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違う世界を見るというのはあくまで比喩 3

 

────────……

 

 

 

姫と青年は、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 

どちらかが縛られているということはない。

ただどちらも動かなかった。

 

姫が拘束された後、青年はあっさりと解放した。

 

意味不明な発言共々唖然とする姫に、青年はとにかく話を聞いてほしいと懇願した。

 

乱暴な真似は決してしないと誓われ、姫は警戒心が拭えないながらも頷いた。

何かしようとするなら、こんなやり取りなど気にしないですぐに襲ってくるはずだろうと、姫は片手に竹刀、もう片手には携帯を持つことを条件に了承したのだ。

 

なのに、肝心の青年が口を開かない。

無表情で青年を見つめていた姫だが、内心苛々が募っていた。

 

本当なら締め上げて洗いざらい吐かせたいのが山々だが、なんとか気力で抑えている。

 

なのに、青年は沈黙し続けている。

時折、思案しているのか難しい顔をしては視線を泳がせる、を繰り返している。

 

もういい加減耐えられなくなった姫は、深過ぎるため息を吐いて半眼で青年を見据えた。

 

「……質問するから、答えろ。」

 

かなりの上から発言に青年は眉を顰めたが、話が進まないことに自覚があったためか文句は言わなかった。

 

「まず、お前はどこから入った。」

 

「……ドアから。」

 

さっそくわけのわからないことを吐かしやがったこいつ。

暴言をなんとか飲み込んで、姫はそれを大きなため息として吐き出した。

 

姫が扉を開けたのは帰ってから、不審なインターホンのために外を確認したあの時だけだ。

だが全開ではなく、チェーンロックの許す限り。

人はいなかったし、青年はチェーンロックの隙間から侵入したとは信じられないほどしっかりとした体つきだ。そうじゃないとしても、成人した人間が通れるわけない。

 

「……名前は。」

 

「……ない。」

 

お前は某有名作品の猫か。

 

またまたぐっと言葉を飲み込んで、姫はゆっくり、ゆっくりと息を吐き出した。

 

もういいだろうか、きれても。

 

「……何の用で、ここに来た。」

 

「…………。」

 

沈黙を返す青年に、姫は盛大に舌打ちした。

 

「つまり?お前はドアから侵入して、名前もなく、目的も言えないってことか。」

 

「…………。」

 

「思いっきり不審者じゃねぇか。」

 

ここですぐさま通報しなかった自分は拍手ものだと、姫は内心で吐き捨てた。

 

「……信じるか?」

 

「あ?」

 

ぽつりと青年から漏れた言葉を聞いて、姫は眉根を寄せて視線を鋭くした。

 

「普通じゃないこと話して、はいそうですかって納得できるのか?お前は。」

 

まるで挑むような言葉と目に、姫ははっきりと告げた。

 

「信じるわけないだろう。」

 

思った通りの答えだったのか、青年は自嘲の笑みを浮かべた。

 

「……だが。」

 

ふと発された声に青年が視線をやると、姫は竹刀を置いて頬杖つき言った。

 

「嘘だと、真っ向から否定する気もない。」

 

青年の目が軽く見開かれた。

 

姫は青年を見てはいるが、なんとなく視界に入れているといった様子だ。

 

「私の見える世界なんて限られてる。だから私の知らない、信じられないことがあっても不思議じゃない。」

 

「…………。」

 

「信じられないものつまり、存在しない、ってのは短絡的で好きじゃない。だから信じはしないが、お前の言うことを嘘だと断言する気はない。」 

だから、言いたいことがあるなら真偽の定かは別にして、さっさと話せと姫は目で青年を促した。

 

すると、青年は俯いて片手で顔を覆った。

よく見ると肩が小刻みに震えている。

 

「くっ、くく……。」

 

どうやら笑いを堪えているらしい。

 

怪しい上にとうとう頭がおかしくなったかと、姫の青年を見る目が果てしなく冷たくなった。

 

この場合救急車を呼んだ方がいいだろうかと姫が思案していると、青年は顔を上げた。

 

口元を手の甲で隠しているが、愉快そうに細められている目と未だに震えている肩が笑っていることを隠せていない。

 

「……やっぱりいいな、お前。」

 

「……精神科のある病院に行くか?」

 

「そう言えばまだ答えを聞いてなかったな。お前、子供好きか?」

 

