00 : 黒犬と最後の夜。
この物語はふぃっくしょん(古ぅ)です。
造語だらけですので、簡単に言葉を信じないようにしてください。
今も昔も、いつだって、夜の不思議な空気が好きだと思う。
理由はわからない。
ただ無性に、夜の雰囲気が好きなのだ。
「まだ起きてるのか?」
ぼんやりと夜空を眺めていると、足許に絡んだ真っ黒な犬が、欠伸をしながらそう問うてきた。
「眠いなら、先に眠ればいいよ。おれはもう少し、起きてる」
「そう言うけど、あんたが眠らないとおれも眠れないんだよ」
「じゃあもう少し、つき合ってくれ。これが最後の夜だから」
屈んで、気紛れな黒犬の頭を撫でると、黒犬は擽ったそうに身を捩った。
「最後の夜になんて、ならないさ」
「そうかな? そうだといいな」
「おれがそうさせない。だから、諦めて眠りなよ」
「うん。でも、もう少しだけ」
「諦めろ」
「うん」
「……無理したら、駄目だ」
黒犬に窘められる。
それでも、大好きな夜を、感じていたかった。
「時間切れだ」
「もう少しだけ」
「駄目だ」
諦めきれずにいたら、黒犬は強硬手段に出てきた。
傷つき血に塗れた腕を黒犬に甘噛みされると、遠退いていた痛みが甦る。それを思い出してしまったら、もうあとは駄目だった。
「ひどいな……」
「眠るんだ」
せっかく最後の夜を堪能していたのに、痛みを思い出したせいで、意識が薄れていく。ふらりと傾いだ身体は、黒犬の巨体に支えられた。
「もう少し、夜を感じていたかったのに……ひどいな」
今感じるのは、夜の雰囲気ではなく、身体の痛み。
「あんたが眠ってくれなきゃ、おれはあんたを護れない」
「可哀想なギル……おれなんかに、捕まっちゃって」
「おれは捕まったんじゃない。あんたが好きだから、そばにいるんだ。だいじょうぶ。最後の夜にはならないから、ゆっくり眠りな」
「うん……そう、だね」
ああ、せっかくの夜が、終わってしまう。
「……ギル」
「なに?」
「あとは頼んだよ」
瞼を閉じると、少し冷たい夜の空気が頬を撫でた。
最後の夜だ。
「おれを許して、くれる……かな」
脳裏に浮かんだ顔は、ただ幸せそうに、けれども寂しそうに、微笑んでいた。美しくも儚い、優しい微笑みだ。
気持ちが凪いで、ふっと、笑えた。
「ゆっくり眠りな、イーサ」
黒犬の言葉を遠くに聞いた。けれども頷くことができず、いつのまにか意識はどこか遠いところへと飛んだ。
「次に目覚めたときは、きっと平和な世界だ」
黒犬は眠った主人の頬をぺろりと舐めると、その身体を背中に乗せ、夜の闇に向かって飛び出した。
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