虐げられた少女が前を向き、幸せをつかむ物語。~家族の後悔~
虐げられた少女が前を向き、幸せをつかむ物語。の家族side
『お兄様、どうして信じてくれないの?』
ティアンヌが、泣き出しそうな顔でこちらを見ている。
『お兄様、私はカトリークのことが嫌いじゃないわ!』
ティアンヌが、悲しそうな顔でそんなことを言う。
『お兄様!! 私は、そんなことしてない!』
ティアンヌが、必死にそんなことを言う。
――でもそれを、俺は信じなかった。
妹のティアンヌと疎遠になったのは、父上の親戚の娘――カトリークの両親が亡くなってからだった。
屋敷で引き取ることになったカトリークは、可愛らしい女の子だった。
ティアンヌという可愛い妹に加え、もう一人妹が出来るのだと俺は嬉しかった。
俺に向かって“お兄様”と愛らしく呼びかけるカトリークは俺にとっての可愛い妹になった。
ティアンヌだって、カトリークと仲良くなるだろうと思っていた。
けれど、カトリークが「ティアンヌに嫌われているみたいです」と悲しそうに俺に相談してきたのだ。
意地悪をしてきたと、そんな風に。
ティアンヌがそんなことをするはずがないと思った。ティアンヌはもしかしたら家族を取られたと思って仲良く出来ていないのかもしれないと思った。
けれど、ティアンヌは”嫌っていない””意地悪していない”としか言わなかった。
俺は最初はそれを信じていたけれど――ただカトリークがあまりにも悲しそうに泣くから、それが演技だなんて当時の俺は気づけなくて、ティアンヌに仲良くするようにしか言えなかった。
そして話し合いの場で、カトリークが「ティアンヌにティーカップを投げつけられた」なんて言った。
俺は信じられない気持ちになったけれど、そもそもカトリークがそんな嘘を吐く必要もなく、悲しそうに「私が悪かったの。ティアンヌは悪くないの」とかばう姿を見ると信じてしまった。
カトリークがティアンヌに階段から落とされたり、責められたり――俺はその場を実際に見ていたわけではなかったのにあまりにも悲しそうになく愛らしい少女――カトリークがそんな嘘を吐くはずがないと決めつけてしまった。
ティアンヌの話を……いつしか俺たちは信じなくなってしまった。
ティアンヌは徐々に笑わなくなった。
何度目かの話し合いの場で、ティアンヌはカトリークの顔を焼こうとして……自分の顔を焼いて、仮面を被るようになった。カトリークの慈悲で家に置いているが、どうしてこんな性悪なティアンヌが自分の妹なのだろう――と俺は本気で思っていた。
……第二王子であるケール殿下とその聖獣によって、ティアンヌとカトリークの真実を知った今はどうして実の妹であるティアンヌを俺は信じてやれなかったのだろうというその気持ちでいっぱいである。
大切な妹だった。可愛くて素直で、俺のことを「お兄様」と慕っていた優しい子だった。
……なのに、俺は、いや、俺たちはカトリークに騙されていたとはいえ、ティアンヌを信じてやれなかった。
カトリークがずっと嘘を吐いていたこと。
ティアンヌのことを脅していたこと。
ティアンヌのことを奴隷と口にしていたこと。
ティアンヌにだけ冷たかったこと。
その事実を俺は魔法具で見せられた。
ケール殿下がわざわざ王家で保管している魔法具を使って、ティアンヌとカトリークの記憶から抽出したものを見せられる。
ティアンヌはケール殿下の屋敷で過ごしている。ケール殿下のことを慕っているようで、笑って過ごしているとは聞いた。
……俺も母上も父上も、弟のヴィルネも、使用人たちも謝った。
俺たちのやらかしてしまったことは、到底謝っても許されることではないけれども……。
だけどティアンヌは優しい子で、「カトリークからお兄様達が離れられてよかった」なんて言って笑っていた。
……俺たちは酷いことをしたのに。ティアンヌのことを信じてあげられなかったのに。散々ひどいことを言って、ひどい対応をして……ティアンヌからそんな風に笑みを向けられる権利なんてないのに。
そもそもティアンヌがカトリークに逆らえなくなったのは、カトリークが言うことを聞かなければ俺たちを害するなんて脅していたかららしい。ティアンヌが反抗するとヴィルネに怪我をさせたりしたというのだから、本当にぞっとする。
俺たちはティアンヌに酷いことをし続けていたのに、ティアンヌはずっと俺たちのことを守ろうとしていたのだ。
それを思うと胸が痛かった。
ティアンヌの笑みなんて、もう何年も見ていなかった。それは俺たちが遠ざけていたもの。俺たちが失わせてしまったもの。
ケール殿下は俺たちに謝罪する機会を与えてくれたし、ティアンヌが望むならこれからも会わせてくれるとは言っていた。
だけど、ケール殿下としてみれば会わせたくはなさそうだった。……それはそうだろう。俺たちはそれだけのことをした。
社交界にも出さずにたった一人で、屋敷で孤独にさせた。カトリークのことだけを信じて、寧ろ悪評を広めてさえいた。……本当に、なんてことをしてしまったのだろう。
「ごめんなさい。ティアンヌ。ごめんなさい……」
母上は、屋敷で最近いつも泣いている。
「………」
父上は、喋らなくなった。ただ黙々と領主の仕事をやっているだけだ。
弟のヴィルネは、屋敷にほとんど帰ってこなくなった。
使用人たちも暗くて、屋敷の雰囲気はどんよりしている。
……皆、ティアンヌが好きだったはずなのだ。俺だってティアンヌを可愛い妹と思っていたのだ。兄だからこそ、ティアンヌを守らなければと思っていたのだ。少なくとも、昔は。
それなのに……それと正反対のことをしてしまった。
ティアンヌが俺たちを許そうとも、俺たち自身は俺たちを許してはいけないのだ。
徹底的にティアンヌを不幸にしようとしたカトリークが一番悪いけれど、それに騙されてしまってティアンヌを信じられなかった俺たちも同罪だ。幾らカトリークを信じたからと言って、酷い言動をするべきではなかったのだ。
……まだ小さかったティアンヌは、どれだけ怖かっただろうか。
俺は過去の記憶を見て、ぞっとした。見たこともないカトリークの表情や言葉が怖いと思った。そんなものを、ティアンヌはずっと八年も受けてきていたのだ。
怖くても、苦しくても――カトリークからの命令を断れば家族に何かあると、だからと言って受け入れていたのだ。
「ごめん、ティアンヌ。本当にごめん……」
考えれば考えるほど、俺は一人の時もただそんな風に謝罪の言葉を口にしてしまう。
スヴィエザ家の評判は地に落ちている。
たった一人の少女に踊らされ、ティアンヌを迫害し続けた。
そんなことをしたスヴィエザ家が貴族社会で距離を置かれるのは仕方がないことである。
俺たちの家は直接罰を受けはしなかった。それでもこれから我が家は大変だろう。
それでも逃げるわけにはいかない。
後悔してもやってしまったことはどうしようもない。過去は変わらないし、結局俺たちに出来ることは信頼を回復させることだけだ。
ティアンヌにしてしまったことはなくならないし、ティアンヌが許しても忘れてはいけない。
俺たちはずっと罪悪感を感じながら、その罪を背負いながら生きていくしかないのだから。
というわけで前に投稿した「虐げられた少女が前を向き、幸せをつかむ物語」の兄sideでした。
投稿は大分前ですが、書きたかったので投稿しました。