バレてしまった
私は戻ってきた、元の世界に。そして旧校舎の教室の隅っこでは瀬川が体育座りをして顔をうずめていた。
まさか、ずっと待ってたのか。
「……瀬川」
私が近くまで歩み寄り声をかけると瀬川はゆっくりと顔を上げ私の顔を見た瞬間に涙が溢れてきていた。
「ルカ様あぁぁぁ!もう、戻ってこられないのかと思いました!…ヒック」
「お~よしよし、ごめんね心配掛けて。もう大丈夫だから」
私が頭を撫でてやると少しずつ落ち着きを取り戻し泣き止んだ。
「とりあえずここを出よう、瀬川には話しておきたいことがあるんだ」
先ずは旧校舎を出る。ここに長くいる必要はもう無いんだ、私は早くサトルって人を探さないと。
旧校舎を出ると早速瀬川が質問を投げかけた。
「ルカ様、鏡の向こうはどんな所だったのですか?一応怪我などはされてないようですが」
「ふむ、そうだな。どこから話せばいいのか……そうだ、今日は私の家に泊まってくれないか?明日は土曜日で学校も休みだ。瀬川には手伝ってほしいこともある、どうだ?」
私が提案すると瀬川はキョトンとしていた。状況がよく呑み込めていないようだな。しばらくすると我に返ったようにハッと変な声を出した。
「よ、よろしいのですか!?私がルカ様のご自宅に泊まっても」
「私は別にかまわない、ただ瀬川にも帰る家がある。先ずは両親の了解を得てくれ」
「それなら、いくらでもっ」
と言うと早速瀬川は携帯を取り出し親に連絡をした。
「……あ、お母さん?うん、今日は友達の家に泊まってくから!じゃーねー」
そのやり取りは十秒も無かった、本当に向こうは了解してくれたのか?まぁ私には関係ないことだ。
「それじゃあ行こうか、瀬川」
「はい!ルカ様」
それから瀬川は家に着くまで何も聞いてこなかった。普段の学校のことなど、自分は休日にどうしてるかだの他愛も無い会話だった。そして家に着くやいなや私はとんでもないことに気が付いた。
「ルカ様の家……外からしか拝見してなかったのですが中は一体どうなっているんでしょうか~」
きらきら目を輝かせている瀬川を背後に私はいまさら後悔をしていた。家に人を招くと言うことはつまり、私のあの自堕落な生活がバレてしまうと言う事だ。
「どうしたんですか?ルカ様、家に入らないんですか?」
しかし確実にバレる訳ではない。そうだ、隠し通せばいいんだ。散らかってる部屋を片付けて普通の女の子のような部屋にすれば……。
「すまないが瀬川、少しここで待ってていてはくれないか?」
「え?どうしてですか、ルカ様」
「少し…部屋の掃除をしたいんだ、客人を招くのには少々窮屈になるかもしれんからな、すぐに終わらせるから、ここで待っててくれ」
これでいい、少々ではなくかなり散らかっているが私なら大丈夫だ。ものの5分で片付けてやる。しかし瀬川は。
「それなら私も手伝います!私のためにルカ様お一人で部屋の掃除をするなんて、手伝わせてくださいよ」
ダメだ、それでは逆効果じゃないか。どうしたものか……しかたない。ここはちょっと強引にでも。
「わ、私のプライベートを見られたくないのだ。たとえ瀬川でも、君だって人に見られたくない物の一つや二つはあるだろう?」
瀬川は少し考えると、分かりました、と言って家の外で待つようにしてくれた。私は家の扉を閉めるまでは平静を装い家に入った瞬間にダッシュで二階へ駆け上がり自分の部屋に入りとにかく散らかっている物を押入れに詰め込んだ。それからスナック菓子のカスを掃除機で吸い取りジュースのシミは雑巾で丹念に拭いた。
