落し物の神様
夕刻。藪をかき分けて、神社の参道に出た。その途端、「わ」と驚かれた。女の子が二人。高校生くらいだろうか。二人とも、祭りでもなさそうなのに浴衣を着ている。
「あ、すいません。道に迷ってしまって。なんとか抜け出たと思ったら」
そう謝る。
それを受け、女の子達は顔を見合わせた。それから嬉しそうな顔を浮かべると、「もしかしたら、東京の人ですか?」とはしゃいだ声を上げた。
「……あたし達、これからお願い事をするところなんです」
と、ショートカットの方が言うと、
「普段から和服って訳じゃないんですよ。この神社にお願い事をする時にだけ。本当は和服にしなくても良いのですけど、お爺ちゃんが“失礼のないように”って」
ロングの子がそう続けた。
「はあ」と私は返す。
二人とも妙に人懐っこかった。東京の人間が珍しいらしく、ただ私が東京から来たというだけで喜んでくれた。
ちょろい。
ロングの方はそれでも少しだけ警戒しているような素振りがない訳ではなかったが、ショートカットの方は完全に私に気を許しているように思えた。
狙うならこっちだ。
私はそう思う。
「でも、こんな田舎に何の用ですか?」
ロングの方がそう尋ねて来た。
「いや、ちょっと山歩きを、ね」
「山歩きって…… 一人で、ですか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
ロングはにやりと笑う。
「ははーん。さてはデートですね。お相手は何処ですか?」
いやいやと、私は頭を掻いた。
「実はちょっとした行き違いがあってね。別れてしまったんだ」
そう別れた。
嘘は言っていない。
「それって旅先で破局って事ですか? うわー、悲惨ですねぇ」
ショートカットがそう悲しそうに言った。本当に私に同情してくれているように思える。いい子だ。
「ちょっと失礼よ」とロングが注意すると、「あ、そっか」とショートカットは頭を下げた。
「いいよ、いいよ。気にしないで」
私は笑いながらそう返す。
すると、
「でも。意外だな。お兄さん、ハンサムなのに。それでも破局しちゃうのですね」
と、ショートカットが言った。
この子は本当に狙い目だ。
それを聞いて私はそう思う。
ついている。続けて二人もハントできるなんて。
やがて二人は神社の前に来るとお賽銭を投げて何事かを祈った。私も見よう見まねでやってみる。終わると、ショートカットが言った。
「さ、これで持って来てくれるかなぁ?」
――持って来る?
その言葉を不思議に思った私は、
「あの…… それって?」
と尋ねてみた。
「ああ、」とショートカットが言う。
「ここの神様は、お願いすると落とし物を持って来てくれるんですよ。だからみんな、“落し物の神様”って言っています。正式な名前は忘れちゃいましたけど……」
「はは」とそれを聞いて私は笑った。無邪気なものだ。そんな話を信じているのか。がしかし、そう思った瞬間だった。
『落とし物…… これ?』
『落とし物…… あったよ』
そんな微かな声が聞こえて来たのだった。
既に辺りは暗くなり始めていて、それは森の暗い影の片隅の方から聞こえて来るようだった。
目を凝らす。
なんだか小さな黒い塊のようなものが見えた。炭化した胎児の影とでも表現するべきだろうか? 震えるようなブレた存在感。何体もいる。微かなのに、はっきりと分かる。
それはスマートフォンを抱えていて、ショートカットの前にまで運んで来る。印象は遅そうなのに、意外に速い。奇妙な感覚に酔ってしまいそうだった。
「ありがとー 神様。それだよー」
とても呑気な口調で、彼女はそれを受け取った。まるで何でもない当たり前の事のように。
私は慄く。
こんな事が…… あるものなのか?
それから再び声が聞こえた。
『落とし物…… これ?』
『落とし物…… あったよ』
見ると、今度はジュースの空き缶を落し物の神様は抱えていた。
「えー なんでそれ? 違うよー」
と、ロングは悲鳴に近い声を上げた。
「なんで、そんなの拾って来るかなぁ?」
迷惑そうに彼女はしていたが、それを無視して落し物の神様は空き缶を彼女の目の前に置いた。
「あんた、その辺りにポイ捨てしたんじゃないの?」
「してないわよー。ちゃんとゴミ箱に捨てたもん」
驚いて見ている私の視線に気づいたのか、ショートカットが言った。
「あ、神様達。落とし物を拾って来てくれはするのですけど、どれを拾って来てくれるかは分からないのですよ。だから、この辺りにある捨てたゴミなんかも持ってきちゃう」
「ゴミ箱に捨てても、ダメだったりするんですよ」
それを聞いて、私は頬を引きつらせた。
さっき私もお賽銭を入れて祈ってしまった。なら、落し物の神様は私が捨てた物も間違えて拾って来てしまうのかもしれない。
不意に声が聞こえた。
『落とし物…… これ?』
『落とし物…… あったよ』
黒い大きなビニール袋。それが幾つも。まるで闇に棲息する何かの生き物のように近付いて来る。
何体もの落し物の神様が、それらを背中に抱えて運んで来ている。
「なにあれ?」
ショートカットがそう呟く。
私は青い顔になった。
「違う。“それ”は私の物じゃない」
後退る。
「いやー!」
ロングが悲鳴を上げた。
見ると、ビニール袋から、中身がこぼれている。
女の手足。
他の袋には、顔も胴体も入っている。
そう。
それは私が殺して山中に捨てた、私の恋人の死体だ。
「違う。誤解だあぁ!」
私は叫び声を上げると、その場から一目散に逃げ出した。しかし、それでも、落し物の神様は私を追って来ていた。
『落とし物…… これ?』
『落とし物…… あったよ』