夕間暮れ
ああ、どこまでと赤い夕焼けだと、柄にもなく見上げていた。
派手な爆発音が響き、現実に引き戻される。くわえていた煙草を握りつぶしてやれやれとため息をつく。音からして、場所はそう遠くない。馴染みのある魔力の波動に、知らず知らず苦笑していた。
(一人立ちというか、喧嘩別れというか……そうやって別れてから何年か経ったが、やはりここにいたか)
「総隊長!」
風が吹き、竜巻と共に虚空から出現した部下に驚くことなく視線で続きを促す。見たところ大きな怪我もないので、近くにいた部隊の連絡員だろう。
「第三部隊が襲撃に遭い、爆発に巻き込まれた模様です!被害は甚大、敵の人数は——」
「一人、しかも女だろ?」
確実を込めた俺の言葉に、部下は驚いたように瞠目する。その反応から、正解とみて間違いないだろう。
「昔馴染みがあったヤツでな。魔力に覚えがある」
それを除いても、十数隊の軍団をたった一人で迎え撃つなんてことができる化物、俺は一人しか知らない。
「魔力に……?」
部下の疑問の声にああ、と合点がいく。魔力を持たない俺がその言葉を使うのに、違和感を感じているのだろう。
「確かに俺は魔力は持たないが、魔力の質を感知するのはそこらのアンテナよりよっぽど敏感でね」
一度感じた魔力の波動は絶対に忘れない。そんな俺の特技に気付き、認めてくれたのも、そういえばアイツだったな。
「第三部隊は全員魔力持ちだったな?」
「あっ、は、 はい」
「生き残りはざっと20……いや、多くて15か。お前はこのまま近くにいる第一看護班へ行け。そのまま生存者の救出へ。移動魔法も回復魔法も惜しむな」
「は、はい!」
「同時に、各部隊へ連絡を。これから何が起きても、俺の許可が降りるまで絶対待機を命じる」
「な……っ!? それでは敵をわざわざ野放しにしておくということですか!?」
「まさか」
コートの内側から出した革の手袋を嵌めて、俺は笑みを浮かべた。
「アイツは俺が引き受ける」
「そんなっ……!」
隣で部下が息を呑んだ。俺の言葉がそんなに意外だったのか、一瞬言葉を失った様だった。
「無茶をしないで下さい!」
「おいおい、俺はそんなに頼りないかよ?」
「そういうことじゃありません! 相手はたった一人で一部隊に甚大な被害を与えるほどの強さなんですよ!? ここは部隊の配置を整えて一斉に攻撃を仕掛けるべきでは!」
「違う。一対一にこそ勝機があるんだ」
必死で説得を試みる部下を、俺は新しい煙草をくわえながら否定する。
「アイツは、あの女は一対多数の戦い方を熟知している。おそらくこの軍の誰よりもな。たしかに総当たりで向かえばいくらなんでも倒せるかもしれないが、おそらく勝算は俺一人と変わらないぜ?」
『攻撃魔法』というものは、本来多数の敵を相手にする時こそ最大の効果を発揮する。それがアイツの持論だった。
それを抜きにしても、常にアイツは孤独だった。孤独に、自分を貫いていた。規模に違いはあれど、このような状況の場数は相当踏んでいるだろう。それなら、一対一の方が不慣れである筈だ。
(それでも、勝算は五分五分ってとこだけどな……)
「……自分は反対です」
煙草に火を付けて、ゆっくりと煙を吐き出した俺に、部下は静かに言った。
「総隊長はこの戦いには無くてはならない人です。総隊長がいなければ、我々はどうすればいいんですか。なにより……」
躊躇いながらも部下は真っ直ぐにこちらを見る。その瞳にある行かせまいという意志が予想以上に強くて、俺は黙って次の言葉を待った。
「自分は、総隊長に憧れてここにいます。……貴方を失いたくない」
……全く、とんだ伏兵がいたものだ。一瞬だが、覚悟が揺らぎそうになってしまったではないか。
くしゃりと一つ、部下の頭を撫でた。よくよく見れば部下の顔立ち随分と若い。入隊したのもおそらく最近だろう。
「そういう言葉は、将来飛びきり美人の女の前で言うもんだぜ」
かつで出来損ないと言われた自分がこう言われる時が来るとは、夢にも思わなかった。しかも本来なら稀少とされ尊ばれる、魔力を持つ者に、だ。
胸の奥に暖かなぬくもりが宿っているのが分かる。心地よく、かけがいのない、一度知ってしまえば失いたくないと思ってしまう麻薬のような感情。
喜び、親愛、安心感。
……だからこそ、俺は行かなければならない。
第三部隊がいるはずの方向へと視線をやる。襲撃を知らされてからほんの少ししか時が経っていないというのに、アイツは他の部隊へと移動していた。急がなければ、間に合わない。
「今から言う場所へ、俺を風に乗せて飛ばしてくれ」
「総隊長っ……!?」
泣きそうな顔になる部下の口に吸いかけの煙草をくわえさせ、俺は笑った。
「俺だって、お前達の誰一人失いたくないんだよ」
ああ、俺は今、ちゃんと笑えているだろうか。情けない顔など、見せていないだろうか。
「頼む……俺の意思、貫かせてくれよ」