油断
呆然、今の私の表情はそのこと言葉がお似合いだろう。悟さんの言った事は分かる、ただ理解が出来なかった。今までどんな数式だって問題なく解いてきた、どんなテストだって常に首席だった。その私が…理解出来ない?
「悟、ルカが固まってるわよ。それに私にも分かるように説明してよ」
その言葉に私もようやく正気に戻った。
「あぁ、そうだね。それじゃあまず、君達に魔法を与えた頃に遡ろうか」
私と瀬川が悟さんに魔法を与えてもらった時…私はシュレイナ、瀬川は悟さんに一通りの指導をしてもらっていた。私はシュレイナから初めに初級魔法を教えてもらっていた。どうやら私は呑み込みが早かったらしくすぐに中級魔法も会得した。そんな中、瀬川は魔法を実際に使わないで悟さんに何度も質問や体を動かして何かを表現しながらの指導だった。あれにはどういう意味があったんだろう。
「瀬川ちゃんはね、自分の風の魔力を撃つ方の腕に纏わせて攻撃してたんだよ」
「自分の魔力を纏わせて?」
確かシュレイナがそんな事を言っていた気がする。風の魔力を持つ天界人は自分の足に風を纏わせて脚力を瞬時に上げたり水を纏わせて燃え盛る炎の中で戦ったりと、しかしそれを会得するには数年の修行が必要だって言ってたから私は普通に魔法で戦うことにしていた。それを瀬川は、魔力を与えられたたった数十分で使いこなしてるっていうの?
「僕も使えたのは数年前からだけど、瀬川ちゃんには驚いたよ。まさかもう実戦で使えるようになるなんてね。でも、ただ纏わせるだけじゃあそこまでの威力は無いはずだ。瀬川ちゃんってなにか格闘技でもやってたの?」
「は、はい。合気道と空手を少しだけ…」
少しだけとはよく言ったものだ。ここで少し話は逸れるが、私の親衛隊に所属している者は大抵、何かしらの部活に所属している。その中でも運動部が一際多く、更に格闘技をしている者も少なくはない。柔道に空手、レスリングに合気道、ムエタイなんかもあった。一体うちの学校は女生徒に何をさせたいのやら。その中でも瀬川は合気道と空手の全国覇者である。プロスカウトもあったのだが、『私はそういうのには興味が無い』と一蹴。単純な肉弾戦なら私だって敵わない。
悟さんは成る程、と納得して話を続けた。
「何はともあれ、巨大獣の巣の主を倒しちゃったんだし、ルカの戦い方にも問題は無いはずだ。そろそろここを出ようか。二人とも今はまだ平気だと思うけど魔力を消費したからね、後から疲れが出てくると思うよ、特に瀬川ちゃんはね」
「それもそうね、ちょうどいい時間だし、私の家で食事でもご馳走するわ」
そう言ってシュレイナは私達が来た道をそのままスタスタと歩き始めた。何かぶつぶつ言いながら。その声に二人は話をしていたため聞えていなかったが、私には聞えていた。……もう説明する必要も無いか。
しかし突然シュレイナが足を止めた。
「どうしたの?シュレイナ」
「う~ん……ちょっと面倒な事が起こってね二人とも、伏せてて」
「え、どうしたんですか?」
「ルカ、瀬川ちゃん、ここはシュレイナの言うとおりにしよう」
とりあえず私達はシュレイナから少し距離をとってその場でしゃがんだ。耳を澄ませるとなにやら羽音が聞える、これは……虫?
「…来た!散火弾!」
シュレイナが呪文を唱えたと同時に私でも目視できた。これは……大きい蜂だ。野球ボールくらいの蜂が大量に飛んできた。それは中学の頃に男子の間で絶大な人気を誇っていた某狩りゲームの昆虫を思い出させた。その蜂の軍勢はシュレイナに向けて次々と突撃をしたが空中にシュレイナの出した火の弾が次々に命中し悉く焼き払われて地に落ちてゆく。それにしても数が多すぎるな、一分以上はこの攻防が続いている。そしてシュレイナを見ると少しずつだが火の弾が出るタイミングが遅れているような気がする。
「そろそろ限界か……二人はそこにいてくれ!」
そう言うと悟さんはシュレイナの元へ駆けつけて呪文を唱えた。
『水散弾』
すると今度は水の散弾が空中に現れて蜂を撃ち落していく。そしてシュレイナはその場で膝を付き攻撃を悟さんに託した。それでもまだ蜂の軍勢は止まない。
「これは基を叩いた方が早そうだな、『爆炎弾』!」
悟さんの手からは火の玉が現れどんどん大きくなっていく。それを一直線に蜂の向かってくる方へ投げ飛ばした。火の玉は蜂を飲み込むように勢いを止めず進んでいく。
「さぁ、行こうか、シュレイナ、立てる?」
「えぇ、もう大丈夫」
シュレイナは一人で立ち上がりなんでも無かったかのように歩を進めた。私達もその後に続く。改めて思ったけど、やっぱり悟さんは強い。私達なんかよりもずっと、けどシュレイナは……もっと強いと思ってた。悟さんの魔力を差し引いても、自分でここは雑魚ばかりと言っていたのに今の現状。シュレイナの実力ってここまでなの?
「二人とも、もうすぐ出口だけどさっきの奴らの親玉が近くにいるはずだから、注意してね」
親玉かぁって事はさっきの蜂の数倍大きい蜂がいるのか、まぁ近づいてきても羽音ですぐに分かると思うからこちらにだって対処の仕方は十分にある。と、私はすっかり油断しきっていた。そして誰かが叫んだ。
「ルカ!後ろ!」
声だけに反応し瞬時に後ろを向くとそこには。
「……クイーン・ランゴ……」
私は今までの思い出が一気に頭の中へ流れ込んできた。そうか、これが走馬灯という奴か。本当にあったんだな。しかし次の瞬間、地面が突き出しそのまま蜂の親玉を貫いた。親玉がそのまま煙となって消える。
「あ、あぁ……」
またも固まっている私に悟さんが駆け寄る。
「びっくりさせちゃったね、でもルカ、油断しすぎだ。あと少し反応が遅れていたら危なかったぞ。まぁ瀬川ちゃんが叫ぶよりも先に僕が魔法を発動してたからどっちにしても大丈夫だったんだけどね」
「ごめんなさい、以後気をつけます……瀬川ちゃん?」
私は、叫んだ本人の方を向く。当の本人は私に背を向けている状態だ。私が顔の前まで行こうとするとまた体ごと背を向ける。私が体をガシッと掴んで自分の方へと向けさせると瀬川はまたバツの悪そうな顔をしていた。
「瀬川、何で目を合わせないんだ?」
「それは……」
ちょっと遊んでみるか。
「さっき私の事を『ルカ』って呼んだのは瀬川か?」
「……はい」
「ふ~ん」
「えっと…ルカ…様」
「ねぇ悟、ルカってやっぱりあぁいう性格なの?」
「う~ん、僕にも分からないよ」
「あたしなんだか怖くなってきたわよ」
「ルカは多分Sだろうね」
「悟…ドが忘れてるわよ」
瀬川とのやり取りをしていると二人から勘違いをされそうだったのでこの辺にしておこう。それにしてもドSって……