25見習いから見習いに1
「ほら行こうぜ」
「き、緊張するな……」
「緊張したってもう結果は変わらないよ」
マルチェロがクーデンドの背中を押す。
配属先がどこになるか決まり、廊下に張り出されるというので見に行かねばならない。
俺は多分希望が通るだろうと思っていたので特に緊張もないが、クーデンドがすっかり弱気になっていた。
別に違うところに行かされたって死にやしないのに。
それに別部署に配置換えになることだってあるし、諦めなきゃ希望はある。
別に無理に連れて行くことはないと、俺は一人で見に行こうと思ってた。
だけどマルチェラが来て、渋るクーデンドを連れ出したのだ。
「マルチェラのいう通りだ」
もう決まったものなのだから、後回しにしようと結果が変わることはない。
仮に望まない結果だとしたら、それをどうしたらいいか考えるべきだ。
「このまま目でも閉じとくか?」
「うぅ……ここまで来たら見るよ」
大丈夫だってと思うのだけど、クーデンドは自分に自信がないのがたまに傷だな。
「人が集まってるな」
配属先が書かれた紙が貼り出された廊下には人が集まっている。
当然の話だ。
廊下には喜びや嘆きの声があふれている。
部署も当然のことだが、もう一つ発表されていることもある。
場所のどこ、だ。
部署としてどこに配属されるかだけでなく、どこの教会に配属されかもまた発表になっていた。
希望の部署でもど田舎の教会なんて可能性もある。
色々な事情から、色々な人が、色々な感情を渦巻かせている。
「見えないな」
「よう」
「えっ?」
「見たか?」
「まだです」
いきなり肩を掴まれて、俺は慌てて振り返る。
そこにいたのはゲルディットだった。
元より九割方結果はわかっていたが、ニヤつくゲルディットの顔を見てほぼ十割で確信した。
「そうか。なら俺が教えてやる。お前の配属先は聖騎士。しかも中央……聖都行きだ」
「聖都ですか」
その言葉を聞いて俺は思わずニヤリとしてしまう。
「つまりは……悪魔祓いもほぼ確定というわけだな」
「聖騎士の会計やらされなくてよかったです」
「俺の推薦もあるんだ、そんなことにはならないさ」
分かっていても内心ほっとする。
大きな一歩を踏み出した。
カッと胸が熱くなるようだ。
「エリシオ! 僕、会計課だったよ! しかも聖都だ!」
「おっ……おお……よかったじゃないか」
人がいなくなった隙をついて、クーデンドが自分の配属先を確認した。
望み通りになった。
しかも聖都である。
聖都は教会の大本山、つまりは超エリートが行くところになる。
クーデンドがそこにいく。
ほんの一瞬のためらいを飲み込んで俺は笑顔を浮かべた。
俺の顔が引きつったことにクーデンドは気づいていない。
一般的に考えれば聖都行きになったことは出世街道に乗ったのと同じことである。
「エリシオも聖都行きなの?」
「そうみたいだな」
事務職でも聖騎士でも聖都行きならエリートになる。
普通にはお互いおめでとうだ。
「んで、マルチェラの方は?」
「俺は一般的な教会勤務だ」
多くの人はただの聖職者として働く。
今やってることとあまり変わらない。
掃除したりお祈りしたり懺悔聞いたりと、教会としての日常的なことをこなしていく。
専門的なことをするよりマルチェラには合っている。
「お前らとお別れか」
残念ながらマルチェラは聖都行きではない。
「手紙でも書いてくれよ。いつか聖都に遊びにいくから、奢ってくれ」
「なんで奢んの確定なんだよ?」
「そりゃ聖都のエリートなんだからさ」
「まあ、生きてりゃ奢ってやるよ」
「そーゆー言い方すんなよー」
これから俺の戦いはより激しくなる。
まあ、金を使う予定もないのだから、悪魔との戦いで死んでいなきゃマルチェラに奢るぐらいはいいだろう。
「話はいいか?」
「まだいたんですか」
「ずっといたさ」
俺が呆れた顔をすると、ゲルディットは気を悪くした様子もなく笑う。
「明日出発だ」
「えっ?」
「クーデンド、お前もだ」
「えええっ!?」
いきなりの出発に俺が驚き、予想外の指名にクーデンドも驚く。
「今回はここから聖都行きはお前とクーデンドの二人だけだからな。聖都まで俺が送り届ける。行動は早い方がいい。今から準備しろ」
「おいおい……お別れの時間もないのかよ?」
マルチェラが少し悲しそうな顔をする。
長々と別れを惜しむつもりはなくとも、明日出発というのは急すぎる。
「男に別れはつきものだ。……だが今日は三人でどこか食べにでも行け」
「これは?」
ゲルディットが小袋を俺に投げ渡す。
「配属先が決まった餞別だ」
袋を開けてみると中にはお金が入っている。
俺が顔を上げるとゲルディットは手をヒラヒラと振りながら、離れていくところだった。
「カッコつけて……まあ、ありがたく使わせてもらうか。クーデンド、準備するぞ。マルチェラ、良い店考えといてくれ」
「ええぇ……きゅ、急だね……」
「どうせなら高い店にするか」
まだ理想の配属先になったクーデンドは混乱を抜け出せず、マルチェラの方は早くも現実を受け止めている。
俺たちは慌てて出発の準備を進めると、夜にはマルチェラが選んだお店でたっぷりと飲み食いした。
明日出発なのでお酒は控えめに。
こんな時に酒を飲んじゃいけないとか厳しい宗教じゃなくてよかったと思う。
クーデンドはお酒に弱いのか最初の乾杯分で顔を赤くしていて、マルチェラは最後に死ぬなよと言って目を赤くしていたのだった。
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