20真相3
「殺し……ああ、そう。殺さなきゃ……またお母さんのような人が増えちゃう……」
ウーリエの瞳が大きく揺れる。
どこか焦点が合わなくなり、ふらついてソコリアンダの棺に手をかける。
「でもお父さんは変わったって……でも変わってない? 女の人と会って……」
「ウーリエ、落ち着け」
「話しかけないで!」
明らかに様子がおかしくなった。
俺が声をかけるとウーリエは叫び、耳を塞ぐように頭を抱える。
「私が……殺した? そうだ……あの時…………お父さんは…………」
ウーリエの目が黒く染まっていく。
「チッ……近くにいるのか」
「ワタシ、は……何を……」
『私の娘から離れろ』
「あっ!」
俺の後ろからソコリアンダが飛び出してきた。
怒りの表情を浮かべたソコリアンダは手のひらに神聖力を集める。
そしてそのままウーリエの胸を手のひらで突く。
「お父……さん?」
眩いほどの神聖力がウーリエとソコリアンダの姿を覆う。
ほんの一瞬白いオーラがまとわれてソコリアンダの姿をシルエットで浮かび上がらせた。
『ぬわああああっ!』
「あー、だから言ったのに」
親子の再会は一瞬。
聖堂に満ちた神聖な力がソコリアンダを教会から追い出してしまう。
「何だこれは!」
「きゃっ!?」
ソコリアンダのことを気にする余裕もなく、別の声が聞こえてきた。
ウーリエの胸元から何かが飛び出してくる。
それは鞘だった。
大きさ的にはナイフぐらいの小さい鞘。
「不愉快……くそがぁ!」
鞘の中から赤黒い何かがモヤモヤと出てくる。
「神聖力……そこのガキ! お前、何をした!」
「ガキって俺のことか? ガキと呼ばれるような年じゃないんだけど」
赤黒いモヤから声が響く。
俺はできるだけ平静を装う。
だが胸の奥では沸々と怒りが湧き起こっている。
赤黒いモヤが形を成していく。
造形的には人のよう。
だが赤黒い肌をしていて、目鼻がなく、口は顔の横まで裂けている。
手は大きく、指先はまるで触れれば切れてしまいそうに尖っていた。
「お前、誰に口を聞いていると思っている!」
「ふっ、悪魔だろ?」
ナイフの鞘から出てきたのは悪魔だった。
「ふぅ……」
「おっと!」
悪魔が俺から視線を背けて床にへたりこむウーリエの方を向いた。
とっさに俺は走り出す。
「この、ガキ……」
「だから、ガキじゃねえよ」
「……エリシオさん!」
悪魔がウーリエに手を伸ばし、俺はウーリエを抱きかかえるようにして悪魔から離す。
腕が切り裂かれた。
傷は浅いが、それでも血が滲んで流れ落ちる。
ウーリエは俺の血を見て、泣きそうな顔をしている。
「逃げろ」
「でも……」
「いいから。君にここで出来ることはない」
「行かせるかよぅ! せっかくここまで入り込むことに成功したんだ。お前を殺して、またその女を俺がいいように操ってやる」
ケタケタと悪魔は耳障りな笑い声をあげる。
一挙手一投足、声から発言から全て腹が立つ。
「俺を殺す? やってみろよ……」
俺は立ち上がって剣を抜く。
心臓の音がうるさい。
剣を握る手に自然と力が入る。
「ここからは悪魔祓いの時間だ」
「はははっ! お前が俺を? 教会も落ちぶれたものだな! お前みたいなのしかいないのか?」
「俺だけでも十分……だけど今は一人じゃない」
「直接聞くって……日記のことだったのか。遅くまで何してるのかと思ったらよくそんなものがあるとわかったな」
「仲間がいたのか」
「悪知恵が働くのはお前の専売特許じゃないからな」
隠れていたゲルディットとパシェが姿を現した。
「たった三人でどうにかするつもりか? それに悪魔祓いは二人一組だろ」
「俺が二人分働くさ。いつもそれぐらい働いてんだ」
ゲルディットとパシェの体が黒いオーラに包まれる。
そして俺は二人に向けて神聖力を込める。
すると黒いオーラと神聖力が混ざり合って銀色のオーラと変わる。
「ほう? お前は神聖力が強いんだな……だがお前の方が俺に近いことを忘れているな!」
悪魔が突然俺に襲いかかってくる。
「お前が聖ならお前を殺してしまえばいい!」
「ウーリエ、早く逃げろ!」
「でも……体が動かなくて……」
「ははははっ! そいつには俺の影響が残っている! 逃がさないぞ! そしてお前が逃げたら、その女を殺す!」
悪魔が鋭い指先の手を振り下ろす。
腕は簡単に切り裂かれた。
まともにくらったら輪切りになってしまう。
「どうする! 聖のお前に俺の攻撃が防げるかな!」
「……本当お前らクソだよな」
「ひひっ! ひっ?」
悪魔は気味悪く笑う。
俺が血まみれで倒れる姿でも想像したのだろうか。
しかし俺は輪切りにならなかった。
「なぜだ……!」
代わりに悪魔の手が切り飛ばされた。
悪魔が見たのは、銀色のオーラをまとう俺の姿だった。
悪魔の手の切り口から焼けるような音が聞こえてくる。
「お前は……魔なのか! ならば誰が聖だ!」
「俺が聖だ」
「そんなはずはない! 聖が魔を持つなど……それに」
「よくしゃべる口だな。だがいいのか? 後ろ」
疑問をベラベラと聞いてくるのは構わない。
だが俺にそれに答えてやる義務はないし、答えるつもりもない。
そしてその間に悪魔の後ろからはゲルディットとパシェが迫っていた。
「ああああああっ!」
二人の刃が悪魔の背を切りつける。
手と同じく焼けるような激しい音がして、悪魔が悲鳴のような声を上げる。




