初めてばかりのもの
見渡す限りの荒野。
この風景にはお似合いの言葉だろう。私はついに来てしまったらしい、ファリッサとやらに。
そして目の前には金髪の女性がいた。
「よかったわ、無事に来てくれて。まだ名乗ってなかったわね、あたしはシュレイナ。『シュレイナ・ロベルト』よ。よろしくね、本条 ルカ」
目の前の女性がしりもちを着いている私に手を差し伸べた。
自分の名を知っていようが私は驚かなかった。こんな世界があるんだ、それにこの人はずっと私を待っていたと言っている。
名前を知っているのはむしろ当然だろう。私はシュレイナの手を取り立ち上がった。
「突然で質問したいことは山ほどあると思うけど…まずはついて来て。ここじゃあまたあいつらに見つかるだろうから」
そう言ってシュレイナはつかつかと歩き始めた。
今はこの人についていった方が得策だろう。この場所にいたらシュレイナが言っていたあいつら、すなわち『化け物』たちに出くわす。
私にはシュレイナのように対処できるすべは持っていないし、何よりこの人について行けば何か面白そうなことが起きるかもしれない。
今ひとつ刺激が足りなかった私の日常に突如現れてたイレギュラー。こんな面白そうなことをみすみす逃すわけにはいかない。
だからついていく。
そして暫く歩くと町が見えてきた。けど町と呼ぶにはどこか寂しいところだ。店はあるのに人がいないしやっと見つけたと思った人もまるで何かから怯えているような、そんな表情だった。
「どうしてここの人はみんな元気が無いんですか?シュレイナさん」
一応、敬語を使う。別に大して意味は無い。シュレイナは私よりも年上そうだし、初対面の人にいきなりタメ口をきくような常識はあいにく持ち合わせてはいない。
そしてシュレイナは歩きながら応えた。
「それも後で説明するわ、けどただ一つ言えることは……二年前まではここも活気に溢れていたわ」
そう語る背中はどこか寂しげだった。二年前…か。そして私達は町を抜け森に入った。シュレイナはもうすぐよと言ってさらに歩く。そして森の中から見えてきたのが広場のような木の生えていない場所だった。
「ここが今の私の家よ」
「え、けど家なんて」
そんなものは何処にも無い。一体シュレイナは何がしたいんだろう。シュレイナはちょっと待っててと言い、呪文のようなものを唱え始めた。
「我の名は『シュレイナ・ロベルト』契約にのっとりその偽りの衣を脱ぎ去り真の姿を我に見せたまえ。解除」
そう唱えると、見えていた草原の一部がゆがみ、そこから木造のログハウスのようなものが現れた。『偽りの衣』と言うのはおそらくカモフラージュのためだろう。
「中に入って」
私は言われるがままにシュレイナに続き中へ入ると、そこには木造の机と椅子。そしてベッドがあり上には布が一枚かぶせてあった。これが…家か。
「あんまり居心地はいいほうじゃ無いけど勘弁してね。これでも2年前はでっかい城に住んでたのよ?とりあえずここに座って」
と、言われ私は椅子に座り向かいにシュレイナが座った。
「えっと、シュレイナさん」
私が言いかけたときにシュレイナに待ってと平手を出され私の言葉が遮られる。
「別にタメ口でいいわ、それにめんどくさいからシュレイナって呼んで」
「……わかったわ、シュレイナ。それじゃあまず、ここが何処で私に何が起こったのか説明してくれるかしら」
敬語を使わなくてもいいならこっちも楽だ。遠慮なく質問をしよう。
「そうね、まずもう聞いたと思うけど、この世界の名は『ファリッサ』あなた達のいる人間界とは別次元の異世界よ。そして私達の種族の名は天界人。容姿はあなた達人間とたいして変わらないけど、魔法を使うし人間よりも肉体と頭脳が突起した種族よ。さっきの荒れ果てた土地も町も、数年前まではもと美しく活気に溢れていた。けど……あいつが、全てを変えた」
「あいつって言うのは?」
「私達と対極の種族、『地獄人』よ。元は滅んだ種族だけど例外で二人だけ生き残っていてね。二人とも普通に過ごしていたのに……事が起こったのは二年前。地獄人の一人が暴走を始めた」
シュレイナの話を要約すると、この世界、ファリッサは二年前までは美しい世界だった。
しかし二年前二人の地獄人のうちの一人が暴走を始めた。
その力はとてつもなく、シュレイナたちにはどうすることもできなかった。
暴走した地獄人は次々亜種を生み出した。それがさっきの化け物らしい。
『牙獣族』や『角獣族』というものだ。地獄人は徐々に勢力を拡大していき少しずつファリッサを支配していった。
