プロローグ
「よぉ。はかどってるか、姫。」
突然頭の上から降ってきた声に、飛鳥 姫はちくちくと針を動かしていた手を止めて、後ろを振り仰いだ。
そこにいた予想通りの姿に、姫は思い切り眉根を寄せて目を鋭くした。
「……おかげさまでほどなくやってるよ、不良神この野郎が。」
「名前に似合わず不良口調なのはどっちだよ。」
やれやれと首を左右に振るその姿から視線を逸らして、姫は作業に戻った。
姫が言ったように、青年の姿をしたそれは俗に言う「神」だ。
ただ、想像するような崇高で神々しい、という気配がない。
その容姿は適当に整えられた金髪に、光の加減で色が変わる深い青の瞳。
容貌としては見る限り外国人だが、堀は深過ぎずどちらかと言うと親しみ易い顔立ちをしている。
目は二重ながらも切れ長で、鼻筋はすっと通って涼しげな印象を与える。
言ってしまえば人通りの多い場所を歩けば男女問わず人目を集め、芸能界へのスカウトが絶えることがないだろう容姿ということだ。
その服装も、古代の神話に出てくるようなものでは一切なく、白のワイシャツに黒のジーンズという非常にラフなもの。
「眉間に皺寄ってんなぁ。そのうち取れなくなるんじゃねぇの?」
「うっさい。元々の元凶が目の前にいたらこんな顔にもなるわ。」
しかも態度も口調もどこぞの若者のかと訴えたくなるほど軽い。
「……それにいきなり現れるな。心臓に悪いっての。」
「お前の心臓はその程度じゃびくともしないほど丈夫だろ。」
唯一神らしいところと言えば、神出鬼没なところだと、姫は思う。
深くため息を吐いて、姫は針を動かす手を止めた。
「……あのさ、一時帰宅はいつになるわけ?」
「今帰るとお前がいなくなってから一年後になるぞ。」
さらりと言ってから、青年の姿をした神は腕を組んだ。
「安心しろ。お前をお前の世界に返す時は、不自然な時間にならないように見計らって教えてやるって。」
「……この世界に誘拐してきた張本人が何を言うか。」
「その張本人がいなきゃ、お前は自分の世界に帰れないけどな。」
「…………。」
神の言葉に姫は悔しそうに顔をしかめ、膝に肘を置いて頬杖をついた。
視線の先に広がる景色は、広大な森。
鬱蒼と茂る木々にぼんやり霧が立ち込めている。
そんな森を見下ろす場所に、姫と神はいた。
「……はぁ。やっていけんのかな。」
「今までやってきたんだから、大丈夫だろ。」
「なぜだろう。神の言葉なのに信憑性が感じられない。」
「お前ほんっとに生意気だな。」
「こうでもしないとやってられるかってんだ。」
けっと吐き捨てるように言って、姫は前を見据えた。
姫の目が届く範囲で、数人の子供達が遊んでいた。
ただ、その子供達それぞれに特徴的なものがあった。
角が生えていたり、翼、または羽が背中に生えていたり、耳が長かったり。
子供と言っても、小さな犬も、小さな竜もいる。
そう、ここは異世界。
姫はこの異なる世界で、子育てをしていた。
人とは異なる子供を。




