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人類第五進化論  作者: 蚕糸暁
前書き
2/11

手紙_背景調査

前略

 

令和五年十月二十九日 一時三十五分 

日本医療研究大学付属病院 外科第五研究室にて待つ 

 

                                   敬具

令和■年■■月■日

                                  片峯亨


 日本医療研究大学付属病院、都内の一等地に立つその病院は日本屈指の大学病院で歴史的に古いと云う事もあるが特筆すべきはその規模にある。


病床数は三千五百を超え、内科、外科、小児科、婦人科を始め、心臓センター、リウマチ・自己免疫疾患センター等の専門クリニックを含めると(およ)そ四十六もの部署が存在する。当然、医療技術に関しても非の打ち所がなく、最新のMRI、CT、PETスキャナー、その他医療機器の導入に加え、五十室もの手術室により年間二万件、外来患者数に至っては年間五十万件にも及ぶ。


素人目にもその規模が露骨に見えるかもしれないが、その業績の裏にはこの病院が医療機関に留まらず、研究機関としても高い評価を受けている事が一翼(いちよく)(にな)っている。その実力は年間三百以上の研究論文を国際的な医学雑誌に掲載させる程で、特に難病の治療法確立という分野にはめっぽう強い。


難病とは治療難易度の高い病気ではない。本来の定義は発病原因が不明で治療法も確立していない事に加え、症例が極めて少なく長期的な治療を要する疾病(しっぺい)の事である。この言葉が本格的に使用され始めたのは戦後、二十世紀中期に蔓延(まんえん)したSubacute myelo-optico neuropathy(亜急性(あきゅうせい)視神経脊髄(ししんけい せきずい)末梢(まっしょう)神経炎(しんけいえん))通称『スモン』と呼ばれる奇病である。


初期症状は下痢や腹痛とありきたりなモノだが、次第に足先から痺れ感が発生し、徐々に胸と云った上肢(じょうし)にまで及ぶ。そして半数以上に運動機能障害が残り、その多くは下肢の筋力が低下し歩行がままならなくなる。また患者の内三割は視覚障害を発することもあり、最悪失明をすることすらある。右記症例以外にも舌や便、尿が緑色に変色すると()った目に見える症状が目立ち、当時はウイルス感染が原因と疑われ患者の多くは社会的に迫害を受けていた。


しかし原因はウイルスではなくキノホルム(clioquinol)という整腸剤の副作用によって引き起こされた薬物中毒であることが判明した。舌の変色はキノホルムの鉄化合物によるモノと判明して以来、右記製薬の販売停止、使用中止の行政措置をとり患者の発生は収束した。


が、患者からして見ればこれまでの経緯は酷い話しで、世間からは感染源として迫害を受けていたがその実は政府公認の市販薬が原因だったと云うのだからまさにとばっちりだ。それだけではない。もともとキノホルムは殺菌性の塗り薬として一八九九年にスイスで開発されたモノだが一九三五年にアルゼンチンでスモンらしい症例が発生し、一度キノホルムを劇薬に指定していた。にも関わらず、我が国では軍事利用の為に生産が拡大されていた。(はた)で聞けば過去の失敗談程度で済むかもしれないが、その身に置き換えれば何とも凄惨(せいさん)な話だ。


 誰だって怖い思いをしてまで(むご)たらしく死にたくはない。それでも御国の為にと赤紙片手に戦地に(おもむ)いてみれば、眼前で同じ釜の飯を喰った仲間が何の前触れもなく地雷を踏み抜き、四肢を吹っ飛ばしたのを御国の為と吐き気を堪えながら傍観、辛くも戦い抜いた矢先、脚は愚か両目も失い何も出来ない体になったかと思えば、今度はこれは売れると何も知らない記者に有る事無い事、それを鵜呑(うの)みにした阿呆共に迫害を受け、その結果全ては私達の勘違いでしたと。


赤紙を送った奴らは戦場に行ったのか、何故政府はこんな薬を使わせ続けた、どうして俺がこんな目にあわなければならない……()(かく)、この世界を創りし神にまとまな人生を送る事の許されなかった者を救済する為に日夜努力している反逆者がまさに彼らなのだ。


 さて、今宵(こよい)皆々様にお贈りする物語はお察しの通り世間一般には公開されていないとある■■■■(規制済み)についての話。当該病院には有能な医者が多数在籍している。が、その中にも当然、突出した才を持ち天才と称される者がいた。


それがこの物語の主要人物の一人、片峯亨という男である。


若干三十二歳という異例の若さで特任(とくにん)准教授(じゅんきょうじゅ)(けん)主任外科医(しゅにん げかい)という肩書を持っており、外科医として実力は勿論の事、学術界隈(かいわい)でも一目置かれている。肩書についてもそうだが、この男に関して特記すべき事項は奴が当病院で『難病指定医』をしている事だ。


額面上通り難病患者の治療を許された医師という意味もあるが、当該病院では所謂(いわゆる)その手の病気はまずこの男を通す事から始まる。勿論、外科医との業務と並行して。言ってしまえば当該病院は片峯亨という男に面倒事を押し付けている。期待からか、(ある)いは醜い嫉妬心からか。それでもここ数年間は上手く機能しているのだがらその采配は皮肉にも英断と云える。人の命に貴賤(きせん)などあってはならない。その全てを受け入れては投げ捨てる事のなく日々の治療に専念しているこの男はまさに表面上は医者の鏡なのだ。


だが残念な事に我々が普段見聞きしている情報の多くは所詮マクロの視点である。例えば倹約について、個人という観点で見れば人生を豊かにすることがあるが、全人類が同時に倹約を行えば経済は停滞し破綻する。同じ事象でも見る観点によっては百八十度評価が変わる。一見すれば美談で片付きそうな話でも、治療を受ける患者と云うミクロ視点でみたらどうなるのだろうか。


 さて、この物語は貴方がたにとって良い話になるか、或いは目を逸らしたくなる話か、それとも(わら)える話なのか。この■■■■(規制済み)は何処かのドキュメントなんかで取り上げるようなモノなんかではない。そんな話読んだ所で面白くもないだろ。これは所詮、只のエンタテインメントなのさ。


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