38秘密交換2
「まあこうしたことは旅につきものだからな。固定で教会に配属される聖騎士ならともかく、悪魔祓いはそこら中を移動する。こんな経験も少なくはない」
「馬車の点検ぐらいはちゃんとしておいて欲しいもんですけどね」
俺たちだって、配置が良かったり反射神経がいいから怪我しなかったというだけの話だ。
馬車が斜めになった時にクーデンドがパシェの正面だったら、鎧に顔面をぶつけていただろう。
配置が逆でパシェがバランスを崩して飛び込んできたら、かなり痛いことになっていたかもしれない。
運が良かったから何も言わなかったけれど、車軸折れるなんて結構な問題だとため息をついてしまう。
車でもあればな。
そうすればトラブルも少なく素早く移動できるのに。
「あっ、野営地の焚き火跡ありますね」
少し先の道の脇に石で囲って作った焚き火の跡を見つけた。
「……少し早いが、釣りもするからな」
ゲルディットは空を見上げて時間を確認する。
日が高いというほどでもないが、まだ止まるにも早い。
しかし今日は釣り竿がある。
釣りをする時間も考えたら早いぐらいで休んでもいいかもしれない。
「俺は釣りなんか性に合わない。お前らやったことあるか?」
ゲルディットは焚き火跡の横に腰を下ろす。
「僕はありません」
「私も」
「俺は少しだけ」
「ほぉー? じゃあ……エリシオとパシェで行ってこい。悪魔が出てもお前らならなんとかなるだろ」
「ふぅ、分かりました」
「…………分かりました」
幸い釣竿は二本ある。
本当に釣れるのか?
そんなことを思い、ため息をつきながら俺は返事した。
パシェの返事にやや間があったような気がする。
いつもならさらりと返事するのに、と少しだけ気になったものの、それが特に何かの問題になっているわけでもない。
俺は小さな疑問を無視してパシェと共に焚き火の近くにあるという川に向かう。
「おっ、本当にあったな」
焚き火跡の近くにあった森の中に川は走っていた。
綺麗な川だ。
透明度が高くて、外からでも魚がいるのが見えている。
「それじゃあ、やってみるか」
簡易的な釣り竿でどこまで出来るのかは謎であるが、試すのは自由だ。
こんなものでも渡してきたということは釣れる可能性があるはず。
「パンを細かくして……」
何か虫なんか見つけてエサにするのがいいのかもしれないが、そんなのめんどくさい。
エサとして使うのはパンだ。
長期で保存が効いて、持ち運びできるようにかなり硬くしてあるパンは多少ふやけてもすぐには針から抜けない。
ナイフを使ってパンを細かくすると釣り竿の針の先に突き刺す。
「あとはまあ、適当に川の真ん中に針落として待つしかないな」
俺はパンをつけた釣り竿をパシェに渡す。
手を出して受け取るのが遅くて、それも少し気になった。
ただ初めての釣りに緊張でもしてるのかと思った。
連れなきゃゲルディットに文句でも言われそう。
それは俺も嫌だ。
「日が暮れる前には……おおっと!?」
せめて人数分ぐらいは、釣り糸を垂らしていたら早速引っ張られるような感覚が返ってきて俺は驚く。
一気に引き上げてしまいたくなる気持ちを抑えて、魚が完全に食いつくのを待つ。
「きた!」
強めに引っ張られた。
その瞬間を狙って俺は釣り竿を上げる。
パンではない何かの重みが針にかかっている。
「よいしょ!」
そのまま釣り竿を上げると、先に魚がかかっていた。
「おっ! これはすごいな」
釣り始めてさほど時間も経っていないのに早速一匹。
これは釣れそうという期待が膨らむ。
「……どうかしたか?」
パシェがじっと俺のことを見ている。
もっと正確には手にした魚を見ているような気がする。
「なんでもない」
「そうか」
少しはパシェとの仲も進展した気がする。
全く返事もなかった最初の頃に比べれば、だいぶ返事をしてくれるようになった。
「おい、お前の方も引いてるぞ!」
パシェの釣り竿もクンクンと引っ張られている。
「そんなに強く引っ張らなくても……!」
慌てたパシェは釣り竿を一気に引き上げる。
そんなことしたら魚が針から外れてしまうかもと俺も慌てるが、上手く針が引っかかったようで川面から魚が釣り出される。
ただ勢いよく上げたせいで、魚が釣り針から外れて空を舞う。
小ぶりのサイズの魚はパシェのヘルムの上でポンと跳ねて、そのまま鎧の隙間に吸い込まれていった。
パシェの大きな鎧は動きのために多少の隙間が空いている。
たまたまそんな隙間に入ってしまったのだ。
「……うぎゃああああっ!」
「えっ!?」
初めて聞いたパシェの大きな声。
女性だろうとは思いつつも確信を得られなかったけど、ここまで大きな声を出せば流石に女性とわかる音量だった。
「いや! ひぇっ!」
「あっ、ヘルム……ぐおっ!?」
よほど魚が鎧の中に入ったのが嫌なのか、叫んだパシェはヘルムを外して投げ捨てる。
顔が見れそうと思ったのだけど、なんとヘルムが飛んできた先は俺の顔面だった。
豪速球のヘルムを鼻で受けて、俺は後ろに倒れる。
「うぅ! 中で動いてる!」
倒れた俺の耳にガシャガシャと鎧の擦れる音が聞こえる。
大きな鎧の中に魚が入ってしまったら、脱がなきゃ取れないだろう。
「や、やっとでてきた!」
「うーん、いってぇ……」
鼻が折れたんじゃないかと思うほどの痛みを感じながら俺は起き上がる。
本来ならもうちょっとうめいていたいが、今の俺は好奇心に突き動かされていた。
「…………はっ! み、見ないでぇ!」
パシェが俺から顔を背ける。
「…………お前、獣人だったのか!」
なんの好奇心か。
それはパシェの顔を見てみたいというものだった。
そして俺はパシェの顔を見た。
完全に鎧を脱ぎさったパシェの顔は毛に覆われていた。
いや、それどころか全身が毛に覆われている。
鼻先は前に伸び、顔の横ではなく頭の上にミミがある。
いわゆる犬などの顔つきに近い。
そう、パシェは獣人であった。




