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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

飲むだけで痩せる水、あなたも試してみませんか?

「は? あんた舐めてんの?」


 私は、同僚の細木(ほそき) 友香(ゆか)の昼食メニューを見て、思わず怒りの声を上げた。


「え? なになに? なんで怒ってんの?」


 好きな物を自由にとる形式の社食で、トレイに所狭しと置かれたおかず達。 ポテトサラダ、味噌カツ(マヨネーズトッピング)、天麩羅うどん、唐揚げ丼。 値段もさる事ながら、カロリーもフリーザ様の戦闘力ばりに振り切れていること請け合いだ。


 正気の沙汰とは思えない。


「そのメニューよ。 食べ盛りかっ!? 相撲部の中学生かっ!? フードファイターかっ!?」


「あぁ、これ? 実はね……私、婚活を始めたの」


 なに? 婚活? 将来、おばあちゃんになったら、二人で相互老老介護で乗り切ろうと誓い合った私を差し置いて?


「婚活だと? 謀ったな、シャア」


「フフ……君の危機感の無さを呪うがいい」


 一通りのお約束を交わしあったところで、話を戻す。


「いやいや、その婚活と血迷った暴飲暴食とどう関係あるのよ?」


「婚活に当たって、ダイエットする事にしたの」


 ダメだ……。 ここまで言葉が通じないとは……


「あのね? わかりやすく説明するとね、食べたら太るの。 そんな盛り沢山のおかずを取って、ダイエットって……。 それとも、これは新手のドッキリかなにかかしら?」


「まぁまぁ、話は最後まで聞きなさいよ。 あわてんぼうさんね。 いい? 実は、かなり効果のありそうなダイエット商品を買ったの。 だから、効果を確認するために、ここ二、三日の私はチートDAYという訳なの」


「へぇ、そんなに効果がありそうなの?」


「そう、その名も『痩身水』! 飲むだけで、驚きの効果が!」


「なにその、塔の上に住んでる猫から貰える水みたいなのは……」


「胡散臭いのはわかってるわよ。 SNSの広告で見つけて、つい買っちゃたのよ」


「SNSって、あの誰もやってないようなマイナーなやつ?」


「うん」


「後輩や同僚相手に大々的に布教活動したのに、怪しすぎるって、誰も乗ってこなかった、あのどこの国発信かすらわからない、あのSNS?」


「……だね」


「そりゃ、胡散臭いわ」


「だよね、だよね? でもね、1ヶ月で効果がなければ、いくら飲んでても返金しますって書いてあったし、その広告から買ったら、2リットルを6本で4980円のところ、1280円で買えて、さらに2本もおまけしてくれるっていうのよ? どうせ、水買ってるんだから、お買い得じゃん?」


 それでも割高な気がするが、本人がいいと言うのならいいのだろう。


「しかもね、昨日の朝から飲み始めてるんだけど、夜に某フライドチキンで赤ワインを2本ほどいただいたのに、体重はしっかりキープしてるのよ?」


 なん……だと?

 おう、ジーザス……


「と、いうわけで、これからの私に刮目せよ、ってね」


 などと、適当なやり取りをしてから、早一週間。


 毎日、彼女を見ている私にはわからなかったが、たまにしか見ない者には変化が見えるのだろう。 彼女は、取引先の人や、他の部署の人から、なんか痩せてない?と聞かれる事が増えたようだった。


 さらに一週間経つと、その変化は私にもわかるようになっていた。 今までお会いできなかったクビレともご対面しているようだし、頬も少し痩けているように見えた。 にも関わらず、肌は瑞々しかった。 と言うか、痩せすぎだろう?


「ねぇ、あんたさ。 なんか……大丈夫?」


 華奢な身体で、大量の食べ物をトレイに乗せて、食堂の席に着く彼女に、問いかける。 ここまで食べて、ここまで痩せるのは、もはや病気を疑うレベルだ。


「フフ、全部、この痩身水のおかげね」


 そう言いながら、カバンから取り出した水筒を机に置くと、蓋を取り一気に飲み始める。


 ゴッゴッゴッ


 勢いよく水を飲む音が、昼休みで多くの談笑が響く食堂の中で、大きく響く。


「ふぅ、もうコレなしじゃ生きられないわ。 今じゃ正規の金額で、追加で2セットも買っちゃったのよねぇ」


 彼女は、少し落窪んで大きくなった目を爛々と光らせながら、口の端をツイと流れる水を手で拭った。


「あんたも飲んでみる?」


 彼女が、ズイと水筒を差し出す。


 飲み口から覗く暗い闇が、やけに不気味に見える。


「……えと」


「嘘! 安かったのは初回だけだったんだから、飲みたかったら自分で買いなよ。 効果は、私を見ればわかるわよね?」


 言い淀む私に、フフと笑いながらドヤ顔を見せる彼女。


「……ねぇ、その水……本当に大丈夫なの?」


 恐る恐るそう切り出した私に、彼女は聖女のように微笑んだ。


「なに? 何が言いたいの? 大丈夫って……どういう意味?」


「いや、なんかさ……。 実はヤバい奴なんじゃない? それ……」


 次の瞬間、彼女はガタンと立ち上がると、唾を飛ばしながら、大声を張り上げた。


「はぁ!? なに!? なんなの!? そんなに私が痩せて綺麗になっていくのが気に入らないの!? あんたが、そんなに人の足を引っ張ろうとする奴だとは思わなかったわ! もう二度と私に関わらないでっ!!」


