第1話 目が覚めっきり、ずっと迷子です。
いやぁ……まさかなぁ……。
俺は街のど真ん中に仰向けで青空を眺めながら、自分の腹を摩った。すると、俺の右手に多量の血液が付着した。
そう、俺は今、刺されたのだ。誰かまでは分からないが、ずいぶん恨みに満ちた顔をしていた。真正面から奴は向かってきたので、それは見えた。
それにしても、通り魔さんよ。恨みを誰かに晴らすのであれば、宛を間違えているぞ。
恐らく、お前は人生が滅茶苦茶になって、普通に穏やかに幸せな生活を送る人に恨みを覚え、こんな見ず知らずの俺の腹に大穴を開けたのだと思うのだが、俺はお前が恨みを買うような、幸せな人間なんかでは断じてない。
こう、死の淵に立って人生を振り返ってみれど、改めて糞みたいな人生だと思えるような人生だ。
中学でいじめに遭い、そこから、引きこもって、今十六歳で死ぬ人生。刺したお前よりも味気ない残念な人生を送ったはずだ。多分。
最期は殺した相手に向けた文句か……。と自分の哀れさをもう一度噛み締めながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
そして、その最期の最期に思ったことは、
───童貞くらいは卒業したかったなぁ……。
そんな、とある無職のなろう小説の主人公みたいなことを思った。
*****
そして、俺の意識が回復した。
もう、天国なのかな。いや、俺には地獄の方がお似合いか。
そう思いながら、目を開けてみる。
俺の地獄のイメージ通りの真っ赤な空でも広がっているのかとでも思ったのだが、予想と反し、真っ黒な空が広がっていた。
これは夜空か?
よく見たら、白い光がぽつぽつあるのが確認できる。星か。そうすると、これはやはり夜空らしい。
周りを見渡すと、そこは森であった。なんで俺はこんなところにいるんだろう。
ふと、俺は腹を摩る。そこに穴はなかった。お腹を直に見ても、傷一つない。あれが後遺症なしに治るなどないだろう。
その時、俺はとあることを思いついた。
───これ、転生したんじゃね?
ラノベの影響を受け過ぎてどうにかなっていた俺はそんなことを思ってしまった。
俺は異世界転生した。そう、咄嗟に思ってしまった。
流石にここまでくれば中二病にもなってくるか。と自分の考えを卑下した。
しかし、その考えは間違っていないようであった。
丁度、空にドラゴンらしき姿が見えたからだ。
間違いない。ここは別世界。すなわち異世界だ。
「くそ……。こんな森の中で迷っている最中だというのに」
俺は今、月明かりを頼りにこの森を抜けだそうと尽力していた。そんなときにこんな怪物の存在を知ってしまったら、流石に腰が抜けた。
───もしかして、これかなり生命の危機なのではないだろうか。
アイツの様子を瞬間に見た感じ、餌を探すこために、このあたりを飛び回っているように見えた。
*****
とりあえず動こう。
俺は森中を走り回った。何とか、アイツに遭遇して喰われる可能性を減らすためだ。
しばらく走っていると、何やらあたたかい光が見えてきた。間違いない。人が放つ光だ。こんなところにも人がいたのか。
草陰から様子を探ってみると、どうやら集落らしい。人が獣、魔物除けと思われる焚火を焚いている。例の明かりはこれであったか。
ひとまず今日はこの集落にご厄介願おうと思い、そのうちの一つの家に入った。
「すみませーん……。ちょっといいですか?」
俺はそう言いながら、木製の扉を開けた。
「あら?どうしたの?こんな時間に」
そこには、たいそう美人な女性がいたのだ。しまった、女性の家であったか。これではただの怪しいやつだ。
「どうしたのですか?この集落の人ではないようですが、冒険者の方ですか?」
「冒険者……。まぁ、そう言うわけではないのですけど……」
迷い人。そう言ったほうが正しいか。
「とにかく、ちょっとここで一晩泊まらせていただけないですかね」
正直、希望は薄かった。しかし、彼女は
「うん。いいわよ、別に……」
