3話
父と清香さんが役所に婚姻届けを提出するのは今日。
そして義理の母親となる清香さんと娘の卯月が家で暮らすことになるのも今日から。
つまり卯月と俺は今日から帰る家が一緒になる。
「あれ? 卯月がいない」
放課後。
卯月が家まで着けるか心配した俺は一緒に帰ろうと彼女を探した。
だが卯月は先に帰ってしまったのか教室には既に卯月の姿はなかった。
「あ、いた。おい! 卯月!」
学校の門を出てすぐのところで卯月が歩いているのを発見した。
「勝手に帰るなよ、教室にもういないし、探したぞ」
「……なんの用?」
「なんの用って。場所案内しようと俺思って。心配だし」
「中学生なんだからわかるに決まってるでしょ」
駆け寄る俺に驚くほど塩対応をかました卯月は、呆気にとられる俺を置き去りに再び歩き始めた。
卯月の後ろを俺はなんともいえない気持ちで歩いた。
「ただいま」
「おじゃまします」
「はいはーい、おかえりなさい。二人とも学校お疲れ様」
家に帰るとエプロン姿の清香さんが玄関で迎えてくれた。
「もうすぐご飯できるからね。今日はスーパーで牛肉が大特価だったの」
「へえ牛肉! 楽しみだな。俺も手伝います」
「あらありがとう。ふふ、悠樹くんは豆腐とじゃがいものお味噌汁が好きって聞いたから作ってみたの」
義理の母親といえ清香さんの笑顔に俺はかつての温かさを思い出した。
そうだ、こんな感じだったな。
父は仕事でいつも先に家に帰るのは自分だったため、玄関で誰かが迎えてくれるのは温かい気持ちになった。
「それと桃。“おじゃまします”じゃなくて“ただいま”でしょ。ここはもうあなたのお家なのよ」
「うん」
清香さんが台所の方へ行くと、俺と卯月は二人きりになった。
玄関で続く沈黙に、自分の家なのにとても居心地悪く感じた。
話ふってみるか。
「なあ好きな動物なに? 俺は犬」
「……」
「やっぱ可愛いのでいえば猫? ウサギ? 俺は世界最大のげっ歯類のカピバラも好きだな」
「……」
いたたまれないくらいの静寂だった。
「あー……清香さんも父さんも俺たちが同じクラスって聞いてビックリしてたよ。それくらい知っとけって感じだよな」
「いいよ片瀬。無理して話さなくても」
「え、いや、無理だろ同じ空間で会話ゼロとか……つーかお前も片瀬な。俺たち一応家族だから」
一応家族ってなんだ。
自分でもそう思った。
「あー……だから、まあ、お前も料理一緒にしようぜ?」
「は?」
「は? って、俺だけ手伝わせる気か。俺たち今日から兄妹。悲しみも喜びも家の手伝いも分かち合おうぜ」
「そうじゃなくて。あんた脈絡おかしくない? どうしてそんな流れになるの」
「細かいこと気にすんなよ。ほら、行くぞ」
手を引っ張ると卯月は驚いた顔を浮かべた。
お、やっと顔に変化があった。押しには弱いのか。
三人で作った夕飯を見て、会社から帰宅した父はとても嬉しそうな顔を浮かべた。
新しい家族になって初めての夕食は穏やかだった。
四人仲良く食卓を囲めたことに俺はちょっとほっとした。
「ほっとするってことは俺もまだぎこちないのかな」
「だから無理なんかしなくていいのに」
食器を片付けながらふと呟いた言葉に卯月が後ろから言ってきた。
「さっきの話。嫌いな動物ならいるわ。ウサギ。ひとりだと寂しくて死んじゃうところとか情けなくて」
ちゃっかり空になった麦茶のビンが置いて去っていく。
「なかなか妹の素質はあるんじゃないか?」
お疲れ様です。続きます!