表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/24

22独白

『私は恋をした。相手は商人の娘だった』


 ソコリアンダの日記のあるページはこの文章から始まっていた。


『ひどく振られた。だから意地になって声をかけて、ふと彼女が笑った時に初めての胸の高鳴りを感じた。

 それからも諦めずに声をかけてようやくデートにこぎつけた』


「こんなの……よく見つけましたね」


 ウーリエはソコリアンダの日記をめくる。

 日記はちゃんとした本物であり、ソコリアンダ本人から場所を聞いた。


 そして読むのもちゃんと本人の許可をもらっている。

 古い日記には、ソコリアンダが変わったきっかけが書いてある。


 日記書いて取っといてあるんだから、マメな人だったのだな。


『何度かデートを重ねているうちに彼女の父親にバレて怒られた。会うことを禁じられたが、私の思いはもう止められないところまで来ていた。他の女性と会わないことを誓ったけれど信じてもらえなかった。こっそり会うしかない』


 ソコリアンダはある時から女遊びをやめた。

 それは本当に愛する人を見つけたからだった。


『彼女から別れを告げられた。事業が失敗して、地元に帰るのだそうだ。私は結婚してこのままそばにいてほしいと言ったが、彼女はただ悲しそうに笑った』


 だが色々あったソコリアンダの交際は認められなかったらしい。

 相手の父親に隠れて逢瀬を重ねていたが、別れの時が訪れてしまった。


『彼女の一家は夜逃げするようにいなくなった。あまりにも突然の別れ。後に届いた手紙には短い謝罪の言葉が書かれていた。当時若くして結婚してしまうと出世の道が困難になってしまうと言われていて、彼女は私のためにも別れを選択したのだ』


「お母さん……」


 ウーリエは日記を涙ぐみながらも読み進めている。

 誰から見ても悲劇とは言い難いが、別れを選ばねばならなかったウーリエの母親の心情は多分悲痛なものだったのだろう。


 きっと俺には分からない悩みがそこにはあったはずだ。


『諦めきれなかった私は彼女のことを探した。だが子を身籠っていたということとどこか親戚の家に預けられたということの他に足取りは掴めなかった』


 おそらくだがウーリエの母親はソコリアンダと別れる時点で、ウーリエを宿していたのだろう。

 けれどもそれに気づかず、ソコリアンダのために身を引いた。


 ウーリエの母親の商家の没落や父親が交際を許さなかったことなどさまざまな要因が重なった結果なのかもしれない。

 結果としてウーリエは父親がおらずに、生まれることとなったのだ。


「私は……お母さんと共に貴族の下働きとして育ちました」


 日記を閉じて、ウーリエはそっと涙を拭う。

 夢枕に立ったソコリアンダと話したせいか、だいぶ精神的にも落ち着きを取り戻している。


「最初からいなかったのであまり気にしませんでしたが、お母さんが死ぬ間際にお父さんのことを教えてくれたんです」


 俺の後ろにはソコリアンダがいて、優しい顔をしてウーリエのことを見ている。

 慰めたそうにしているが、目の前にいても触れることすら叶わない。


 だからといって俺が父親の前で娘に触れるわけにもいかない。


「遊び人で……でも心優しくて楽しい人だって……教会にいると聞いて、探してみようと思いました」


 こうして、別れてそれぞれの人生を歩んでいたウーリエとソコリアンダは再び出会うことになる。

 感動的な親子の再会になるはずが、それが今回の悲劇を引き起こすことになるとは誰も知らなかった。


「まさかあのナイフで気づいてたなんて……」

 

 ソコリアンダは最初ウーリエが自分の娘だとは知らなかった。

 けれどもウーリエが持っていたナイフで、ウーリエが娘だと気づいた。

 

 そのナイフはソコリアンダがウーリエの母親に贈ったものだったのだ。

 皮肉にもそのナイフはソコリアンダを殺すのに使われ、そして鞘は悪魔が隠れるのに利用された。

 

 やっぱり悪魔はクソだ。


「お父さん……」


『生きてる間にそう呼ばれたかったものだな……』


 ソコリアンダは色々な人の相談に乗っていた。

 メルシッダを始めとした生霊になってしまった女性たちのの相談に乗っていることも知っていたし、なんならデルクンドの妻が迫っているようなところも目撃してしまっていた。


 自分たちのことを忘れて女性と楽しくやっているのかもしれない。

 誰にも相談できない疑いが、悪魔につけ入る隙を与えてしまうことになる。


『すべて……私のせいだ』


「……誰のせいでもないですよ」


「エリシオ?」


「悪いのは悪魔だ。イタズラなすれ違いも親子だと言い出せない葛藤も些細な出来事による勘違いも……誰にでもあることだ」


 なぜ人は悪い出来事があると自分のせいだなんて言い、思い悩むのか。

 なんでも他のもののせいにすることはいけないが、なんでも自分のせいだと考えるなんて馬鹿げている。


「悪いのは悪魔だ。ソコリアンダ大司教様もウーリエも悪くない。悩んで心を傷つけることはない。反省はしても、後悔はするな」


 傷ついた心や後悔の念は悪魔の大好物だ。

 悪いことをしたなら反省すればいい。


 後悔の念に自らを押し潰してはダメだ。


「……そう、します」


 すぐに考えを変えることは難しい。

 でもウーリエの目は確かに前を向こうとしていた。


「その……私はどうなるんですか?」


 ウーリエはソコリアンダを殺して、悪魔を教会の中に入れた。

 今のところ拘束されていないが、自分が捕まって罰を受けねばならないことをしたことはもう受け入れている。


「それはこれから決めるよ。ただ、悪いようにはしない。俺のところには君をどうにかしてほしいという声が聞こえてきてるんでね」


 どうか娘を助けてくれ。

 真後ろからそんな声がする。


 クーリエには聞こえていないが、おじさんが情けない顔をしてそんなお願いをしてくるのだから聞かないわけにもいかないだろうなと俺は苦笑いを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