意外にも受け入れてくれた。謎だ。この状況、俺なら絶対断るだろうに。
「え?じゃあ、失礼します!」
そう言って、とりあえず、お邪魔させてもらった。
*****
彼女の名前はナオミというらしい。日本人のような名前だ。
どうやら彼女は夫と暮らしていたのだが、その夫が森に狩りに出たときに行方が分からなくなり、それっきり一人きりのようだ。気の毒である。
それにしても、彼女の飯はなかなかに美味であった。ここ最近はずっと即席麵であったから、なかなかに舌が喜んでいる。
風呂も気持ちよかった。どうやら、この世界にも風呂という文化があるようで良かった。たまには入っておきたいからな。たまには。
ベッドもなかなかにフカフカなものであった。元々、夫のモノだったのだろうか。しかし、妙に大きい気がするのは気のせいだろうか。
まぁ、特に気を留めずにそのベッドに横になった。
*****
それから、何時間経っただろうか。
この現状、正直、非現実過ぎて、どうも理解が追いついていない。よく思えば、まず、何なのだ。異世界って……。
そう幾度考えても、どうしようもない気がするが。
ガタッ……
物音が聞こえた。いや、これは足音か。
ガタッ……ガタッ……
その足音は徐々に近づいている気がする。今、この家にはナオミしかいないはずだ。つまり、この足音の主は彼女ということになる。何か、忘れていた家事でもあったのであろうか。
ガタッ……ガタッ……ガタッ……
いや、違う。この音……。俺が今いるこの部屋に近づいている。
そして、扉が開いた。
「あら、起きてたの?」
「ええ、はい……」
何故だ。真っ暗のはずなのに、ナオミの顔が鮮明に見える。これは、メスの目だ。まずい、襲われる。その危機感を察した。
「あ、ちょっと失礼します」
俺は咄嗟に立ち上がり、逃走を図った。
「あら、まだ暗くて危ないわよ?それに、私が楽しいことしてあげる♪」
「童貞は卒業したいけど……。俺は熟女好きじゃないんだよ!!」
俺はそんな捨て台詞を放ち、彼女を振り切った。
「ちくしょう……!どうなってんだ!」
今まで、誰一人として女にモテなかった俺。
何故、彼女はあんな雌の目をしたのであろうか。
*****
集落を離れて、しばらく走った。光は全く見えないが、視界は悪くない。光がないのに、見える。一体、どういうことだ。
しばらく、走っていると……。
どうやら、俺は囲まれてしまったようだ。
その生物はオオカミに似た形状をしている。しかし、それよりかは大きく、気性も荒く感じる。これがモンスターか?
どうやら、敵の数は三体。綺麗にか三角形を作って俺を囲っている。しかし、何故そんなことが分かるのだろう。謎に自然と情報が頭に入っていくのだ。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
相手の数、配置を知ったところで、俺に攻撃の術はない。このまま逃げられるか?
否。こいつら、普通に速い。
万事休すか……。そう思っていた時、俺の周りに緑色の光が輝いた。
その光は弱いものであったが、突如、閃光弾の如く激しく光り輝いた。それによって、魔物はショックを受けて陣形は崩壊。俺は一命を取り留めた。
「ふぅ……助かった」
俺はその場で尻餅をつく。もう、クタクタだ。
しかし、これからどうしよう。空を見た感じ、朝日が昇る気配はない。
「いやはや、しかしこのような逸材は久しぶりですね」
いきなり、そんな声がした。女性の声だ。
周りを見渡すと、やはり、暗闇が広がっている。不思議と周りの景色は分かるのだが。
いや、一つ何かがあった。俺の命を救った緑色の光だ。大きさは手のひらサイズで丸い形をしている。
それは、浮遊し、俺の前に当たる部分に移動すると、先ほどの閃光ほどではないが強く光り、それとともにその光を発する物体が大きくなっていった。
その最終的な姿を見て、俺は驚愕した。
俺の目の前には、緑色の長い髪を持った全裸の美少女が立っていたのだ。