夜行蝶々
冬の終わりを思わせる、わずかに暖かい空気。
風に乗った落ち葉かと思ったそれは、不意にブンと音を立て、まっすぐ私の顔めがけて飛んできた。
反射的に身をかがめる。
一瞬だけ見えたシルエットは何かの蝶々だったと思う。
羽の先から真ん中にかけて黒い、もしかしたら蛾だったのかもしれない。
振り返るのも面倒で、あと4メモリ残った信号をじっと待つ。
それでも、過ぎていったあの蝶々はまだ近くにいるのだろうか。そんな好奇心がふと勝る。
ビルの電光掲示板はオレンジ色の「6:25」の数字を光らせている。
空がちょうど藍色に変わっていく。うっすらと星が見える。
そうかもう春分を過ぎたのか。
大通りでは、仕事を終えた人々がいそいそと家路を急ぐ。
それとも金曜の夜、どこか別の場所へ向かっているのだろうか。
まだ冬物のコートを着ているせいか、暗がりのなかで皆黒い塊となってうごめいて見える。
一本裏の道に入る。
賑わう町中華の横で、タバコをふかすサラリーマン。
ギラギラと光るラーメン屋の前に並ぶ学生たち。
カフェから出てくるカップル。
冷え込んでいく街を歩く。
肩にかけた荷物が重い。
買い忘れたものを思い出し、スーパーに寄る。
今夜は、温かいスープでも作ろうか。