カウンセリング.その1_水無紗季
ブツッ。ジジ……ジジジ……ジジジジジ……
『こんにちは、紗季ちゃん』
『こんにちは……』
『もぅ、そんなに緊張しないで。私そんなに怖いおねぇさんに見えるかな』
『いいえ……』
『そう良かった。あっ、まずは自己紹介をしましょう。私は遥香、柏木遥香。紗季ちゃんが嫌じゃなかったら遥香って呼んで』
『遥香……先生』
『先生なんて要らないよぉ』
『遥香……さん』
『うん、ありがとう。よろしくね、紗季ちゃん』
『うん……』
『んん……あっ。ねぇ、紗季ちゃん。少しお腹空かない?』
『お腹?』
『うん。私、実は昨日から何も食べてなくてお腹空いちゃった。もしよかったらコレ一緒に食べない?』
『これ……何?』
『知らない? これね、今流行ってるチーズタルトなの。ふふっ、小さいでしょ。これが美味しんだなぁ。しかもこれね、お店の中にある工場で作られた出来立てなんだよ』
『おいしいの?』
『一つ食べてみて』
『……』
『美味しい?』
『おいしい』
『良かった。私これ凄く好きなんだ。だから紗季ちゃんの口に合ってうれしい。あっ、そうだ。何か飲み物が欲しいよね。ジュースとか色々あるけど何か飲みたい物ある?』
『……なんでもいい』
『そっか……じゃあ紗季ちゃん、牛乳飲める?』
『牛乳? うん』
『本当? じゃあ私も牛乳にしよう』
『遥香さんって……意外と子供っぽい』
『ふふ、大人だって牛乳は好きなんだよ。はい、どうぞ』
『ありがとう』
『どういたしまして。紗季ちゃん、好きな食べ物ある?』
『私、出されたモノ以外食べない』
『……そっか。じゃあ、今度紗季ちゃんが来た時にもっと美味しいモノ用意しておくね』
『……』
『どうしたの?』
『私ってやっぱり変なの?』
『えっ……どうして?』
『だって此処って変な人が来るところでしょ』
『そんな事ないよ。紗季ちゃんは……』
『嘘だよ。遥香さんは……私がもっと変にならないように優しくしてるんでしょ』
『……ねぇ、紗季ちゃん。私のお仕事って何だと思う?』
『え?』
『ふふっ、考えてみて』
『……分からない』
『私はね。紗季ちゃんが辛いと思っている事を聞いて、こうしたら良いんだよってアドバイスをするのが仕事なんだよ。もし紗季ちゃんが辛くて悲しいって思っている事があったら教えて欲しいの。
私とどうしたら紗季ちゃんが元気になれるか一緒に考えようよ。勿論、私に言えない事なら他の人に言ってもいいんだよ。私はね、紗季ちゃんがずっと楽しく過ごせればそれでいいんだから。
もし私とお話ししてて楽しいって思ってくれるなら、お話しするだけでもいいんだよ。こう見えても私、お話好きだから紗季ちゃんなら大歓迎だよ』
『……遥香さん……私……変かもしれない』
『変?』
『変なのはヤダ。普通になりたい』
『何が変なのかな?』
『遠野君……』
『トオヤ君? 紗季ちゃん、そのトオヤ君ってもしかして紗季ちゃんの……』
『そんな人いなかったはずなのに』
『え?』
『みんなは前からクラスにいるって言っていたけど遠野君なんて人いなかった』
『いなかったって転校……初めてトオヤ君に会ったのはいつ?』
『一週間前』
『紗季ちゃんは最近学校休んだ事ある?』
『ない』
『そっか……トオヤ君とはお話した?』
『……した』
『どんなお話したの?』
『私、友達とドラマの話をしていたの。そしたら麻衣ちゃん、あっ、お友達の麻衣ちゃんがそのドラマに出て来た人が遠野君に似ているって言って、遠野君って誰? って聞いたら凄く驚かれて、恵梨香ちゃんが遠野君を呼んだの。そしたら恵梨香ちゃん、私が遠野君のこと忘れたんだって言ったの。それで、遠野君が酷いなぁって』
『そっか、トオヤ君って他の人とも仲良さそうなのかな?』
『うん、凄く仲良さそう』
『トオヤ君ってどんな人?』
『分からない』
『分からない?』
『……』
『他にトオヤ君と何かお話した?』
『してない』
『どうして?』
