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こつこつ  作者: RenneЯ
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某年六月十七日、午後九時二十五分

某年六月十七日、午後九時二十五分

 二日前の猛暑から一変、辺りに霧雨が降る芦無(あしない)駅近く。

 熱を帯びた街の鼓動が突如として止まり、一気に血の気が引いたように下降する気温は、過ごし易くもあり、却って不気味でもある。

 辺りを覆う梅雨並みの湿気は、相変わらずのこの街の過ごし難さを象徴するよう。

 この時間にもなると、閑散とした街並みで灯りがついている店と言えば、駅近くのコンビニくらいのもので、そこにすら大した人数が集まるわけでもない辺りが、この街の空洞化を如実に表している。


 どんよりとした雨空に濡れてテラテラと、ぬめりにも似た光を反射するアスファルトを足場に、ぽつんと灯りが虚しく漂う。

 芦無駅を降りてすぐ、雨を嫌い小走りでコンビニエンスストアへ向かう春原(すのはら)の心中も、この空と同様、どんよりと曇り気味だった。


 理由はこの空模様以外にも幾つかある。


 一つ目は、帰りがこの時間になってしまったこと。ここ二日、寝つきが悪い夜が続いた影響か、どうにも余計なことが気になって仕方なく、精彩を欠いた結果、仕事が長引いてこの有様。

 二つ目は、傘を忘れたこと。梅雨時期、田舎特有の天気の移り変わりを軽視した結果、手痛い損失を被っているのが現状だ。

 そして最後の一つが、二日前の出来事。

 あのアカウントは一体何だったのか、考えたところで答えが見つかる筈もなく、背筋を這い回る嫌悪感を振り払いたい一心で、ページを閉じて以来、そのまま一度たりとも閲覧していなかった。


 手持ちのビジネス鞄を頭上に掲げ、肩を濡らしながらコンビニへ入店する。買い物もせず店先に佇んで雨宿りは、小市民な彼にはどうも気が引けてしまい、ならいっそ最初から、買い物目的の客として入店してしまおうと、開き直りがそうさせる。


 ーーピンポーン


 客の入店を知らせるジングルが鳴り、こちらへ一瞥もくれずやる気の無い挨拶を放り投げる店員。ただでさえ人が少ない街の、寂れたコンビニだ。さもありなんと、春原もチラリと横目で見やるだけで、さっさと店舗の奥へ歩みを進める。


 ……少し勿体無いがビニール傘と、ついでに缶コーヒーでも買っていくか。


 少しの躊躇の後、さっとビニール傘を一本手に取り、普段飲んでいる銘柄のコーヒーを求めて、ドリンクコーナーへ踵を返したその時。


 ーーピンポーン


 こう立て続けにこの店舗へ客が入るとは、珍しいこともあるものだが、この急な雨。おそらく自分と同じで、一時の雨宿りついでに訪れたのだろうと、大して気にも留めず、目当ての缶コーヒーを手に取る。

 ひんやりと冷たい缶を手に取った感触が、先日の夜を否が応でも思い起こさせ、それを思考の外へ追いやるようにかぶりを振りながらレジへと向かう。

 先程のやる気の無い店員が待つカウンターの前へ立ち、ビニール傘と缶コーヒーを差し出す春原へ、不意に店員が声をかけた。


「お預かりしま……」


 何故か自分ではなく、その足元の床を青い顔で凝視しながら固まる店員に、意味がわからず首を傾げる春原。


「あの、お会計……」


 言いながら、店員の視線の先をなぞるように、自らも目を滑らせ床を見やる。そこには一見何の変哲もないコンビニの床が広がるだけで、ポツポツと雨に濡れた自らの靴跡が残されている。


 ……なんだ、何も無いじゃないか。


 そう口に出しかかったところで、とある事に気づく。

 自分の残した靴跡に追従するような、もう一人分の靴跡。女性ものの靴なのか、サイズは一回り小さく、だが周囲に滴る雨水は春原のものとは比較にならないほど、べっちゃりと広がっている。

 奇妙な焦燥感に駆られ、店内を見回してみるが、自分以外に客が居るようには、到底思えない。

 おかしい、さっきは確かに誰かがもう一人、入店した筈なのに、そもそもこんなに濡れた状態で歩き回って、気付かない筈が……様々な考えが春原の脳裏を巡っては消える。

 自らの足元へ蛇のように纏わりつく違和感を切り捨てようと、再度店員へ視線を向けた刹那、春原の耳を撫でるように、微かに届いた音。

 その音は、確かに、春原自身の足元から。


 ーーこつこつ


 瞬間、恥も外聞も、本来の目的であった買い物もかなぐり捨てて、店の外へ駆け出す。


ーーピンポーン、ピンポーン

読んでいただき、ありがとうございます。

……とは言えまだまだ始まったばかり。

続きも鋭意執筆して参ります。

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