「それで、何で私がここの連れてこられての?」
そう、ここからが私にとっても本題と言っていいほどだ。見てのとおり私には何の力も無い。
魔法が使えるわけでもなく空が飛べるわけでもない。強いて言うなら空手が強いくらいでこの世界で通用するとも限らない。
「今から八年前の事よ。今ファリッサを支配しようとしている地獄人に立ち向かった人間界の少年がいるの。当時ファリッサでは一年に一度人間界の子供達を戦わせる行事が儀式があって……」
ここからは私が説明する。
八年前、『魔法使いの闘い』という儀式があった。それは人間界の子供達を天界に連れてきて戦わせるという儀式だ。その中にファリッサを滅ぼそうとしていた地獄人の生き残りがいた。
シュレイナは自分のパートナーに選んだ人間の子供、『サトル』と戦い見事に勝利。その地獄人はその後は改心し城でせっせと手伝いをしていたが2年前何故か暴走し今に至るという。
「私だけの力じゃ地獄人には勝てない。本来なら天界に人間を連れてきたらだめなんだけど、今回ばかりはサトルの力を借りないとあいつに勝てない。けど私達天界人は人間界には行くことはできない。だから変わりにサトルを連れてきてくれる人を探して、その結果あなたにたどり着いた」
聞くところによると、シュレイナは人間界が見える湖に行きサトルを見つけた町に照準を合わせ誰でもいいから探していたらしい。そして私を見つけて観察していた。
「あなたは人望もあるし悪い人間じゃなさそう、それに知能や強さもある。あなたに…サトルを人間界から連れてきてほしいの。迷惑な話だとは十分承知よ。でも時間は待ってはくれないの、もう一度あなたを人間界へ帰すわ。そこから一週間以内にサトルを連れてきてほしいの。それ以上はあたしも無事かどうか」
私が人間界でサトルと言う人を探して天界へ連れて行く。別に断る理由は無いが、情報が少なすぎる。大体容姿も分からないし、何処に住んでいるかなんて見当もつかない。
「そのサトルって言う人の特徴は何か無いの?」
「八年前の話だから、今は多分二十歳くらい。左手に黒い指輪をつけているわ、居場所は……あなたの学校から5キロ圏内にいると思う」
近っ!思ったよりも近くにいた。これなら一週間で見つかるかもしれない。ここまで来たのなら探してあげようじゃないの。
「分かったわ、私がそのサトルって言う人を見つければこの世界も守られるのね」
正直この世界の平和よりもそのサトルと言う人に私は興味があった。人間なのにこの世界で英雄になるほどに強かった人って……。
「ありがとう!じゃあ早速だけどさっきの場所にあなたを連れて行くわ」
そう言うなり私とシュレイナはログハウスを出た。そしてシュレイナは再び呪文を唱えた。
「我の名は『シュレイナ・ロベルト』契約にのっとりその偽りの衣を纏い姿を隠せ発動」
するとまた空間が捻じ曲がったようにログハウスは姿を消した。そしてシュレイナは私に手をつなぐようにいった。
「今から魔法を使ってさっきの場所に戻るけどジタバタしないでね」
そんなに激しい魔法なのかな、もう何が起きても私は驚かないと思うけど。
「じゃあ行くわよ……大いなる風の下部よ『汝』我を目的の地へ導きたまえ!」
毎度思うけどわざわざその呪文を言わないとダメなのかな。聞いているとこっちが恥ずかしく思える。俗に言う『厨二病』のような痛い人……そんなことを考えていると足元から風が現れ私達を包み込んだ。
「よし、出発!」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
目の前の風景が無茶苦茶で考える暇も無かった。そして……。
「ついたわよ…お~い」
「ハッ!ここって、さっきの場所?」
「あんた一瞬意識が飛んでたわね、まぁいいわここが人間界の入り口」
そこは荒野の中に小さな窪みがあり、光っていた。私はさっきここから出てきたのか。
「向こうに行ってもこの事は誰にも言わないでね、ここの存在は知られちゃいけないの」
「え、でも……」
戻ったら瀬川にはなんて説明しよう。あの状況じゃ誤魔化しようがない、けど。
「シュレイナ、一人だけ…」
私が瀬川のことを説明すると。
「仕方ないわね、じゃあその子にはいいわ。一緒にサトルを探してもらいなさい」
「分かった、それじゃあまた戻ってくるから、それまで……頑張ってね」
「あんたに言われるまでも無いわよ、よろしくね、ルカ」
そして私は窪みに入り、気がつくとそこはもう旧校舎の教室だった。




