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06 : 黒犬と酒場の宴。2





 夜、少しの時間だけ、タカ爺は酒場を開いた。そこには、おれに酒を無理やり呑ませてくれやがったオッサン約二名もいらっしゃいまして、そのふたりがふだんは農夫やってる狩人だと聞いた。


「そうか、イザヤは迷子だったんだな」

「呑ませる前に気づこうよ!」


 変な恰好だとシスイが言っていたから、気づかないわけがない。

 が、酔っ払いだ。

 あの生きもんは信じちゃいけない。


 ちなみにおれの今の恰好は、タカ爺がくれた服だ。ダメージのジーンズは動き易いからそのまま穿いてるけど、上は着流しっぽいやつ。腰で適当に帯で留めてある。インナーに長袖のTシャツを着てたら、それを見たタカ爺が同じようなシャツをくれた。ジーンズは、似たようなのを見つけたら買ってやるって言われちゃったので、そんなことに金を遣わなくていいと怒って、生地が厚めのズボンをもらった。だってこのジーンズ、古くなり過ぎてダメージっぽくなっただけだもの。金かけてないから。


「それにしても迷子かぁ……宴に迷子が出たのって、久しぶりじゃねえか? 帰れなかった迷子は初めてだが」


 このカジュ村では、というか国では、宴の際に迷子が現われることもあると浸透しているらしい。だから酒場に来た人たちは、おれをもの珍しげに見ることはあっても、危ない奴だとは認識しなかった。

 どこから来たんだ、という話から始まって、おれがいたところを説明すると酒の肴にして笑って聞いていたし、機械ならこのアウレニア大陸にある大国が生産技術を持っていると教えてくれた。


「へえ、機械ってあるんだ」

「リョクリョウ国みたいな北の外れにゃあ旧型しか流れてこねぇが、一般的に普及してるな」


 剣が鉄っぽかったが、なるほど、製鉄技術はあるわけだから、鉱山とかもあるわけだ。そういえば台所、薪を使って火を熾すくらいで、火の出口はコンロっぽかったな。明りは蝋燭と、今は冬場でストーブが活躍中だから、それで足しになる。

 うーん、おれが小さかった頃はまだ竈が動いていたから、生活水準はそれくらいかな。ただ燃料がまだ木材ってだけだ。王都のほうはそうでもないらしいけど、このカジュ村はリョクリョウ国の最北端だから、つまり田舎だから中央ほど技術が進んでいないってことだろう。

 ふむふむ、辺境には辺境らしいけど、田舎育ちのおれには特に問題もないね。


「いろいろ教えてくれてありがとな、オッサン」

「いいさ。おれたちが酒呑ませたせいで帰れなくなったなら、悪いことしちまったしよ」

「うん、その代わり害獣駆除して、また宴開けるくらいのことしてくれたらいいよ。おれ、それで帰れるかもれねぇし」

「そんなしょっちゅう害獣に出られたら、生活できねぇよ」


 がはは、と大声で笑ったオッサンたちは、ほろ酔い加減のところで酒を呑むのを止め、帰っていった。

 もともと潰れるほど酒を呑むのは、宴のときくらいらしい。ふだんは身体を暖めるくらいにして、バカ騒ぎもしないとタカ爺にあとから聞いた。害獣のせいでみんな生きることに必死で、酒は密かな楽しみになっているのだとも、聞いた。一日の終わりに、ああ今日も生きている、と実感するために。


「害獣の被害って、ひでぇんだな」

「そうだなぁ……あれらのせいで、家族を失った者は多い。食いぶちを失った者も多い。この国は小さくて、そして寒くて、とても生きるにはつらいところだが、生まれた国をいとしく思わん者はおらん。だからみんな、必死に生きるんだよ」