頭が痛くなってきた。

ついに話の脈絡を完璧に無視する形になった。

今までの内容が成立していたのかと言われれば痛いところだが、なんと言うか、青年が何か吹っ切れたというか開き直ったというか。

とにかく、妙に強気になった。

 

このままでは元々危うかった話の糸口を完全に見失うと思って、姫は仕方なしに青年に付き合った。

 

「……嫌いではない。」

 

「素直じゃねぇな。孤児院の子供と筋肉痛になりかけるまで遊んだくせによ。」

 

「余計な……。」

 

世話だと言いかけて、姫は言葉を止めた。

 

こいつの言い方はまるで、今日の自分の行動を見ていたような。

 

竹刀を握り締めて、姫はゆっくりと立ち上がった。

 

「……お前、何者だ。」

 

姫が低い声で言うと、青年は座ったままにっと笑った。

 

「そうだな、俺の世界では人間に神と呼ばれている。」

 

「神?」

 

「そう、『界渡りの神』。」

 

テーブルに手をついて、青年は立ち上がった。

 

「なぁ、お前は新しい世界を見てみたいんだろ?」

 

「はぁ?」

 

思い切り怪訝な顔をしても、青年の様子は変わらない。

 

もしこの青年が今日の自分の行動、さらには会話も知っていたら、孤児院の晴子の会話を言っているのだろうか。

 

「……否定はしないが、その新しい世界を見るってのはあくまで比喩で……。」

 

第一別世界を例えに持ち出したのは晴子で、姫にとっての別世界は挑戦したことのないデザインの系統であって。

 

そんな言葉を続ける前に、青年は笑ってぱんと両手を合わせた。

 

「よっし、そうと決まれば行くぞ。」

 

どこに、という疑問を姫が口にする前に、青年がいつの間にか隣にいた。

 

「なっ……!って、おい!」

 

確かにテーブルを挟んで向かいにいたはずなのに、まるで瞬間移動をしたかのように青年は隣にいた。

頭がいっぱいいっぱいになるはずだった姫だが、青年に有無も言わせず小脇に抱えられたことにそれは霧散した。

 

足は床から離れ、抵抗しようと暴れた拍子に竹刀と携帯が落ちてしまった。

 

「放せっ、この!」

 

「暴れんなって、危ねぇだろ。」

 

「こんな状況でじっとできるほど図太くねぇ!」

 

「ずっと思ってたんだが、お前口悪いな。あとお前細いくらいだぞ、ちゃんと食ってんのか。」

 

「図太いってのはそういう意味じゃねぇ!さっさと放せっ!」

 

手足の届く範囲で姫は攻撃するが、青年はびくともしない。

 

「そうだな、さっさと行くか。」

 

「はぁ!?」

 

「言っただろ?新しい世界だよ。」

 

なに言ってんだこいつと、仮にも女である姫が、普通の女なら口に出すのも躊躇うはず罵詈雑言と恨みのこもった目で青年を睨み付けた。

 

「さーて、扉は……。」

 

そんな突き刺さるような視線に気付いているのかいないのか、青年は部屋をきょろきょろと見回した。

 

「……おい、なんで新しい世界に行かなきゃならない。しかも今すぐ。」

 

「ん?なんでって、必要だからに決まってるだろ。それに、時ってのは常に進んでるんだぜ?」

 

戻れないのなら、その常に進む時を後悔しないように使いたいと思わないか?

 

青い瞳が、楽しそうに輝いている。

 

「あの時もっと早くあぁしていれば、なんてつまんない後悔したくないだろ?」

 

青年の意見になんと返そうかと姫が眉を寄せていると、くるりと方向が変わった。

 

そのまま青年は、ずんずんと寝室に繋がる扉に向かった。

 

まさかと思って姫はさらに暴れようとしたが、青年は襲わねぇよとさらりと言った。

 

青年は扉に手をかけ、取っ手を回した。

 

開かれた扉の先には、灯りがついていないために薄ぼんやりと姫の寝室が見える、はずだった。

 

扉の向こうにあったのは寝室ではなく、今いる部屋の灯りが差し込んでも何も見えない、真っ暗な空間が広がっていた。

 

その光景に姫は目を見開き、言葉を失った。

 

「さぁ、行くぞ。」

 

そして、躊躇うことなく青年は姫を抱えてその真っ暗な空間に飛び込んだ。

 


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