56悪魔現る5
「エリシオ、大丈夫か!」
若干視界が掠れる。
「見て……分かるでしょ? 元気いっぱいですよ」
精一杯の虚勢。
目を閉じると父さんと母さんが川の向こうで手を振ってるような気がする。
「待ってろ。今治せるやつを……」
「エリシオさん!? これは一体……悪魔!?」
珍しくゲルディットが慌ててる。
だが慌てたような声がもう一つ聞こえてきた。
吐き出した血で血まみれになっている俺を見て、驚いているのはクレンシアだった。
二階の壊れた廊下から顔を出している。
大人しくしていろと言ったのに、出てきてしまうなんて意外とお転婆なところがあるようだ。
「ひどい怪我を……待っててください! 今行きますから!」
部屋に戻れ。
ゲルディットがそういう前にクレンシアは走り出した。
流石に二階から飛び降りることはなかったけれど、サッと訓練場まで降りてきた。
「今治療しますね!」
クレンシアは俺に手をかざして神聖力を送り込み始めた。
そういえば、聖の聖騎士だと言っていたなと頭の隅で思う。
温かさが体を包む。
ぐちゃぐちゃになった体の中が戻っていき、頭の芯を殴りつけていた激痛がスッと引いていく。
「く、ゲホッ!」
治療によって治ってきたら喉の奥に残っていた血が一気に上がってきた。
「クラクラする……」
体は治っているという実感はある。
だけど今度はひどく頭痛がするような感じがしていた。
「そりゃ、仕方ない。失った血までは戻らないんだ」
散々血を吐き出した。
俺の下は血溜まりになっていてひどい状態だ。
怪我やダメージは治療されても失った血はそのままになってしまう。
つまり俺は今ひどい貧血状態になっているのだった。
「クレンシア、感謝するよ……」
非常に具合が悪いけれど、体に頑張って造血してもらわねばどうしようもない。
貧血に苦しむのも生きてこそ。
とりあえず治してくれたクレンシアにはお礼を言う。
こうなったのもクレンシアのせいだが、それひとまず置いておく。
「……私の、せい、ですもんね」
何が起きたのかクレンシアも察したようだ。
流石に表情に陰りが見える。
「……ゲルディットさん、後ろ!」
悪魔が嗤った。
ゲルディットの後ろ、頭のない悪魔の体が立ち上がる。
トドメをちゃんと刺して倒したか確認するのは基本だが、ゲルディットがそうしていたのか俺は思い返す。
頭を斬り飛ばしてすぐに俺のところに来てしまった。
普通なら頭を斬り飛ばせば悪魔も死ぬだろう。
だが、死んでいなかった。
「お前らしくもないな」
危ない。
そう思った瞬間、立ち上がった悪魔の胸から剣が飛び出す。
一般に大剣と呼ばれる両手で扱うような大きなサイズの剣が悪魔の胸を貫いて、悪魔のみならず俺たち全員に驚きが広がる。
悪魔の体のさらに後ろには、ガタイのいい男性が剣を投げた体勢で立っていた。
歳としてはゲルディットよりも少し若いくらいの男は銀色のオーラをまとっている。
「く……が……」
悪魔の胸元がはだけて、剣に貫かれた大きな目玉が見えた。
頭を斬り飛ばされてどうして生きているのかと思ったが、頭は単なる飾りだったようだ。
「流石に秘蔵っ子のピンチじゃお前も冷静にいられないか」
男はゆっくりと歩みを進め、悪魔に突き刺した剣の柄を握りしめる。
「悪魔祓い失格だな」
男が銀のオーラを悪魔に流し込む。
グンッと悪魔の胸が膨れ上がり、そのまま大きく爆発して悪魔はバラバラになってしまった。
「もう引退した身ですからね、騎士団長」
「引退しようと悪魔祓いは悪魔祓いだ。だが、お前の人間臭さは嫌いじゃない」
騎士団長と呼ばれた男は剣についた悪魔の血肉を振り払い、背負っていた鞘を取り外して剣をしまう。
「よく持ち堪えたな、ゲルディットの秘蔵っ子」
「あなたは……」
「俺か? どうせ後で知ることになると思うが……早めに自己紹介しておこう。俺は聖騎士団の騎士団長であるアーゲイン・ミエル・シュタイネストだ」
アーゲインは歯を見せてニカッと笑った。
教皇の娘がいたり、直属の上司のトップである騎士団長がいたり、何が起きてるんだ。
何でこんなところに、騎士団長がいるんだ?
ボヤけた頭で考えても、答えは出ない。
「挨拶は後回しだ。俺は色々とやるべきことがある。お前らは休め。あとは任せておくんだな」
まるで嵐のような人だ。
血が足りず、どうにも立ち上がれない俺はパシェにお姫様抱っこをされて部屋のベッドに寝かされたのだった。




