94潜入捜査官エリシオ3
「女性がいないところ……難しいな」
ヨストラムスは薄くなった頭をかく。
「表に出ないところがいいんだろうが、頭も成績もいいのに閑職に就かせるのも勿体無い」
俺の資料だろうか、ペラペラとめくって視線をさまよわせながら考え込んでしまう。
「死体処理係はどうですか? あそこなら人が寄りつかない」
「……あそこも大切なところだ。だが体力仕事だし、他のやつはまずやりたがらない。それでもいいのか?」
「仕事に貴賎なしですよ」
俺はにっこりと微笑んで見せる。
いかにも女性にモテそうな雰囲気も演出できる笑顔を浮かべたつもりだ。
「立派な心がけだな。じゃあしばらくそっちに行ってもらおう。嫌になったらすぐ言え。辞められる前に配置換えをするから」
「分かりました」
やった、希望が通った。
「じゃあ焼却炉に案内する」
ヨストラムスが俺の資料をデスクに置いて部屋を出ていく。
俺はその後をついて教会を出る。
「教会に焼却炉があることも多いんだが、ここに大きな教会ができたのはまだ比較的最近だ」
教会を出ると、遠く方に鎧の人影が見えた。
その隣にはデラもいる。
ああ、よかった。
希望のところに行けなかったらデラにストーカー女を演じてもらわねばならないところだった。
それは俺もデラも望まないものだったので、助かったと一人で胸を撫で下ろす。
「だから焼却炉も教会から離れた郊外にある。通勤なんて手間が発生するが、それは許してくれ」
「いえ、良い運動になりそうです」
「ほんとできているな。最近の若いやつは……」
いかにも年配のおじさんな話を聞きながら町中を抜けていく。
「あそこだ」
教会からだいぶ歩いたところに、他の家から少し離れた大きめな建物があった。
高い煙突からは黙々と煙が上がっている。
遠目に見ると鍛冶屋にも見える。
だがここでは新しい武器が生まれたりはしない。
終わりしかない。
「マーデル、プニマッツ、いるか?」
ヨストラムスは建物のドアをノックする。
「どちら様でしょうか? ヨストラムス司教」
ドアが開いて大柄な男性が顔を覗かせる。
ゴツゴツした顔に、袖がない服を着ているのでたくましい腕が見えている。
「今日は何のご用で?」
「プニマッツ、元気そうだな。この間、人手が足りないと言ってだろう? 人手だ」
ヨストラムスは俺の肩に手を置く。
「とりあえず中に入ってください」
大歓迎、という雰囲気ではなさそう。
「人手が足りないからって若いやつにやらせようっていうんですか?」
「何も強制はしていないさ。彼の希望だ」
建物の中にはいくつか部屋があるようだ。
「暑いな……」
入り口を開けた瞬間からモワッと空気は感じていた。
建物の中は外より気温が高い。
何でプニマッツが薄着をしているのか、よく分かった。
「マーデル、お客さんだ」
小さい部屋に入ると、そこには杖を持った老人が大きい一人掛けソファーに座っていた。
「ああ、ヨストラムス。悪いな。足が悪くてこのままの対応で」
マーデルは軽く太ももを叩く。
歳はマーデルの方が上だが、職位ではヨストラムスの方が上だ。
本来なら立ち上がって出迎えるべきところなのだが、足が悪いというアピールであった。
「構わないさ。年配者は敬うもんだ」
「ああ、広い御心に感謝する。それで、その後ろの若造は?」
マーデルはジロリと俺のことを見る。
「改めて紹介しよう。こちらの色男はエリシオ。今日からここで働く仲間だ」
「……若造を焼却炉に? 何やらかした?」
「どうしてみんなそんな言い方をする? それじゃあ私が悪者みたいではないか。彼は望んでここにきた。やらかしてないとは言い難いが、何をしたのか知りたかったら仲良くなることだな」
ヨストラムスは渋い顔をする。
「私はもう行くよ。自己紹介は自分で」
軽くため息をついたヨストラムスはそのまま部屋を出ていった。
「若造、本当にここを希望したのか?」
「若造じゃなくてエリシオです。確かに希望してきましたよ、おじいさん」
「おじいさんじゃない」
「まだ自己紹介もしてもらってませんからね」
おお、何とも順調な滑り出し。
「ふん……何をやらかしたのか分かってきたような気がする」
マーデルは顔をしかめて首を振る。
「マーデルだ。ここの主人だ。小さいがワシの城だ」
「死体を燃やす城ですか?」
「生きてても燃やしてやるぞ?」
このじいさん、なかなかめんどくさそう。
「私はプニマッツだ」
プニマッツの方は比較的寡黙そうだ。
ちょっとムッとしたような顔をしているけれど、きっとそれが素なのだろう。
「よろしくお願いします」
「……改めて説明するぞ。ここは焼却炉。死体も燃やすところだ」
どうやって多くの死体を集めるか。
人を殺して集めるのでないのなら、最初から死体であるものを集めればいい。
そして死体がたくさん集まるのが、この焼却炉だ。
「死体を燃やして、骨を砕く。それが俺たちの仕事。周りからも嫌われる……そんな仕事だぞ」
悪魔、そして魔物という存在がこの世界にいる。
死体をそのまま埋めれば掘り返されて魔物にされる。
それを防ぐためには魔物にされないよう死体を処理するしかない。
死体を処理する仕事が焼却炉係なのである。




