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10 : 黒犬と酒場の宴。6





「イザヤ、爺さん、無事か!」


 遠目に見えた姿が徐々に大きくなってくる。それが王都から帰ってきたシスイだとわかると、おれは手を大きく振った。


「シスイ!」


 三日ぶりのシスイだ。おお、馬に乗ってる。さまになってんなぁ。

 ちょっと感激しながらシスイがこちらに来るのを待っていると、だんだんと迫ってくる馬の大きさに逃げ腰になった。

 ちょ、馬でか過ぎね?

 そりゃでかいシスイを乗せる馬だからでかいだろうけど、それでか過ぎだろ?

 こっちの動物ってみんなでけぇのかなぁ。


「無事でよかった。あっちで害獣が出たもんで片づけたら、こっちでも煙上がってんだからよ。吃驚したぜ」


 近くまで来てでかい馬から降りたシスイは、三日前に出かけたときとはちょっと違う服を着ていて、薄茶色の髪も後ろに撫でつけられていたけど、害獣を駆除してから馬を駆ってきたせいか、少し乱れていた。


「よくやったな、イザヤ」

「や、おれじゃねぇから」

「あ?」


 わしゃ、と頭を撫でられて、けれどこっちの害獣を駆除したのはおれじゃなかったから、そのでかい手のひらから逃げた。


「おれじゃなくて、黒犬。こいつ強かった」


 おれの後ろに黒犬はいたから、シスイの手のひらから逃げると黒犬の姿はシスイに見えるようになる。

 シスイは黒犬を見て、遠いものでも見るように目を細めた。


「……やっぱり、ギルだったか」

「ギル?」

「ああ」


 シスイはそのまますっと片膝をつくと、黒犬と目の高さを合わせた。おれだと屈んでも黒犬とは目の高さは合わないんだけど、シスイだとちょうどいい位置になる。なんか羨ましい。


「ギル、憶えているか。ロク家のシスイだ」


 シスイは、黒犬にそう話しかけた。なんだか知り合いっぽい。

 てか、ギルって、もしかして犬の名前?

 そういえばおれ、黒犬に名前訊くの忘れて「黒犬」って呼んでたからな。そもそも名前あるのかもわかんなかったし。


「ロク……ロク? ロク・シエン?」

「それは兄貴のほうだ」

「……ああ、あのちんまいほう」

「ちんまい……あのな、そういう憶え方すんなよ」

「名前知らない」

「あー……」


 黒犬に負けたらしいシスイは項垂れた。

 でかいのに「ちんまい」だって。小さいって意味だろ? シスイにも小さい頃があったんだなぁ。


「なあギル、兄貴が呼んでんだが……行く気はあるか?」

「ない」

「それって、ここにおまえの『イーサ』がいるからか?」


 え、おれ? ああいや、おれはそう呼ばれてるだけだけど。


「おれはイーサを護る。おれが消えてなくならない限り」

「……そうか。わかった」


 なにがわかったのか、黒犬がおれにも言ったことを聞いたシスイは頷くと立ち上がり、その目をおれに向けてきた。

 な、なんだよ?

 ちょっとかまえたおれを、シスイはじっと見つめてくる。でもすぐに「はん」って鼻で笑いやがった。


「喧嘩売ってんのか! 買わねぇけど」


 ちょっとかちんときたけど、喧嘩なんかしませんよ? だって負けるもの。


「おまえがねぇ」

「はあ? なんだよ?」


 なにが、おまえがねぇ、だよ。おれが「イーサ」とか呼ばれてることか? それなら仕方ねぇだろ。黒犬が勝手にそう呼んでんだ。


「おい、シスイ。おまえさん、なに連れてきたんだ?」


 と、タカ爺。

 シスイが馬を野放しにしたほうを見ながら言ったから、おれもシスイそっちのけでタカ爺が見つけたものを見た。


 で、吃驚。


「なにあれ!」


 大量の馬! いやちゃんと上に人が乗ってますけどね。その人っていうのも、鈍く光る鎧を着た人たちなわけで。

 うわぁ、壮観だねえ。かっこいいなぁ。

 馬はでかいけど。


「兄貴につけられた国軍の小隊だ。上手く白切ろうと思ったんだが、失敗した」


 え、意味わかんない。国軍っていうのは、国の軍ってそのままだろうからわかるけど、それを兄貴につけられたってなに? 白切ろうと思ったって、なにを?


「イザヤ」

「あ、なに?」

「おれはおまえを諦めねぇからな」


 うわなにその告白チックな言葉! 気色悪ぃこと言うなよ! うえ、吐き気。


「狩人には、なれる奴が少ねえ。せっかくなれそうな奴見つけたのに、取り上げられちゃかなわねぇよ」


 あ、そういう意味ね。それならわかるよ、うん。

 諦め悪いねえ、シスイ。


「んーで? 白切ろうとして失敗した、あれってなに」

「捜索隊だ」

「なんの」


 シスイの視線がじっとおれを捉える。

 え、おれ?


