武家の異端児、その名はアレス・レーヴェン
「アレスくん。アレス・レーヴェンくん!」
「あー、はい。それで魔神の歴史でしたっけ?」
「それも大事だが今話しているのは魔法の歴史ですぞ」
「うぃーす」
家庭教師の男が方眉をピクピクさせながら、ズレたモノクルの位置を直す。
気の締まらない声で返答したのは、アレス・レーヴェン12歳。
地球で死んだはずの平本信也が、前世の記憶を引き継いだまま少年アレスとして、剣と魔法の世界に異世界転生したのだ。
そして今は専属の家庭教師による魔法のお勉強中。
「良いですか?いくらレーヴェン家の三男で継承権を持たないとはいえ、学びを放棄する理由にはなりませぬ」
レーヴェン家とは、アゼル大陸において魔道の名門アルトハイム家に並ぶ二大貴族の一角であり、この大陸を統治しているロンディーネ王家に仕える武家である。
その歴史は長く、その昔ロンディーネ王国が厄災に見舞われた際、当時のレーヴェン家当主であるぺレイデス・レーヴェンはたった一振りの剣を手に、その場にいた魔導士と共に国王を守りきり、王国を存続させることに成功した。
後に国王からその功績を称えて、”王国の剣”という称号を与えられ、レーヴェン家はただの平民から上級貴族に成り上がったのである。
「そうも毎日無気力に生きていると、将来が危ぶまれますぞ!貴方様の兄君や姉君は皆真面目に私の授業を受け、今や立派な……」
「てんてー。授業の続きを願いしまーす」
いつもの長いお説教が始まりそうだったので先手を打っておく。
「聞く気があるのか無いのかどっちなのです!それに私は”てんてー”などと言う気の抜けた名ではなく、ヘッツェルンと言う名前がですね!」
激昂する家庭教師、改めヘッツェルン先生を他所に、俺は教科書のページを呆然と捲っては戻すを繰り返す。
俺だって初めからこう無気力だったワケではない。
こうなったのには主に二つ理由がある。
理由その①
レーヴェン家に生まれた子には、男女関係なく15歳を境に武道か魔道、どちらか適性のある方へ特化した教育が行われる。
その後18歳で王国に出向し、そこで何らかの組織に配属される決まりだ。
俺の上には、兄2人と姉1人がいるのだが、兄弟達も例外なく従っている。何なら結構な要職についている。
俺も15になれば本格的な教育が始まり、いずれは王国で騎士か魔導士として働くことになるだろう。
親の決めたレールを死ぬまで走り続ける人生、そんなのは絶対嫌だ。
それに、元引きこもりというのもあるだろうけど、俺は争い事が苦手だ。
元いた地球で、大戦争という歴史上最人が死んだ戦争があった。その記録があまりに残酷だったので人と戦うこと自体が苦手になった。
理由その②
それは自分の身分が思っていたよりも高かったこと。
レーヴェン家は武家であると同時に、王国でもトップクラスの上級貴族だ。
学業の他に礼儀作法、テーブルマナー、剣術指南、魔術指南などなど、物心ついた時から英才教育を施すためにスケジュールがパンパンなのである。
最近になってようやく礼儀作法とテーブルマナーをマスターして少しは余裕ができたと思ったら、その穴を埋めるように勉強科目を増やされた。
とてもじゃないがロボット製造の時間を確保できない!
この家に生まれたら最後。死ぬまで国と戦いのために身を費やさねばならないのだ。
「まったく困りましたな。どの科目もやる気なし。聞けば剣術や魔術の稽古でも今と同じ様子だとか。一体何になら興味をお示しになるのです」
困り果てたように頭をかくヘッツェルンに、俺は机に突っ伏したままぶっきらぼうに答えた。
「ロボット」
「はて?ろぼっととは」
お手本のような反応をするヘッツェルンに、俺もまた辞書のような回答をする。
「自動で動き、製作者の命令を忠実に遂行する人形の総称」
言っても分かんないか。
そう思った矢先、意外な返答が帰ってきた。
「あーなるほど。ゴーレムの事ですな。それならそうと言って下され。私の教え子にゴーレムの研究をしている者がおりますので今度連れて来ましょう」
この退屈な暮らしに日々が入る音がした。