「……うん」


 生きることに、必死。おれもそうだな、と思って、聞かせてくれたタカ爺に微笑んだ。なにを思ったのか、タカ爺にはぐりぐりと頭を撫でられたけど、くすぐったいだけだった。


「さあ、今日も疲れただろう。もう寝なさい、イザヤ」

「そうする。明日の薪割りは、今日より多めのほうがいい?」

「無理せんようにな」

「わかってるよ」


 なんだか祖母ちゃんと祖父ちゃんと一緒にいるみたいだ。そう思いながら、おれは与えられた二階のけっこう立派な部屋に戻った。タカ爺が天恵とかいう力で風を操ってくれているせいか、家の中はどこも仄かに暖かくて、部屋ももちろん暖かい。


 蝋燭一本だけの明かりで照らされた部屋を、なんだか寂しく感じたのは、きっと気のせい。


「だいじょうぶ。帰れるから」


 ふと泣きたいような気持になって、慌ててちょっと固めのベッドに潜り込んだ。

 だいじょぶ、寂しくない。

 ここの人たちは、おれを迷子だと知って、わかってくれている。タカ爺なんか、すごくよくしてくれる。シスイだって、嫌いだって思うこともあるけど、なんだかんだ世話を焼いてくれる。

 だいじょうぶ、怖くない。


「くそぉー……せっかくばあちゃんの鉄拳がねぇのに」


 この際だからゆっくり気を休めればいいのに、いつものことがないと、やっぱりちょっと寂しくて。

 こぼれそうになった涙を、枕に顔を埋めて押し留めた。清潔な匂いが、ほんの少しだけいつもおれが使ってる布団の柔らかさに似ていたから、ほっと息をついた。


 全身を包む緩やかな疲労から、うとうとと、し始めたときのことだ。漸く眠れると、そう思った瞬間のことだ。


「イーサ」


 窓が開くような小さな音と、その声に、おれの意識が浮上した。


「……黒犬?」


 ぼんやりした目で、昼間にも逢った黒犬を見た。

 やっぱりでかい。

 おまえ、本当は狼じゃねぇの?

 いや、本物の狼なんて見たことねぇけど、おまえ犬っぽくないし。


「イーサ」


 黒犬はおれを「イーサ」とか呼びながら、寝ぼけ眼のおれのそばに寄ってくる。窓から入ってきたみたいで、肌寒さにちょっと震えたら、黒犬は途中で止まって踵を返した。

 かたん、と音がしたと思ったら、寒さが消えた。どうやら黒犬は窓を閉められるらしい。


「えらいな、おまえ」


 くす、と笑ったら、間近に迫った黒犬の顔が、くり、と傾く。獰猛そうな顔なのに、その仕草は可愛かった。


 ふわふわと揺れている黒い毛皮が気になって、寝そべったまま手を伸ばして触れようとしたら、黒犬は自ら顔を差し出してきて、おれに触れさせてくれる。


「やわらけ」


 撫でると、外の寒さが伝わってくるかのように、ひんやりしていた。けれども柔らかくて、ふわふわしていて、撫でる感触は心地いい。


「イーサ、疲れてるな。どうした?」

「おれ、イーサじゃねぇよ。イザヤだ」

「うん。だからイーサ。イーサ、なんでそんなに疲れてる? ゆっくり眠れたんじゃないのか?」


 イザヤだって言ってんのに、黒犬はおれを「イーサ」と呼び続けて、ひんやりする鼻をおれの頬に擦りつけてきた。くすぐったくて身を捩ったら、ただでさえ狭いベッドに黒犬は乗り上げてきて、おれにくっつくように寝そべった。

 最初は冷たかった。けれど柔らかい黒毛はすぐにおれに馴染んで、暖かくなる。


 わけもなくほっとした。


「黒犬、ここで寝んの?」

「イーサが寂しそうだから。外は寒いし」


 すんすん、と鼻を鳴らした黒犬は、その灰色の瞳を閉じると、おれの首筋に顔を埋めてくる。寂しそうだから、とか言われたけど、この黒犬のほうがおれには寂しげに見えた。

 だから、一緒に眠ってもいいかな、と思って、おれは布団を被り直すと黒犬を抱き枕にして、瞼を閉じた。

 ほんと、目ぇ閉じたって、それだけのことだけど。

 眠りたくても、そう簡単に眠れないもんだから。







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