一通り終わり、部屋の中を眺める。よし、完璧だ。私はいつの間にか息が上がっていた。後は呼吸を整える時間を……。
すると下から声が聞こえた。
「ルカー!友達を外に待たせて何やってんのよー」
「いえ、おばさま、いいんです。私が待つように言ったんですから。」
しまった!母が帰って来たか。
「あなた、いつもルカを迎えに来てくれる子達の一人でしょ?いつもごめんね~。いいから、入って入って」
「でも……」
そして玄関から二つの足音が入りドアを閉める音が聞こえた。母に根負けして瀬川が入って来たのか。でも大丈夫だ、もう部屋は片付いてるし綺麗だ。どこからどう見ても普段の学校での私が住んでいるような部屋だ。さすがだ私。
と、感心していると扉を叩く音がした。
「ルカ様、入ってもよろしいですか?」
よし、問題ない。
「あぁ、入ってくれ」
瀬川が扉を開け部屋に入ってくる。そして私の部屋を眺めると。
「やっぱりルカ様の部屋は綺麗ですね~。私の部屋とは大違い」
瀬川やみんなの部屋はどうなってるんだろうか。ちょっと気になるな。
「脱いだ制服は脱ぎっぱなしだし、雑誌とか本とかも床に置いたままなんですよ~笑っちゃいますよね?」
瀬川が笑いながら自分の部屋について語る。なんだ、みんなも私とあまり変わらないんだな。
「やっぱりお菓子の食べかすなんかも落ちてたりするものなのか?」
「やですよルカ様~今時の中学生でもそこまでは無いですよ。ましてや小学生女の子の部屋でもそうはなりませんね」
「そ、そうか、そうだな。今時の小学生の女の子でも……ははっ」
私の部屋は小学生以下か……これは絶対にバレたらまずいな。今までの尊厳や人望が一気に崩れてしまう、それだけはどうしても避けねば。
すると扉の向こうから母の声がした。
「ルカ~入るわよ?……どうしたのよ、急に部屋がやけに綺麗になってるじゃない。いつもは…」
「お、お母さん!どうしたの?用件は何!?」
私は必死に母の続きを食い止める。私の部屋を唯一知っている人物、本当のことを話されたら。
「何って…あんたが昨日頼むから買ってきたんじゃない、ほらフ○ンタとじゃ○りこよ」
と言って1リットルペットボトルの某炭酸飲料水とサラダ味のスナック菓子を二つ置いていき部屋を後にした。
部屋に沈黙が流れる、先に口を開いたのは瀬川の方だった。
「ルカ様は……こういうのが好きなんですか?」
「い、いや、別に好きと言う訳じゃないんだ。ただ、みんなが食べているのを見てどんな味なのか興味があっただけだ」
我ながら苦しい言い訳だ。こんなことを言ってもいずれはバレるというのに、しかし瀬川は。
「そうですよね~ルカ様がこういうものを食べるなんて考えられませんよ。ルカ様はケーキや紅茶といったものがお似合いです」
その言葉が痛いと感じるのは日本中を探しても私以外に二人いるかいないかだろう。確かにケーキや甘いものは好きだ。けれど、それよりも私はスナック菓子の方が好きだ。
「ルカ~いつものスウェット乾いてるけど、着替えないの~?ここに置いとくわよ~」
「「…………」」
また沈黙が流れる。今回のはどうやっても隠し切れないだろう。あせった私は立ち上がり部屋を出ようとすると。
「あ、ルカ様」
瀬川が手を取った、その反動で私はバランスをとるのが難しくなり……押入れにぶつかった。すると……。
ドンガラガッシャーン!!
押入れに詰め込んでいた服や雑誌、その他もろもろの私物が私の上に降りかかった。
「ルカ様!だ、大丈夫ですか?」
瀬川が私を引っ張って助けてくれた。しかし、その後すぐに。
「ルカ様……これは…」
ついにバレてしまった……か。




