9捜査開始1
「何があったんですか?」
協力はするけど、別にゲルディットのところに慌てて馳せ参じるほどの熱意はない。
ただ急な神聖力の放出は何があったのかと気になった。
パッと外から見た時に一番光が強く見えたところに向かってみたところ、困り顔のゲルディットが部屋の前にいた。
俺が声をかけてみるとゲルディットはため息混じりに肩をすくめる。
部屋の中からは男性の言い争う声が聞こえてくる。
「少し話を聞いてみようと思ったんだが……言い争いが始まってしまった。神聖力を放つし、困ったものだ」
やれやれと首を振るゲルディットに、神聖力が放たれた理由が分かった。
「誰が言い争いを?」
「司教のヒッチとデルクンドだ」
「お前が殺したのではないか!」
「何を言う! お前こそ普段から気に入らないと言っていたくせに!」
なるほどな。
何を言い争うのか聞こうと思ったが、中から聞こえてくる声の内容で察した。
「ソコリアンダ大司教は人格者だったが、他はそうでもないみたいだな」
誰がソコリアンダを殺したか。
仮に生霊のことを知らずに偏見なく考えた時にあり得そうな候補は限られる。
「互いが互いを疑ってるんですね?」
「そうらしい。自分に後ろめたいところがあるから人を疑うんだろうさ」
一般人が急に大司教を狙わない。
ソコリアンダは人格者であって、ただの聖職者や司祭などの下級聖職者が狙う理由はない。
となると狙う理由がありそうなのは上級聖職者の司教だろう。
聖職者は一般の聖職者から始まり、司祭、司祭長、司教、大司教、枢機卿、教皇と上がっていく。
司祭や司祭長が大司教がいなくなったからと一つ飛ばして大司教にはなれない。
逆に一つ下の司教は大司教に上がるチャンスとなる。
だから一般的に考えて司教が大司教を殺した可能性が高くなるのだ。
くだらない話だが、一つ下の位のものが昇進のために一つ上の相手を殺したなんて歴史上いくらかある。
しかもそんなことがあるかもしれないと互いを疑って喧嘩するなんて、何が聖職者だと呆れてしまう。
「タネなしよりも私の方が上に行って然るべきだろう」
「なんだと! タネを振り撒いている貴様よりはいいだろう!」
「……もはや痴話喧嘩だな」
ゲルディットが深いため息をつく。
ヒッチとデルクンドは仲が悪いらしい。
人のいいソコリアンダが上手く間を取り持っていたのかもしれない。
「これ以上は誰のためにもならないか。そろそろ止めるべきだな」
話を聞くという意味では多少ヒートアップしてもらえるとありがたい。
しかしあまりヒートアップすればただ罵り合いになってしまう。
意図的に言い争いを放置していたところもあるゲルディットは、覚悟を決めて部屋のドアを開ける。
俺もゲルディットの後ろからこっそりと入っていく。
何かヒントになるようなものがあるかもしれない。
「やめろ! 暴力では何も解決しない!」
部屋の中に入ると中年の男性二人が胸ぐらを掴みあっていた。
でっぷりとした体型の方がヒッチ、痩せ型で背の高い男がデルクンドという司教だ。
どっちも俺からすればかなり上の人で、顔を見たことはあっても直接話をしたことはない。
尊敬をしていたこともないが、大の大人が掴み合いをしている光景には残念さを感じずにいられない。
部屋の中にはヒッチとデルクンドの他に二人の女性がいた。
「……なんだか、見たことあるような」
ゲルディットがヒッチとデルクンドを引き剥がしている間、俺は女性の方を見ていた。
それぞれヒッチ側とデルクンド側に一人ずつ、年も中年ぐらいで四人とも近そうだ。
俺は二人の女性になんだか引っ掛かるものを感じていた。
ただ何が引っ掛かるのか分からない。
相手に不審に思われないように女性の姿を確認するが、どちらも初対面だ。
「犯人はまだ容疑者も決まっていない。これ以上争うなら別に報告を上げさせてもらうぞ」
「くっ……」
「ふんっ!」
二人とも襟を直して顔をしかめる。
「また今度、次は別々に話を聞く。今日はお帰りください」
こうなっては一度頭を冷やす時間も必要となる。
ゲルディットがドアを開けて出るように促す。
「そうか……思い出した」
部屋を出ていく後ろ姿を眺めていた。
そこでようやく引っ掛かるものの正体が分かった。
「あの二人、生霊だ」
女性の後ろ姿を見て、ソコリアンダの後ろにいた生霊の姿と重なった。
おそらくだが、二人ともソコリアンダに取り憑いていた生霊であったのだ。
よく見てこなかったので顔まで正確には分からない。
生霊としておどろおどろしい姿をしていて、髪を振り乱したように見えていたので後ろ姿でやっと分かったのだった。
「あの女性たちは?」
なんとなく予想はできているが、聞けば分かることを推測する必要はない。
ゲルディットに女性たちについて尋ねてみる。
「彼女たちか? 彼女たちはヒッチとデルクンドの妻だ」
「妻ですか……妻の目の前であんな罵り合いを?」
「それだけ余裕がないのかもしれないな」
呆れる俺にゲルディットも呆れた顔を返す。
やはり、あの二人はそれぞれの司教の妻であった。
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後書き
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