり、熱を生むのを察知して、瞬時にその場を飛び退いた。

 刹那、つい先程までいた場所に炎の柱が上がる。熱風が後を追うように俺に頬を舐めた。離れていても顔を覆いたくなるほどの熱気が伝わってくる。あれにまかれたら防御魔法を持たない俺などは一瞬で骨まで残さず灰となるだろう。

「とうとう本気ってことかよ・・・・・・!」

 寸前にまで死がきていることを感じ、うなじに冷や汗が流れる。彼女の攻撃に容赦はない。迷えば死ぬのは俺の方だ。

 彼女の魔力が一気に膨れ上がり、周囲に広がっていくのを感じる。あちこちの地面から火柱が上がる。風が吹き乱れ、竜巻は炎を内包して俺を呑み込もうと襲いかかった。

 その中を、俺は彼女に向けて駆け抜ける。熱風で喉が焼けるのを防ぐため、息は止めた。眼前に竜巻が踊り出る。しかしそれを、寸前のところで俺は横に避け、竜巻とは逆の方向へとすり抜けた。

 振り返り様に、一閃。

 渾身の力で振り抜かれた剣は横一文字に竜巻を両断した。

 俺には魔力がない。遙か遠くの国には魔力を帯びた物質が存在すると聞くが、魔力自体が枯渇しているこの国でそんな物は非常に貴重な存在だ。一介の軍人たる俺がもっているはずがない。俺が持っているのはただ、並外れて丈夫なだけの剣である。

 しかし、俺が切り裂いた竜巻は糸を失った人形のようにおかしな方向へと走り、でたらめな方向へと風を巻き上げた。別の竜巻へとぶつかり、風が炎を吹き消し、衝突した竜巻さえも威力を大幅に失うのが端からでもわかった。とは言っても魔力自体は残っている。元に戻るのは時間の問題だろう。しかし、それだけでも時間が稼げれば十分だ。

 彼女の顔色は変わらなかった。ただ少しだけ、眉をひそめただけだ。おそらく、俺がしたことは予想の範疇だったのだろう。

 当たり前だ、と俺は内心で笑う。今俺がしたことの仕組みは、俺と彼女の二人で編み出した技なのだから。

 俺は止まらずに再び踏み込む。先程よりも強く、速く。ここから先はもう、刃と刃の間合いだった。

 白い凶刃が閃く。紙一重で俺はそれを避ける。逃れきれなかった斬撃に数本の髪が散る。そしてさらに一歩、踏み込んだ。ここまでくれば、大鎌にとっては逆に戦いにくい。

 今度は上空に魔力が集まるのを感じた。しかし見れば、隙ができる。構わずに、俺は剣を走らせた。



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