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狐の嫁入り

作者:

ほのぼのとしてもらえれば幸いです

 太陽が柔らかく私を包む。それは羽毛の布団よりも軽く、気持ちが良い。たくさんの鳥の羽に包まれているようだ。

時々吹く風は少しだけ寒いけれど、太陽の布団と相まって、雪が降る中温泉に入るような心地よさを感じさせる。

学校へと続く道、いわゆる通学路と呼ばれる学びの道。

正面に校門が見えるこの道には、両脇に桜の木がたくさん植えてある。芽吹き始めた桜の花が、淡い紅色でこの道を彩るのは後何週間後だろうか。

すごい速さで通りすぎていく自転車を見送り、私はのんびりと歩を進める。なるべくこの空気を楽しむために。そして、なるべく学校に着くのが遅れるように。

 ふと前をみると、三人の女の子達がとても高い声で談笑している。女三人集まれば姦しいとは、まさにこのことだろう。

 別に不快なわけではない。私自身声は高い方だし、あの集団に混じることだってある。

でも、最近はあんまり話についていけない。それが今私の足を鈍らせている原因だ。

おそらく成長の証なのだろうけど、皆が恋愛の話をよくするようになった。

 誰それと誰それが付き合っている。

 あの子と噂の彼が付き合い始めた。

 あんなに仲の良かったカップルが別れた。

 他人のこと、友達のこと、自分のこと。

 誰のことであっても、鯉池に餌を撒き散らしたように食いついてくる。なにせ気がつくと人数が倍になっていることもあるくらいだ。

 おそらく、これが本来あるべき女子の姿ってやつなのだろう。いっぱい話して、恋愛して失恋して、そうして私たちは大人になっていく。

 そのはずなのに、私はこと恋愛に関してはあまり興味を抱かない。クラスで人気のかっこいい男の子、テレビでよく見るさわやかな男の子。皆は嬉しそうに話すけれど、私にはどうしてもそれが理解できない。

皆が笑い合えるはずの話題で、私だけが笑っていない。それは、疎外されているわけではないのに疎外感を感じる、不思議な感情だ。

校門が近づいてくる。私はますます歩く速度を落とし、貴族の令嬢のような足取りになる。

そのとき、チャイムが鳴った。授業の開始を告げる鐘の音だ。

談笑しながら歩いていた生徒達は足を早め、次々と私を追い越していく。なんだかわけもなく取り残された気分になった。いや、事実取り残されているのかもしれない。

私は他の人たちに遅れて校門をくぐると、そのまま校舎の裏側へと足を向けた。

あまり整備のされていない芝と、古ぼけたベンチが一つ。その脇には謝るように頭を垂れた柳の木が、僅かに芽吹いた葉を揺らしている。その奥には小型犬でさえ飛び越せてしまいそうな低い柵がはってあり、そこから先の緑が生い茂る山への侵入を、申し訳程度に押しとどめていた。

私はベンチを軽く払うとそこに座った。

真っ直ぐに目線を向けると、灰色の校舎の後姿が視界を遮り、不気味な圧迫感を感じる。

私は視線を上に向け、ぼんやりと空を眺めた。

凪いだ海面のように穏やかで、鏡のように神聖な空は、しかし決して私を映すことはない。それは私を映す価値がないと思っているのか、それとも本当は私なんて存在してはいないのか。

視界の片隅に写る校舎は、ひっそりと静まり返っている。あと一時間もすると休み時間となり、その喧騒がここまで届いてくるだろう。

ぴちゃん・・・と何かが手の甲に触れる。少し冷たくて、くすぐったい。

私はなんだろうとそれを見る。

水滴?

と思った時には頭上から、小さな水のかけら達が踊るように舞いだしていた。

雨?

私は少しずつ服に染み込んでいく水を感じながら、もう一度空を見上げる。

相変わらず空は凪いでいて、何のフィルタも通さない太陽の光が世界を照らしている。

なんだ、通り雨か。と思ったときには雨は上がり、残ったのは微かに湿った私の服と、弾く水滴を煌かす水の化粧だけだった。

小さな雨の残滓を帯びた草木は、太陽の光に照らされ、まぶしいほどの光となってあたりを輝かせる。

それはまるで何かを祝福するように、不思議な光彩を放ちながら瞬いていた。

 その光景に見とれていると、がさっという音とともに、雑多な芝を踏みしめるようにして二匹の動物が歩いてきた。

羽毛とはまた違った意味で柔らかそうな白い毛には、若干の黄色が混じっている。ふさふさとした尻尾を揺らしながら、四つの足で寄り添うようにして歩いているその様子は、まるで夫婦のようだ。

犬・・・?いや、狐か。

私は首を傾げながらしげしげと見つめる。

二匹の動物は、その視線に気づいたのか、それとも私自身に気づいたのか、さっときびすを返すと山の中に入っていってしまった。

そういえば聞いたことがある。狐は嫁入りするときに、それを人間に伝えるため雨を降らす、と。

じゃあやっぱりあれは新婚だったのか。狐も結婚すると嬉しいのかなぁ。ぼんやりとそんなことを考える。

 辺りを見回すと、あれほど輝いていた水滴は蒸発しきって、いつもどおりの裏庭に戻っていた。

たった数分間のイルミネーション。きっとそれがあの狐達ができる喜びの表現なのだろう。恋愛が成就した、という嬉しさを込めての祝福。

そんなことを考えていると、ぱぁっと視界が明るくなってきた。

そうだ、狐だって恋をするんだ。

そしてその恋が叶ったことが嬉しくて雨を降らす。それは花嫁がブーケを投げるのと一緒だ。

この世界に生きる皆が恋をして、そして結ばれていく。

それは、全ての生き物共通の幸福。

だったら、私だって・・・

うん、なんとなく元気が出てきた。

今はまだ、恋愛に関する興味は沸かない。でも、そう遠くない未来、私もきっと恋に胸焦がす時期が来るのだろう。

そしてその恋が実れば、あの狐のように一瞬のイルミネーションを見せることが出来るはずだ。今なら、根拠もなくそう思うことができる。

一時限目の終わりを告げる鐘の音が響く。

そろそろいかないと、二時限目までサボることになってしまう。気分も乗ってきたし、そろそろ登校してやるか。

私はベンチから立ち上がると一度だけ振り返り、山を仰いだ後、きびすを返して校舎への道を歩き出した。

雲ひとつない透き通った空の下、山は祝福の煌きに満ちていた。


読了ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いですね。少しだけ晩熟な女の子が良く書かれていると思います。 懐かしい気持ちになりました。
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