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違う世界を見るというのはあくまで比喩 2

 

────────……

 

 

 

「……あぁー、明日筋肉痛にならなきゃいいが。」

 

自室でクッションの上に片足をのせて、両手で揉みほぐしていた。

 

姫は孤児院を夕方に出た。

 

鬼ごっこは子供達の勝利に終わった。

 

子供達は知恵を絞って、姫を上回ったのだ。

 

まず少人数のグループを作って、そのうちのひとつが姫を追いかける。

そのグループが疲れると、別のグループと選手交代。

そんなことを延々と繰り返したのである。

 

いくら姫の方がずっと年上と言っても、身ひとつの限り疲労は溜まっていく。

 

さらに言うなら、子供の体力は計り知れないものだ。

さすがの姫もやがて白旗を上げざるを得なかった。

 

そして姫は約束通り、子供達の要望に応えてイラストを描いた。

 

正直疲れきっていたからぶちぶちと文句の絶えなかった姫だが、イラストができるまでの過程を目を輝かせて見ていたのと、完成した時の喜びようを見てしまうと、全員分のイラストを描くまで手は止まらなかった。

 

姫が自宅に帰って夕飯を済ませた頃、つまりつい先程、晴子から電話があった。

 

もう子供達の就寝時間になったのだが、子供達は姫の描いたイラストをなかなか手放さなかったという。

側に置いて一緒に寝たいと駄々をこねる者が多かったが、紙が折れてしまうからとなんとか宥めたらしい。 

日中姫と追いかけっこを繰り広げていた所為で眠気が限界に達していたのに、落ちそうになるまぶたを一生懸命持ち上げてぐずる姿は大変健気で可愛かったと、晴子は終始笑みの絶えない声で姫に報告した。

 

そこまで大事にされるなら、姫も悪い気はしない。疲労を押してまで描いた甲斐があったというものだ。

 

晴子にそう返すと、やっぱり姫ちゃんは優しいわねぇと返されたのだった。

 

だからと言って、姫には明日の筋肉痛の不安を振り払うことはできないのだが。

 

「……明日は、少し遠出してみるか。」

 

壁にあるカレンダーを見て、姫は呟いた。

 

デザインを考えるのもいいが、他から学ぶことも大切だ。

明日は平日だから、ブランド店が立ち並ぶところはあまり混雑していないだろうと、姫は目星をつけた。

 

ならばさっさと風呂に入り、明日のために早く寝ようと姫は立ち上がった。

 

その時だった。

 

ありきたりな呼び出し音が、姫の部屋に響いた。

 

「……誰だ?」

 

思わず呟いて、姫は外へと繋がる扉が見える位置にゆっくりと移動した。

 

もう時刻は夜の9時を回っている。

とても誰かが訪ねてくる時間とは思えなかった。

 

親しい友人ならまだしも、姫にそんな連絡はひとつもない。

 

もしくはこのまだ新しいアパートの大家や、何かの勧誘だとして、ずいぶん非常識だ。

 

残る可能性は悪戯。

 

姫はじっとしていたが、扉の向こうから声や何かが動く気配はない。

 

やはり悪戯かと姫が踵を返した時、まるで見計らったかのようにまた呼び出し音が鳴った。

 

姫は目元に剣呑さをのせて、ゆっくりと玄関に足を向けた。

 

そして歩き様立てかけてあった竹刀を掴んだ。

その竹刀は姫が高校時代、剣道部に所属していた時に使用していたものだ。

記念と、護身用のために保存していた。

 

「……どちらさま?」

 

扉から数歩離れた位置で足を止めて、姫は声をかけた。

 

返答はない。

動く気配もない。

 

姫は扉に鍵とチェーンロックがかかっているのを確かめて、また扉に近づいた。

 

そっとドアスコープを覗き込んで、扉の外の様子を見た。

 

だが、そこには何の姿もなかった。

 

姫は眉根を寄せた。

ドアスコープに映らないからと安心できない。

死角に隠れている可能性もある。

 

