15生来の色男3
「泣いているところ悪いが、一つ聞いておかねばならない。君がソコリアンダを殺したのか?」
ゲルディットが核心をついた質問をぶつける。
思いは時に重くなる。
人によっては抱えきれないほどの思いが人を傷つける刃となってしまうこともあるのだ。
愛していた、そして叶わぬ思いだと思っていた。
それが憎しみや恨みとなって、ソコリアンダを傷つける方向に動くこともありえないとは言い切れない。
「そんな……! 私はやっていません! 好きだっだけど……傷つけることなんて……ありえません!」
メルシッダは涙を流しながら否定する。
「そうか……その言葉、信じよう」
俺は、メルシッダに嘘はないと思う。
女の涙に騙された経験はあるが、メルシッダが暗い気持ちを隠しているようには見えない。
「愛ゆえに……か」
そして叶わぬと抑制された愛がメルシッダを生霊にしたのだろう。
メルシッダだけなら優しく見守ろうとする生霊だったように見えた可能性もある。
本当に邪な思いを抱えた生霊が他にいた。
ゲルディットが俺のことを見て、俺は頷き返す。
「話はこれで終わりだ。今日はありがとう。ここで聞いたことは誰にも言わないと約束しよう」
「グス……ありがとうございます。犯人……捕まえてください」
メルシッダはハンカチでそっと涙を拭い、部屋を出て行った。
「俺の勘では、メルシッダは犯人じゃない」
「俺も同感です」
「あの子が殺したなら自白してしまっているだろうな。もしあれが嘘だったら、俺は何も分からない」
単に相談に乗ってもらっていたとだけ答えていてもよかっただろう。
だがメルシッダは正直に慕っていたと答えた。
そんな人がソコリアンダを殺すとは思えない。
「だけど……事件の形が少し見えたかもしれませんね」
ソコリアンダは昔遊び人でモテた。
だがモテるという点に関しては今も変わらないらしい。
知ってか知らずか一人の女性の心を落としてしまっている。
「他の女性でもそんなことがあるかもしれません」
愛憎は時として表裏一体だ。
ソコリアンダは愛が憎しみになるような何かを引き起こしてしまったのかもしれない。
「難しい問題だな」
ゲルディットは背もたれに体を預けて深いため息をつく。
「愛は悪魔にも利用されやすい。他にもこんな人がいるなら聞き出すのも面倒だな」
「とりあえず……ヒッチ司教様とデルクンド司教様の奥さんに話を聞いてみませんか?」
ノーワ、という女性もいるが、俺としてはヒッチとデルクンドの妻の方が気になっていた。
メルシッダの感情を聞いて改めて生霊のことを思い出してみる。
ドロドロとしていた感じがあるのは、年配の生霊の方だった。
となるとヒッチとデルクンドの妻の方が怪しい。
「そう言えば怪しいと言っていたな。こうなれば俄然怪しくなってきたな。だがどう呼び出すか」
ゲルディットはテーブルに足を乗せて椅子を傾ける。
「正確には二人は部外者だ。怪しいから話を聞かせてくれというわけにもいかないし、ソコリアンダについて聞かせてくれというにも表面上の関係はやや遠い」
疑われていると思えば、相手は犯人でなくとも腹の内を隠してしまうかもしれない。
ヒッチとデルクンドを理由にしても、自分の夫を守るために慎重になるだろう。
「ううむ……うまく誘い出すのも難しいな」
ヒッチとデルクンドの妻だけを呼び出す理由がない。
ウーリエの証言があったなんて言って呼び出せば、疑っていると言うも同然になってしまう。
「少し二人のことも調べてみるか」
呼び出すための何かがあるかもしれない。
俺もいいアイディアが浮かばず、沈黙しているしかなかった。
パシェは考えているのか、考えていないのかもわからない。
「とりあえずはノーワの話を……」
「すいません! 少しよろしいですか!」
いいアイディアが出ない時には後回しにしてしまえばいい。
まだノーワという女性が残っていると提案しようとした時だった。
慌てた様子の中年の聖職者が、部屋に飛び込むように入ってきた。
俺やゲルディットは余裕で構えていたが、パシェは腰の剣に手を添えている。
「教会裏の墓地に魔物が現れました!」
まあ何とも落ち着かない。
面倒事ならよそに持っていてくれとは言えず、俺は密かに嫌そうな顔をしたのだった。




