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7協力要請4

「……それにしても……ゲルディットさんが来たということは……悪魔、ですか?」


 俺は立ち止まって後ろのゲルディットの方を振り返る。


「それは分からない」


 聖職者である俺とゲルディットに頭を下げて通り過ぎる人はいても、話を聞いているような不届き者はいない。

 せいぜいぼんやりと道の端に立っている幽霊ぐらいである。


 幽霊に話を聞かれたところで何の問題もない。


「悪魔祓いが来てですか?」


 ゲルディットの胸当ての紋章は、ただ教会の聖職者を表しているだけではない。

 聖職者の中でも聖騎士、しかも悪魔と戦う悪魔祓いを表すものであった。


「ただの聖騎士じゃなくて、悪魔と戦うための聖騎士でしょう?」


「普通の聖騎士だって悪魔と戦うし、悪魔祓いも魔物と戦うこともある。俺が来たからと悪魔だとは確定していない。むしろ、確定していないから俺が送り込まれた」


「……どういうことですか?」


「俺は一線を退いた」


「えっ?」


 予想外の言葉に俺は驚いてしまった。


「少し前にな……悪魔と戦って腕がちぎれるところだった。まだ戦える……そう思っていたのだが、年には抗えない」


 ゲルディットは深いため息をついた。

 売れている馬が心配するようにゲルディットに顔を寄せて鼻をつける。


 ゲルディットは軽く微笑んで馬の頭を撫でてやる。


「どうしても肉体は衰える。悪魔と戦ってここまで死なずにやってこれたのは神の思し召しだ。だが……これ以上自分の過信して固執する心は悪魔につけ込まれる隙になってしまう」


「……立派ですね」


「本当はもっと早く死ぬつもりだったんだがな」


「俺も死ぬまでやると思ってましたよ。まあ生きてて悪いことはないですよ」


「特に良いこともないがな」


 いつまでもやれると思うことは自由だが、いつまでもやれると思ってやれない時が危険だ。

 衰えを認められない心、最盛期とのギャップ、あるいは強さに取り憑かれた余裕の無さは悪魔につけ込まれてしまうかもしれない。


 そうなる前にゲルディットは心の弱さを捨てたのだ。

 強い思いで悪魔と戦っていた人が、まだ動けるのに悪魔と戦うのを止めることを選択するのは簡単じゃない。


 俺は内心でゲルディットの選択を尊重していた。

 ただゲルディットは苦々しく笑って首を振っている。


 立ち話に飽きたのか馬が軽くいななく。

 ゲルディットが歩き出して、俺も並んで歩く。


「お前はどう思う?」


 馬の足音が一定のリズムを刻む。

 雑踏に紛れるようにゲルディットが質問を口にした。


「俺の意見なんてどうするんですか?」


「前にも力を貸してくれただろう? 悪魔だと思うか?」


「……分かりません」


「可能性はある……ということか」


 ないとは答えなかった。

 この事件に悪魔が関わっている可能性はある。


 もちろん四人の生霊が事件に関わっている可能性は、俺の頭の中で高いと感じていた。

 だがそれと悪魔はまた別問題。


 生霊とは関係なく悪魔が手を下した可能性は否めないし、悪魔が生霊の主をそそのかした可能性もあるのだ。

 悪魔が関わっているのだとしたら面倒で、許しがたい事態ではある。

 

「まあ何にしてもだ。上も大司教が殺される事件に悪魔の関与を疑っている。手伝ってくれないか?」


「俺がですか?」


「んな顔するな」


 思わず嫌な顔をしてしまう。

 すでに嫌な予感がしているのに、首を突っ込んでいけばもう予感じゃ済まなくなる。


「これから卒業して配属先が決まるんだろ? お前のことだから聖騎士志望だとは思うが、聖騎士の中でも色々ある。ポイント稼いでおけば後々有利だぞ」


「うっ……」


「成績も良かったよな? 下手すると聖騎士の後方支援なんてこともあるかもしれないぞ」


「頭いいから後ろに置いとくなんて……」


 ないとも言い切れない。

 ゲルディットのニヤリとした顔が少しムカつく。


 どうすれば俺を動かせるのかゲルディットは知っている。

 俺がいらないとも言いにくい報酬を目の前にぶら下げるのが上手い。


「こういう時お前の頭が役に立つ。それに時々不思議と人を見抜くことがあるからな。あれはどうやってるんだ?」


「……俺には見えるんですよ」


「昔からそう答えるよな。それで、答えはどうだ?」


「朝のお勤めサボれるなら」


「不真面目なところも変わらないな。交渉成立だ」


 ゲルディットが拳を差し出す。

 俺はため息をつきながら上から拳を振り下ろして、ゲルディットの拳にぶつける。


 しょうがない。

 こうなったらさっさと解決するまでだ。


「他に誰かに死なれても寝ざめが悪いからな……」


 好きな子はいないのか? なんてお前は久々に会った父親かというような質問をされながら、俺はゲルディットを教会まで案内したのだった。

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