11 : 王と国の宴。
王がいつものように政務に勤しんでいると、傍らで王の補佐をしていた王佐が文官に呼ばれ、部屋を出て行った。まもなくして王佐は、宰相と一緒に戻ってくる。
睨んでいた紙から顔を上げた王は、王佐と宰相の険しい表情に、首を傾げた。
「なにかあったのか?」
問うと、最初に口を開いたのは宰相だった。
「見つかりました」
それは、王が先王夫妻に頼まれたことを意味しているのだと、すぐにわかった。王が今捜しているのは、先王夫妻が見つけてくれと頼んできた人物だけだったからだ。
「漸く見つけたか……」
捜索隊を派遣して、五日。そう大きくもない国で、宴を催した村や街を調べるのは容易い。害獣駆除に成功して宴を開くこと自体、そう頻繁なことでもなかった。大規模に害獣を駆除できなければ、宴とは開かれないものだ。二体や三体駆除できたところで、一体ずつ駆除していっただけのこと。不定期に現われる害獣が、大規模に駆除されるということは、一旬か二旬を平穏に過ごせるということだ。
世界の澱みがそう多くあってはたまらない。
大規模に駆除されれば、宴は開かれる。或いは、宴を開くことで害獣を呼び寄せ、一時の平穏を得ようとすることもある。今では後者のほうが、行っている街や村は多いだろう。
「それで、なぜそんな顔をしている?」
王は、見つけたのなら幸いなはずであるのに、険しい表情をしたままの宰相と王佐を、怪訝に思った。
「宴を開いたのは最北端カジュ村、そこで迷子が見つかりました。おそらくその迷子が、猊下と王太后さまがお捜しの人物であると思われます」
「ああ、そうだろうな。迷子としてこちらに渡らせるとは、母上も考えたものだ」
「その迷子のそばにはギルが、現われたそうです」
「ほう」
「イーサ、と呼ばれたと」
「確定だな」
それがわが愛娘の婿になるのか、と王は複雑な気持ちになったが、宰相や王佐の気持ちはそんな王とは別のところにあるようだった。
「……その報告、誰からのものだ?」
「わが弟、シスイからの報告です。シスイが参加していた大規模な害獣駆除で開かれた宴が、迷子を呼び寄せたようです」
「なるほど……シスイほどの狩人の腕があってこそ行われた駆除、その宴だから、こちらに渡れたのだな」
「ですが……」
「なんだ?」
表情を曇らせたままの宰相は、さらに眉間に皺を増やし、目を細めた。
「再び害獣が現われたとのことです」
「……、なんだと?」
「それも三体、時間を少し置いて一体。計四体の害獣が現われ、その際、あの騎士であろうお人が、負傷されたそうです」
宴を開くほどの大規模な害獣駆除を成功させておきながら、それほど時間を置かずに害獣が現われたことに王は驚き、さらにはその数、そして捜していた人物が負傷したことに、王は動揺を隠せないほど驚いた。
「状態は?」
「命に別状はないそうですが、傷を受けた場所が場所だけに、穢れが残る可能性があると」
「すぐに城へ運べ!」
「そうしたいのは山々なのですが……後ろに控えているだろう害獣の数を考えますと、シスイをその村に留まらせる必要があります。派遣した国軍も、今動かすのは得策ではありません」
「ならば近衛隊を遣わせろ」
「それでは陛下をお護りできません」
「最北端とはいえ、わが国はそう大きくもない。余から一日くらい近衛隊を離したところで、なんの危険がある。よい、近衛隊を遣わせろ」
強く命令すると、宰相はほっとしたように息をついた。
「では、リョウ・セイクウ総隊長にご出陣を願います。よろしいですか?」
「かまわぬ。かの騎士の安全を確保し、わが城へ。医師に話を通しておけ」
「御意」
宰相は礼を取ると、すぐに踵を返し部屋を出て行く。残った王佐は、その顔色は少し悪かったが、宰相のようにほっとしたようだった。
「また害獣の被害が、増えそうですね」
王佐が、ふっと息をついた王を気遣うように、そっと声をかけてくる。王は苦笑しながら目頭を指先で揉んだ。
「聖国の皇帝が、病に倒れてくれた。そのおかげだろうな」
「王、そのようなことは」
「言うなと? はっ……言わずにはおれまい」
他国の、それも頼っている大国の皇帝を悪く言うことは、王もできることならしたくない。王佐もそれはわかっている。
だが、言わずにはおれない。
それは王が、王であるから知っていることだ。このことは王佐と、部屋を出て行った宰相にも明かしている。
「聖国の天恵が狂って数十年……その影響がわが国を脅かしている。冥国の皇帝に辛抱しろと諌められねば、余はかの大国に攻め入っていただろうな。今はそうしなくてよかったとも思うが」
「……聖国はかつての繁栄を取り戻すでしょうか」
「聖王猊下が再び世においでくだされば、聖国もかつての力を取り戻すであろうな。その玉座に据えられるはただひとりの皇太子……さて、どう導くことか」
王は椅子を離れると、背後の窓辺に佇み、すでに雪におおわれている山々を眺める。眼下に広がる街も徐々に冬の気配を掴みだし、寒々しさが伝わってくる。
「聖国の玉座が改められたとき、或いは害獣の被害も少なくなろう。この変革期を、わが国は見逃してはならぬ。もし期待できぬとなれば、わが国は滅びをもって聖国を弾劾する」
「……もう、決められたのですか」
「余はもう、聖国の狂いに、わが国と民を巻き込みたくない。われらが主上国、その過ちは正さねばならぬ」
「聖国は変わりますか?」
「変わらぬときこそ、わが滅びをもって弾劾するのだよ」
唇を歪めて笑った王に、王佐は悲しげな顔をしたが、ふっと目を伏せると礼を取った。
「王の御心のままに」
王佐の慇懃な態度に小さく息をつくと、王は寒さを凌ぐために重い上着の裾を捌いた。
「先王猊下へ、報告に参る」
「御意」
「かの騎士については、おそらくはリツエツ、そなたの預かりとなろう。心得ておけ」
「承知いたしました」
王は苦笑をこぼすと、王佐の横を通り過ぎ、控えていた近衛兵に扉を開けさせる。出る前に少し立ち止まり、見送る王佐を振り返った。
「すまぬな、リツエツ。父と母の我儘を許してくれ」
詫びを入れると、王佐は顔を上げて微笑んだ。
「そうおっしゃいますな、王。わたしは楽しみですよ」
「……複雑なものだな」
肩を竦めて、王は部屋をあとにした。