53悪魔現る2
「お前は見習いだ。こんなところで死なせたらお前の両親に顔向けができない」
ゲルディットは俺の肩に手を乗せる。
「…………何の冗談ですか?」
良いセリフのように聞こえる。
しかし俺はゲルディットの言葉を正面から受け取らなかった。
「ふっ、流石だな」
諦めぬ、そして疑り深い俺の態度にゲルディットは笑みを浮かべる。
「嫌な予感がする。すごく、嫌な予感だ」
「…………」
ゲルディットが口にした言葉は、俺が時々ゲルディットにメッセージを伝えるもの。
すごくを強調して嫌な予感がすると伝えた時、そのメッセージの中には『悪魔が関わっているかもしれない』という意味が含まれる。
「このタイミングで悪魔祓いをここに留めることはできない。となると……お前しかいない」
「ゲルディット……さん」
「信頼しないからじゃない。信頼しているからだ」
ゲルディットが肩に乗せた手に力が入る。
今の状況において聖騎士も悪魔祓いも自由に動かすことができない。
見習いで、何の縛りもない俺だけが動くことができる。
「この悪魔は危険だ。まともに戦おうと思うなよ? 何があっても生き残れ」
「同じ言葉……返しますよ」
もしかしたら俺を連れていない方便かもしれない。
だがこんなふうに言われて連れていけと言えるはずもなかった。
「足手まとい……じゃないんですよね?」
「俺が口下手で、嘘のつけない男だと知っているだろう?」
「……そうですね」
こういう時に上手い人なら俺を足手まといとでも言って引き止めるのかもしれない。
だがゲルディットはそうしない。
俺の心に隙を作らないためなのかもしれない。
それでも恥ずかしげもなく信頼しているなど言える精神力には驚くばかりだ。
「無事にお願いしますよ」
「おう、お前も俺が駆けつけた時に死んでたりするなよ。親しい人を見送るのはもうウンザリだからな」
「何なら悪魔倒しときますよ」
「ふっ、期待しているぞ」
ゲルディットは俺の肩を叩き、パシェは小さく手を振って魔物のところに出発した。
「さて……」
嬉しさにほころびかけた顔を引き締めた俺はクレンシアのところに向かう。
悪魔が狙うならそこだけだ。
「なんだ……?」
ザワザワと声が消える。
子供のような声。
でも何を言っているのかよく聞こえない。
「……どこから聞こえてくるんだ?」
周りに子供なんていない。
声がどこか聞こえてくるのか、全くわからない。
「うっ……すいません。ボーッとしてて……あんた」
声の主を探しながら歩いていたために角から曲がって来た人とぶつかってしまった。
その人を見て、俺は胸のざわめきを感じずにはいられなかった。
「こんなところで何してるんですか?」
俺は倒れた相手を見下ろしながら、以前と同じような言葉で声をかける。
びくりと体を震わせて、顔を上げたのはウルモンであった。
「なぜ、お前がここにいる?」
キッと俺のことを睨みつけるけれど、なんとなく顔に覇気がない。
こうしている間も子供のような声は聞こえていて、なんだか気分が悪くなってくる。
「同じ言葉返しますよ? ここは立ち入り禁止です。勝手に入るなら……容赦しませんよ」
俺は剣に手をかける。
今こんなところにいるのは怪しい。
いや、最初からずっと怪しい。
「いやはや、迷子になってしまったようです。許していただけませんか? 若い聖職者さん」
角からもう一人、老紳士が現れた。
『苦しいよぅ……』
『助けて…………』
『貴族の養子になれるって聞いてたのに……シスター、どうして?』
「…………あんた、子供を悪魔に売っていたのか?」
「なっ……急に何を……」
俺の言葉にウルモンが目を見開く。
声の主が分かった。
老紳士にまとわりつくように、子供の幽霊が見える。
それも何人も。
苦痛を訴えかけるような、助けを求めるような声を漏らしている。
「お前は……悪魔だな」
頭に血が昇っていく。
子供たちの声が頭にこだまして、胸が張り裂けそうなほどの苦痛を感じる。
悲しみが、苦しみが、聞こえる声から、見える思念から感じられる。
怒りを覚える。
「何のことか……」
「何人の子供を犠牲にしたんだ……」
「おやおや……ふふっ、あなたは何か知っているのですか? それとも……あなたが何か話したのですか?」
「わたしゃ何も……」
老紳士は穏やかに笑った。
肝心の答えは言わぬまま、俺のことを見定めるような目をして見ていた。
『お願い……誰か助けて……』
「あなたも聖騎士なのでしょう? どうしてこんなところに? もしかして……足手まといだからでしょうか?」
俺は悪魔の言葉にピクリと反応してしまった。
老紳士は顔を歪めて笑う。
床に倒れたままのウルモンを蹴飛ばして俺の方に歩いてくる。
「それは見る目がありませんね。こんなに優秀そうなのに」
老紳士はなんでも分かっているような口ぶりで話す。
穏やかな口調は見た目にも合っている。
「足手まといなんてことはないでしょう。周りの嫉妬……かもしれませんね? ああ、あなたが優秀すぎるのかもしれない。あるいは……周りの過保護でしょうか? もうすでに独り立ちできるはずなのに、周りはそれを認めてくれない」
意外と背の高い老紳士は俺の目の前までやってくると、前傾姿勢で耳元に口を寄せた。
不思議と言葉が頭の中に染み込んでいくような感じがあった。
どこか、頭の怒りが消えていってしまうようだ。