 一方的に捲し立てた後、彼女は水筒を回収すると、机の上のトレイを、私のトレイごと両手で薙ぐように床へとぶちまけた。


「ふん!」


 そして、そのまま食堂を出ていった。 後に残されたのは、訳も分からず呆然と席に座る私と慌てて床を掃除に駆け寄ってきた食堂のおばちゃん達だけだった。


 その日から、彼女は奇行に走るようになった。


 私は避けられているようで、会いに行くと逃げるので、よくわからないが、人伝に嫌な話を聞くようになった。


 彼女は、いつもビショビショに濡れた髪で出社するようになり、雨が降った日は最悪らしく、傘も刺さずに出社し、全身がビショ濡れでも構わず仕事をするようになったというのだ。


 誰かが苦言を呈すると、ブチ切れて喚きたて、まったく話にならないという事だった。


 そんな時、彼女が2日ほど無断で休んでいる、と様子を見てくるように頼まれたのは、職場の誰もが、彼女と関わりたくない、という理由からだった。


 いや、変な別れ方をしたせいで気まず過ぎて、私もムリ寄りのムリなんですが?


 仕方なく、重い足を引きずりながら、彼女のアパートへ向かう。


 ため息を付きながら、彼女のアパートを見ると、なにやら人だかりが出来ていた。 しかも、その中にはお巡りさんも三人ほど混じっているようだった。 なんだろう? と思いながら、近付くと、その人だかりは彼女の部屋、1階の角部屋でザワついていた。


「あの〜、なにかあったんですか?」


 ザワついている人波の中から、お喋り好きそうなおばちゃんをロックオンして話しかける。


「ん? それがね、コレ見てよ」


 言われて、おばちゃんが指差す床を見る。


 ……水だ。


 彼女の部屋の玄関から、水が染み出してきているのだ。


「どうも、水を出しっぱなしで、出かけてるみたいで、ずっと水が玄関から流れてるのよ。 でね、本人とも全然連絡が着かないままだから、今、大家さんが警察呼んで、立ち会ってもらってドアを開けようって話になったみたいなの。 ……大変よねぇ」


 全然、大変そうに見えない言い方でおばちゃんが話を締める。


「はい、どいてねぇ。 大家さん、解錠をお願いします」


 お巡りさんの一人が、野次馬をどかしながら大家さんを呼ぶ。 野次馬達が動く度に、ピチャリピチャリと不快な水音が響く。


「ドアは我々が開けますんで、大家さんは解錠だけね。 中に入って、水道を止めるのも我々だけでやるから。 いいね?」


 ガッチャ


 お巡りさんに促され、大家さんと思わしきおじさんが、オドオドと鍵を開ける。


「じゃ、開けるよ」


 その言葉と同時に彼女の部屋の扉が開かれる。


「うぉ!」


 その途端に大量の水と軽めのインテリアや雑貨が流れてくる。 それに驚きの声を上げるお巡りさん。


 そして、その流れてくるものの中に……


「うわっ! こりゃダメだ! 署に連絡して! 救急車は呼ばなくていいや」


 あれだけ痩せていた彼女が、まるで嘘のように、ブクブクと膨らんだ状態で水と一緒に玄関の方へと流れてきた。


 ◇  ◇  ◇


「どうでした?」


 一人の刑事が、検死を終えたばかりの監察医に声を掛ける。


「いやいや、どうでしたもなにも……。 で、あの土左衛門、どこで見つけたの?」


「それが、部屋の中で、水道という水道を全開にして、溺れてたんですわ。 連絡が途絶えてから一日って割には、2週間くらい経ってるみたいにガスでパンパンに膨らんでるし……。 訳がわかりませんわ。 でも、外傷がないのなら、自殺ですかね?」


「あぁ、最近、西の方でもそんな話があったみたいだねぇ。 それにしても酷いね、ありゃ。 十中八九自殺だろうが……。 彼女、ドブ川の水でもがぶ飲みしてたの?」


「ドブ川? さぁ。 ま、でも自殺で確定ですよね。 よかった。 仕事が増えなくて」


 刑事は、監察医に向かって笑いかける。


「 いやね。 腹ん中、アメーバだらけだし、血管の中にも入っちゃったみたいで、脳や他の臓器も……。 まるで人の形をしたアメーバの巣みたいで……。 ガスで遺体が膨らむのが早かったのも、そのせいだろうね。 それに、これだけアメーバに占領されてたら、ひょっとすると水を求めるあいつらに……。 いや、今のはなしで。 アメーバに、そんな人を操る習性なんて……」


 そう言って、監察医はため息を付いた。 刑事は、その言葉に、一瞬考え込む。 が、すぐに調子を戻す。


「あ、そうそう、水と言えば……うちの嫁が、飲むだけで痩せるっていう水を買いましてね。 そんな美味い話あるかよって言ってるんですがね。 まぁでも、もし、あいつに効果があるようだったら、俺も飲んでみようかな、なんてね」


 刑事は、少し恰幅が良くなりかけたお腹を撫でながら、監察医に笑いかけた。


 〜完〜

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