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24結末2

「おっと、あれは……」


 風が吹き、花が揺れる。

 わずかに花の匂いが香ってくる。


 ソコリアンダが使っていたジョウロを使って、ウーリエが花壇の花に水をあげていた。

 花のつゆに朝の光が反射してキラキラと輝いているようだ。


「ウーリエ」


「エリシオ、おはよう!」


「おはよう」


 俺が声をかけてやると、ウーリエは笑顔を浮かべる。

 ソコリアンダとの関係を公表すること、遺産を受け取ることなど悩みはあったようだが、吹っ切れたみたい。


 いくらか教会に寄付をして、花壇をこれからも残してもらうようにとお願いしたと聞いている。


「英雄の娘として生きるのは大変じゃないか?」


「うーん、まだそんなに分からないかな」


 ウーリエは困ったように笑う。

 有名人の子供として生きる大変さは、俺には分からない。


 ウーリエが罪に問われることは無くなったが、ソコリアンダの名声はウーリエに付きまとう枷にはなるだろう。


「でもこれは……私に必要な……罪の重さかもしれないから。色々考えてくれたんでしょ? これぐらいはいい……受け入れるよ」


 罰はなくとも罪はある。

 英雄の娘としてさらされる好奇の視線に耐えることは、ウーリエにとってせめてもの罪滅ぼしとなる。


「まあ、辛くなったらどっか引っ越せ。お前のこと知らない人なんていくらでもいるからな」


「そうする」


 いつか罪の重さに耐えきれずとも、逃げればいい。

 誰も非難しない。


 この町から出れば、ソコリアンダもウーリエも知らないようなところはたくさんある。

 普通の人としてやり直すこともいくらでもできるのだ。


「何しにきたの?」


「やり残したことがあってな」


 俺は花壇の間を抜けていく。


「強い子ですね」


『ああ、彼女……母親に似ている』


 俺は教会の境界線ギリギリに立つ。

 目の前にはソコリアンダの幽霊がいた。


 ウーリエに向けられていた視線を俺に移したソコリアンダの姿は、すごく薄くなっている。


「そろそろですよ」


『……ああ、そうだな』


 娘であるウーリエのことが心残りだった。

 悪魔に囚われたウーリエを思えば死んでも死に切れなかった。


 その思いがソコリアンダを幽霊にしていたのだ。

 けれども悪魔は倒された。


 最後にウーリエとも話し、ソコリアンダの未練はもはや残っていなかった。

 娘を心配する気持ちは父親として消えないだろう。


 だが遺産も残せたし、あとはウーリエ自身がどうにかしていくしかない。

 成仏の時が来た。


『最後に聞かせてほしい。君は何者だ?』


「何者とは?」


『私のことが見えているだろう。声も聞こえているし……私が君に憑いていられるように使ったあの力は魔力だった』


 ソコリアンダの目は真剣だ。


『魔力と神聖力は本来異なる力……合わせれば悪魔にも大打撃を与えられるが、一人の人間が魔聖両方の力を持つことはない。だが君は両方の力を持っているな』


「……俺は特別なんですよ。あなたが見えることも、魔力と神聖力両方持っていることも」


 ソコリアンダの鋭い指摘にも、俺は動揺することなく笑顔を浮かべる。


「この力が何なのか……俺もよく分かってないんで説明できることはないです。でも一つだけ言えることがあります」


『それはなんだい?』


「この力を悪用するつもりはありません。俺の敵は悪魔です。魔力も神聖力も悪魔を倒すために使います」


『…………そうか』


 俺の目の奥に燃える炎を見たのだろうか。

 ソコリアンダはジッと俺を見つめ、ただ頷いた。


『私やウーリエにしてくれたことを考えると、君の性格もよく分かった。きっとウソはないのだろうな。私も悪魔は許せない』


 身を焦がすような復讐の炎が見えたはずなのに、ソコリアンダは俺をいさめる言葉を口にしない。


『止められぬ思いがあることは私も知っている。その特異な体質、悪魔と戦うのにもふさわしい。時間があるならともかく……今は君を止めないよ』


 やはり、人としてソコリアンダは成熟した精神の持ち主だと感心してしまう。


『優しい君が壊れてしまうことが心配だ』


「俺なら大丈夫です」


 どこに優しさがあるのか。

 突っ込みたくなったけど、わざわざ否定することもなかった。


『少ないけれど持っていくといい』


 ソコリアンダの手のひらの上に輝くエネルギーが集まる。


『もはや私に残された神聖力も少ない。だがこれもどこかで役に立つかもしれない』


 光を照り返す水滴のような小さい神聖力がふわりと飛んで、俺の胸の中に吸い込まれていった。

 温かな力が胸に広がる。


「……ありがとうございます」


『感謝するのはこちらだよ。悪魔を倒してくれただけでなく、私とウーリエのことを救ってくれた』


 ゆっくりとソコリアンダの体が天に向かって、浮き上がっていく。


「何を見てるんですか?」


『もっと早く勇気を出していればよかった。私のような悪い男に捕まるなよ、ウーリエ』


 花壇に水をあげ終えたウーリエが不思議そうな顔をして俺に声をかけてきた。

 やり残したことがあると言いながら、ただ突っ立っているように俺の姿は見えているのだろう。


『だが……最後に話せてよかった。天に行けば君に会えるだろうか……愛しい君に……』


 ソコリアンダの姿が消えていく。

 この世界に天国があるのだろうか。


 死んだこともないから俺には分からない。


「会えるといいな」


「……誰にでしょうか?」


「何十年も誓いを守るほどに愛しい人にさ」


 ソコリアンダは成仏した。

 でもきっと天の国で、最も愛しい人と再会していることだろう。

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