対人戦の上位ランクに行くには、生産職でプレイヤーを直接攻めたほうが早い件について
ここは、全身装着・没入型VRMMORPGが当たり前になっている近未来。そこで全世界的に流行っているのが『バトルファンタジー・オンライン』。
それはまるで「現実よりも鮮明な現実」というのを謳い文句としており、映像から何まですべてリアルに作られている。
大手ゲームメーカーが多大な開発費をかけて制作したそのゲームは、特にPvP、つまり「対人戦」が人気であり、巨額の賞金を懸けて大会が行われるほど。
その殆どのプレイヤーは、斬撃の強い侍タイプの「ヤマト」だとか、あるいは機動力が高いアサシンタイプの「ミヤビ」とか、あるいは圧倒的な魔力で相手を蒸発させる「マヤ」だとか、そういう戦闘職が当たり前のように人気であり、殆どのランクは、そういった職業が占められている。
しかし……。
ランクのトップ50位に、異質を放つプレイヤーが一人だけいる。
藤崎タクミ――職業、生産業全般。
◇◆◇
俺は例によって、ゲームダイブシステムを装着し、そして、『バトルファンタジー・オンライン』の世界へとアクセスする。
そして、広場に降り立つと、さっそくコロシアムへ直行する。
そこには、受付嬢の櫻木マヤがいる。
「こんにちは、国安マサさん。こないだのレイドボスはお疲れさまでした」
そう言って、櫻木はにっこりと笑う。
「さすがに、ここまでステータスを上げてしまうと、あのボスですら簡単に倒せてしまうな。今回のは初心者向けというのもあったから、ヌルかったとも言える。それで……」
「はいはい、対戦相手のマッチングですね」
そう言いながら、櫻木はウィンドウを画面に表示させると巧みにパネル操作を行い、名簿から対戦相手をチェックする。
――正直、まだ温まってないから、あまり強い相手じゃないほうがいいんだが。
櫻木はオンラインになっているプレイヤーを探す。
「そういえば、国安さんは、『彼』とは一度当たったことありますか?」
――このコロシアムで『彼』と呼ばれるほど、独特で個性的な人物は一人しかいない。
「藤崎タクミさんなら、すぐにマッチできます」
その名前は知っているが、初めての相手だ。
俺は、宙に浮かぶ「マッチ承諾」のボタンを手で押すと、そのまま準備室へと向かう。
対戦前の対戦相手情報を見ながら考える。
「戦闘スキルレベル・B、補助スキルレベル・C、生産スキル・S+……」
明らかに、相手のステータスは、対人スキル向けの構成をしていない。
公式からは、生産スキルに関するバグの悪用については報告はされていない。従って、藤崎タクミは恐らく不正を行っていない。
次に、生産スキルによって、装備アイテムを神話級にし、装備を強化し続けることによって、無限にステータスの底上げをすることは可能だ。
しかし、それならば別に購入したり、同じ生産スキルS+の人間を雇えばよい。
能力を上げるバフアイテムを複数重ねることによって、膨大なステータス上昇ということも考えたが、これはひと昔のメタで、今のパッチでは既に弱い戦略だ。
生産職なのに、PvP(対人戦)でトップを取り続ける男。
その戦略は全くわからない。
そのうち、制限時間が差し迫り、俺はポータルへと向かう。
大丈夫だ。ここまで頑張ってきた俺なら勝てる。
神童・期待の新星・天才……。
『バトルファンタジー・オンライン』を初めて半年でプレイして、トッププレイヤーまで上り詰めた俺なら、勝てる筈だ。
「もうすぐ、三〇秒前になります。対戦プレイヤーの方はコロシアムに降り立ち、そして既定の位置に立ってください」
そのアナウンスが流れ、俺はコロシアムのポータルの中に入り、転送される。
移動すると、既にコロシアムの中心には藤崎タクミがいる。
藤崎タクミは、俺のほうを見ると、にっこりと笑って、爽やかな挨拶してくる。
「国安さん、今回は対戦よろしくです!」
しかし、その笑顔の裏には何があるかはわからない。
俺は警戒を隠さず、握手にこたえる。
「それでは、試合十秒前です・九・八……」
そして、二人は規定位置に立ち、カウントダウンが終わるのを待つ。
三・二・一……。
ゴングが鳴る。
試合開始だ。
俺は、開始と同時に『神速』スキルを発動し、一気に藤崎タクミの懐まで飛び込む。
「『一刀両断』!」
俺はそう叫ぶと、右手に握った太刀を藤崎タクミに振りかざす。
しかし、藤崎タクミはそれを間一髪で回避する。
藤崎タクミといえば、何やら『万能粘土』と呼ばれる、生産スキルS+でなければ扱えないアイテムを必死でこねている。
『万能粘土』。
それこそ生産スキルトップ層にしか使えない最強の生産アイテム。
どんなアイテムですら作ることが出来る、魔法のアイテム。
それこそ、神話級の武器だって生み出せる、この世界ではチート級に強力なアイテム。
俺はもう一度スキルを発動させて斬り込むが、それもまた回避される。
……恐らくこの動き、『回避』にSを振っているな。
そして、攻撃・命中がBだと考えると、防御はDくらいだろう。
一発当てることが出来れば、こちらの勝利だ。
俺は、『一刀両断』を連発し、藤崎タクミのスタミナを削っていく。
スタミナを削れば、回避が出来なくなり、動きが鈍る。
そこからアルティメット・スキル『龍撃剣』が叩き込めれば、こちらの勝ち。
そう思った時だった。
急にお腹が減り始めたのだ。そして、お腹の空腹を訴える音がどんどん大きくなり、痛くなりはじめる。
俺は我慢が出来ず、うずくまる。
一体、藤崎タクミは何を……。
そう言って見上げると、彼は神話級の品質を持つ「ステーキ」だ。
恐らく、ステーキの美味しそうな匂いと、その視覚的な効果によって空腹が刺激され、強化されているのだ。
「国安マサさんのために、解説をしておきます」
そう言いながら、藤崎タクミは得意げな顔をする。
「この世界において、『料理』というアイテムは蔑ろにされています。
確かに、多くの場合は、レア品質か、最高でもエピック程度の品質で、その効率は止まると言われており、料理人ですら、その最高品質を作ることはありませんでした。なぜなら、外に効果的なポーションはいくらでもあるからです。
しかし、私は気が付きました。
最高品質を突破した料理は、こだわりが詰まっており、視覚・聴覚・臭覚、五感をすべて刺激すると」
視覚。
焼き立つステーキの焦げ目と鮮明な赤い部分と共に、肉から終始肉汁があふれ出ている。
聴覚。
肉汁の弾ける音や、ステーキが焼ける音。それはまるでオーケストラのように、腹を刺激する。
嗅覚。
ガーリックが焦げる臭いと、香ばしいステーキの香り。
「さらに、ゲーマーは食事をすっ飛ばしてこのゲームをプレイすることが多い。特に対人戦のトップランクに属しているプレイヤーなら、特にそうだ。彼らは気が付いていないが、潜在的に飢えている」
俺はもう藤崎タクミのステーキのことで頭がいっぱいで、スキルを放つ余裕はなかった。
「別にキャラを倒さなくていいんです。VRの世界では、キャラクターではなく、プレイヤーを倒せばいいんです」
ゆっくりと藤崎タクミは近づいてくる。
俺はと言えば、空腹で戦意が完全に消失していた。
そして、そのまま藤崎タクミは、神話級フライパンで俺を殴る。
9999ダメージ。
俺の負けだった。