『怖い』
『怖い?』
『だって……何されるか分からない』
『何かって……いえ、トオヤ君は紗季ちゃんに何か意地悪するのかな?』
『ううん、そんなことしない。でも……』
『でも?』
『最近……私の事よく見てる気がする』
『……そっか。ふむ……』
『やっぱり私って変?』
『ん? うぅん……逆に紗季ちゃんは自分のどこが変だと思う?』
『え?』
『少しだけ、考えてみて』
『……分からない』
『紗季ちゃんは虫は好き?』
『嫌い』
『どうして?』
『ウネウネしたり、ざわざわしたり気持ち悪いから』
『そっか、じゃあトオヤ君は?』
『え?』
『さっきトオヤ君は怖いって言ったけど、紗季ちゃんはトオヤ君が嫌い?』
『……うぅん。嫌いじゃない』
『そっか……ねぇ、紗季ちゃん。お父さんとは仲良い?』
『お父さん?』
『うん、紗季ちゃんのお父さん』
『うん、お父さんはいつも優しい』
『……そっか、お兄ちゃんとかは……いないもんね。他に家に誰か来ることはある?』
『……お母さん』
『確かに! お母さんを忘れちゃ駄目だね。他にはいない?』
『私、男の人に酷い事とかされた事無いよ』
『え?』
『遥香さんはそれが聴きたかったんでしょ?』
『……ははは、紗季ちゃんは頭が良いなぁ。これは先生一本取られた』
『一本だけ?』
『んん? 一本取っただけでも凄い事なんだよ。こう見えても私は凄い先生なんだから』
『ふふっ、ほんとかなぁ?』
『むー信じてないなぁ』
『ふふふっ』
『まぁ……でも、さっき紗季ちゃんが教えてくれたお陰で先生大分分かっちゃったかな』
『え?』
『紗季ちゃんの事』
『私の?』
『うん、紗季ちゃんはね。自分で少し変かもって思ってるだけで、本当は全然変じゃないって事』
『……嘘だ』
『うん、嘘』
『え?』
『嘘だって言ったんだよ』
『えっ、どうして……』
『じゃあ、本当の事聞きたい?』
『う、うん……』
『何があっても?』
『何がって……』
『紗季ちゃん、嫌な事聞くかもよ』
『それって……』
『それでも聞く?』
『……聞く』
『……』
『……』
『ふぅ、降参』
『え?』
『ホントはね。まだよく分かってないんだ』
『だって遥香さん……』
『ははっ、ゴメンね。一応私も先生だからソレっぽい事言わなきゃって思ったんだけど、紗季ちゃんにはバレちゃった』
『……』
『もしかして疑ってるなぁ? なら紗季ちゃんに質問!』
『質問?』
『紗季ちゃんはさ。今、私とお話してて私の事、どれだけ分ったかな?』
『どれだけ?』
『そう、例えば好きな食べ物とか、苦手な事とか、家族の事とか』
『家族……』
『……兄妹がいるのかとかね?』
『分からない……』
『なんでかな?』
『なんで?』
『そう。なんで?』
『知らない……から』
『だよね。私もね今の話だけじゃ紗季ちゃんの事まだよく分からないんだ』
『じゃあ、どうすれば……』
『もっとお話ししよう!』
『お話?』
『そう、私とも、トオヤ君とも!』
『え……』
『紗季ちゃん、大切な事を忘れちゃいけないよ』
『大切な事?』
『うん、本当に大切なのは紗季ちゃん自身が自分は変だって知る事じゃなくて、どうしたら楽しくなれるかなの。変か変じゃないかなんて関係ないよ』
『……』
『そんな事言ったら私の方が変なんだから』
『え?』
『ホントだよ。私、あまり言いたくないけど学校とかでイジメられてたんだから』
『……』
『でもね、今は楽しいんだ』
『え?』
『みんなでおかしな話をしたり、ご飯食べに行ったり……全部誰かと仲良く出来たからなんだよ』
『……』
『もう分ったかな。大切なのは……』
『自分がどうとかじゃなくて、みんなと仲良くすること』
『そう!』
『……遥香さんが言うなら私、遠野君と話してみる』
『ほんとに? そっか、じゃあ次ここに来たらその時の話を教えてね。それじゃ、この話はおしまい。お母さんが迎えに来るまで私とお喋りしましょ』
ジジジ……ジジ……