鍵に手をかけた姫は、それを回し、チェーンロックが許す隙間の分扉を開けた。

 

少しの間そのままでいたが、風が吹き込んでくるだけだった。

 

不審者がやってきて顔を覗かせたものなら、容赦なく突きを食らわせてやろうと思っていたのに。

 

内心舌打ちして、姫は扉を閉めて鍵をかけた。

 

そんな時だった。

 

「女のわりに、ずいぶんこざっぱりした部屋だな。」 

聞き覚えのない声に、姫は勢いよく振り返った。

 

そこには、金髪の青年がしげしげと部屋を見渡している姿があった。

 

どうやってと、音にならない声が青年を凝視する姫の唇から零れた。

 

すると、青年はその視線に気付いたのか、部屋を見渡していた深く青い瞳が固まっている姫に据えられた。

 

「よぉ、邪魔してんぞ。」

 

「…………。」

 

さも当たり前のように堂々と侵入したことを認める青年に、姫は言葉もない。

 

「おーおー、固まってんな。まぁ無理もねぇか。一応説明してやるよ。」

 

上からの発言に加えて、悠然と腕を組む青年の様子を見て姫の驚愕に固まっていた頭と体がだんだんとほぐれてきた。

 

「俺はだな、か……ごっ!」

 

とりあえずと思って、姫は手にあった竹刀を投げて青年の顔面に見事命中させたのだった。

 

 

 

────────……

 

 

 

「……生きてきた中で、こんな扱いは初めてだ。」

 

「よかったな。記念すべき日になって。」

 

突然の侵入者に最初は驚きはしたものの、竹刀を投げて見事青年を気絶させた姫は、手早く新聞や雑誌をまとめるビニール紐を用意した。

 

そしてこれまた手早く青年の両手両足を縛り上げたのだった。

 

やがて気がついた青年はは、まるで蓑虫の如く床転がされ、さらに姫が警察に通報しようとしているの見て、まず話し合おうと持ちかけた。

 

住居不法侵入者と話し合う義理はないと切り捨てた姫だが、何もしないと約束すると言われ、なぜか勝手に話し始められた。

 

姫は青年を見つめ、悪意を感じられなかったので、とりあえず、本当に渋々聞いてやることにした。

片手に竹刀を持って無言の脅しをかけながら。

 

そんなことで始められた青年の話は、なぜか世間話だった。

 

最近の世界情勢はどうだとか、株価がどうだとか、最近の若者がどうだとか。

 

警戒心を薄れさせるためなのか定かではないが、姫の青年に対する警戒心は変わらず、むしろ珍獣を見るような視線が追加された。

 

なんだかんだで頑張っていた青年だが、姫の目がどこまでも冷たくなったのと、話題が尽きたのか、冒頭の言葉を漏らしたのだった。

 

「もういいか?通報して。」

 

「おい!なんのために世間話したと思ってんだ!俺が人畜無害を示すためだろうが!」

 

「どんな話をしようが不法侵入者に変わりはない。」

 

そう言って姫は携帯に番号を打ち始めた。

 

それを見た青年は舌打ちする。

 

「……手荒な真似はしたくなかったんだがな。」

 

「は?……っ!」

 

姫が怪訝な声を上げて携帯の画面から顔を上げると、目の前には両手両足を縛られていたはず青年が、自由の身で立っていた。

 

咄嗟に姫は竹刀を振ろうとしたが、手首を掴まれて阻まれた。

番号があとひとつ打ち込められれば通報できる携帯を持つ手も、意図も簡単に押さえられた。

 

ぎりっと歯噛みして、姫は青年を睨み付けた。

 

青年の瞳は静けさを湛えており、こんな状況なのに邪なものを感じられなかった。

 

「……お前。」

 

「…………。」

 

さらりと、青年の金髪が流れた。

 

「子供、好きか?」

 

「………………は?」

 

その時、あまりにも無防備な間抜け顔をさらしてしまったのは仕方ないと姫は思った。

 


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