「おれ悪いことしたっ?」

「違ぇよ」

「じゃあなんでおれのこと捜してんのっ?」


 と、シスイに食ってかかっているうちに、たくさんの騎馬隊っぽい軍人さんが到着なさいました。

 か、かっこいいけど怖い。


「この村で宴を開いた際、迷子が現われたと聞きました。帰られなかったとも。どなたでしょう?」


 軍人さんのひとりが、シスイに訊いた。そのシスイの視線はもちろんおれに送られてくるわけで。


「あなたですか?」


 はい、迷子はおれです。

 言うのはなんか情けないから、顔を引き攣らせながら頷く。するとその軍人さん、いきなり片膝をついて頭を下げましてね。


「ええ、なにっ?」

「国軍第三中隊、五番隊小隊長、コン・サリュウと申します。お迎えに上がりました」


 む、迎えっ?

 なにそれ、どういうことだよ、シスイさん!


「王がおまえを捜してんだ」

「おうっ?」


 簡潔な説明をありがとうよ!

 けど意味はわかんねぇよっ?


「まあとりあえず王都に行ってこい?」

「な、なんで?」

「王が捜してんの、おまえだから」

「なんで捜されてんの!」

「行きゃわかる」


 ああもうシスイ嫌い。


「やだ。行かない。タカ爺ひとりにしたくねぇし、害獣駆除したんなら宴開くだろ。帰れるかもしんねぇのに、そんなわけわかんねぇとこに誰が行くかよ」


 ぷいっと、おれは頬を膨らませてそっぽを向く。


 だってそうだろ? おれは帰りたいんだ。帰るんだよ、祖母ちゃんと祖父ちゃんのところに。

 こうして害獣が出たんだ。宴を開いてもらわなきゃない。そのためなら、いやでも剣を握るさ。役に立たなくても、死にそうになったとしても、帰るためなら必死になるよ。


 おれは帰るんだ。

 王サマがどうした。捜索隊がなんだ。

 おれは見世物じゃない。


「イーサ」


 黒犬が、おれを呼ぶ。でも、それはおれの名前じゃない。

 ああでも、黒犬も「黒犬」じゃねぇんだよな。

 よかった、黒犬に名前があって。

 懐かれるのは嬉しいけど、その分だけ、切ないから。


「イーサ、泣くな、イーサ」

「……泣いてねぇよ」

「この世界はイーサを悲しませる。イーサにそれを押しつける。イーサは強いけど弱い。だからいいんだ、イーサ」


 ふっと、おれは笑う。


「なにがいいんだよ」

「イーサはもう戦わなくていい」


 戦わなくていい? それって祖母ちゃんと?

 だめだよ。祖母ちゃんとは、戦い続けるんだ。

 だってそれがおれと祖母ちゃんの『遊び』だから。それが祖母ちゃんの、おれを繋ぎとめる『愛情』だから。


 おれは黒犬から視線を外して、シスイを無視して、軍人さんに背を向けた。

 もう燃え切った害獣だったものが、視界に入る。


 ああおれ、おまえたちに引き寄せられたのかな。

 おれの心は、ふとした瞬間に、憎しみや恨みっていう負の感情に、支配されるときがあるから。

 それが悲しくて寂しくて、どうしようもなくなるときがあるから。

 おれもおまえたちと同じ、世界の塵だ。

 要らないんだよ、おれみたいな人間。


「……イーサ、ゆっくり眠れなかったんだな」


 黒犬のそれが、おれには皮肉に聞こえて。


「生憎、おれは不眠症を患ってんでね。薬もなくゆっくり眠れたことなんかねぇよ」


 おれは厭味ったらしく言った。


 だからいやなんだ、酒は。

 おれを眠らせてくれることなんか滅多にないくせに、眠らせてくれたと思ったらこれだ。


 ここはどこだよ。

 ばあちゃんとじいちゃんはどこだよ。

 迷子ってなんだよ!

 いくらおれが塵でも、だからって、ばあゃんとじいちゃんくらいおれにくれたっていいじゃねぇか!

 世界から爪弾きにしなくたって、いいじゃねぇかよ!


 生きたいって、塵でもなんでもいいから、それでも生きたいって、そう思って、なにが悪いんだよ?


「ああ、くそ……頭痛ぇ」


 いつになったら、おれはゆっくり、眠れるだろう。


 天を仰いで、いっそ気絶でもできればいいのにと、そうすれば眠れるのにと、思ったとき。

 おれはいつのまにかシスイたちから、黒犬から離れていて、燃え切った害獣の近くまで歩いてきていた。


 墨みたいになった害獣の遺骸の隙間から、ひゅっと現われた黒いものが、おれの視界を過ぎって。


「イーサ!」

「イザヤっ!」


 耳を劈くような黒犬とシスイの呼び声に、煩わしさを感じたのは一瞬だけ。

 なんだよ。

 もう呼ぶなよ。

 と、振り返ったつもりだった。


 ああ最悪。

 でも、よく眠れそうだ。

 こんなに、真っ赤な血が、宙を舞ったんだから。







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