12 : 王太后と宴の裏。
王太后は過去の想いに耽る。
あれはいつから始まったのだったろう。
突然、害獣の被害が増え、その数も増え、国が傾くかもしれないという恐怖すら感じたほどに、害獣が手に負えなくなっていた時代。
害獣が城下町を襲い、その遺骸が劫火に包まれてもなお、害獣は国を蝕み続けていた。その脅威は、城へと及んでもいた。
『おれが行こう』
そう自ら申し出た騎士がいた。いや、あの頃はまだ騎士ではなかった。害獣を専門に狩る、狩人だった。
『あなたが行く必要はないのよ、イザヨイ』
『おれは狩人だから。それに、おれはユキさまとツクモさまを助けたい』
『やめて、イザヨイ』
『だめだよ、ユキさま。おれは狩人なんだから』
その狩人は、王太后にとって義弟だった。夫である先王にとっても、義弟だった。けれども義弟は、狩人だった。
なぜ義弟は狩人なのか。
義弟は王太后の義弟となる前から、狩人だった。国内の巡幸に歩いていた王太后と先王が害獣に襲われて、それを助けてくれたのが義弟だった。義弟が義弟となったとき、義弟はまだ十歳かそこらだったのに、害獣をひとりでも駆除できるほどの狩人だった。その傍らにはいつも黒い犬を連れ、国中を歩く狩人のひとりだった。
『イザヨイ……あなたはわたくしたちの弟なのよ』
『……うん、そうだな』
義弟を、なぜ義弟にしたのか、それは簡単だ。たったひとりで国中の害獣を駆除する狩人だった義弟が、失くしたばかりのわが子に似ていたからだ。だから義弟にした。子にはできなかったから、義弟にしたのだ。
だから、わが子のように、可愛い義弟。
城にいてくれることは少なかったし、狩人で在り続けていたし、微笑んでばかりでその心を教えてくれることはなかったけれども、王太后や先王にとっては弟だった。
義弟が、城へと進行する害獣を止めるために、行くと言ったとき。
義弟は、すでに幾度も害獣駆除に召喚され、その身体はボロボロだった。
『やめて、イザヨイ。あなたが死んでしまう……っ』
義弟はとても強い狩人ではあったけれども、だからこそ幾度もの召喚に応えていたのだけれども、けっして頑丈な狩人ではなかった。
王太后は知っていた。
義弟が、害獣の穢れに、少しずつ蝕まれ続けていることを。
義弟が、害獣の穢れに、悲鳴を上げ続けていることを。
義弟が、害獣の穢れに、ひどく怯えていることを。
それでも義弟は強い狩人で在り続け、いつも仄かに微笑み、片刃の双剣と黒犬を相棒に戦い続けていた。
『イザヨイ……っ』
そうして義弟は、狩人として、国を護った。王太后と先王と、その子孫たちを護り続けた。命をかけて、穢れと戦いながら、護り続けてくれた。
義弟が二十歳を迎える年の始め。
義弟は、黒犬の背に背負われて、城に戻った。その身体は、穢れに蝕まれ過ぎて、自己治癒力を失っていた。その怪我が、腐りかけていたほどに。
『イザヨイ……?』
『イーサは眠ったよ』
黒犬の言葉を、王太后も先王も信じられなかった。その名を幾度も呼んで、幾度も揺さぶって、義弟を起こそうとした。
義弟は起きなかった。
仄かに微笑んで、瞼を閉じたまま、二度と目覚めてくれなかった。
『イザヨイぃ!』
王太后は、二度も、わが子を失った。
「ユキィーヤ」
「……なぁに、ツヅクモ」
「顔色が悪いよ。少し休んだらどうだい」
「……そうね。でも、眠れないのよ」
王太后は伏せていた目を開け、仄暗い室内に先王の姿を見つけると、緩やかに微笑んだ。その目には、生理的ではない涙が、浮かんでいる。
「あの子が、また、ひどい怪我を負ったわ」
「だいじょうぶ。あの子は城に来た。見つけたんだよ、ぼくらは」
「それでも、またあの子を、穢れが蝕むわ」
「だいじょうぶ。あの子は、ぼくときみの孫として、育ったんだから」
王太后の前に膝をついた先王は、その両手をやんわりと握った。王太后は首を傾けながら、頬に涙を伝わせる。
「早く逢いたいわ」
「すぐに逢えるよ」
「本当に?」
「もちろんだ。あの子が目を覚ましたら、逢いに行こう」
先王に優しく言われると、王太后は目を伏せて頷いた。
「間に合ってよかった……もうあの世界にはいられなかったもの。あの子が宴に誘われてくれて、本当によかったわ。それで害獣に襲われたのは、許せないことだけれど」
「そうだね……今度こそ、護ろう」
「ええ。わたくしはイザヨイを……イザヤを、護るわ」
「ああ、護ろう」
先王にゆったりと抱きしめられ、王太后はその肩に、顔を埋める。
そうして、神に祈った。神に願った。
義弟が死んだときと同じように。
国の犠牲となり、国を護って死んだ義弟を想って。
「あの子に幸せを」
「……より多くの、幸せを」
「たくさんの、笑顔を」
「たくさんの……愛を」
先王と一緒に、神に祈り願う。