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嘘(6)

 翌日の昼休み、図書委員会から本を返却するようにと督促状が届いていた。そういえば借りたっきりの「竹取物語」は途中まで読んだまま放りっぱなしだった。本なぞ読み慣れていないものだから読み進めるのに時間がかかったし、あんな事があったからすっかり忘れてしまっていた。

 督促状なんてものが届いたのは別にこの学校の図書委員会がケチ臭いというのではなく、そろそろ三月になって年度末に向けての帳簿整理があったからだ。そういえばそろそろ春休み。それが終われば私達は四年生に進級する。

 その日も美津子の見舞いに行き、帰ってからは竹取物語を読んだ。

 読んでみればなるほど、かぐや姫そのままだ。元々半分以上は読んでいたので、頑張って、なんとか寝る前には読んでしまう事が出来た。


 子供の思い込みというのは本当に怖いものだ。

「月に行ってくる」

 美津子も最初は何かの冗談だと思ったらしい。「気をつけてね」なんて笑っていた。 竹取物語を読み終えた数日後の事だ。

「信じてないでしょ。けど、これならどうよ」

 私は鞄を漁って、一枚のチケットとカードを美津子に手渡した。

「セフィロート行チケット? こっちは雅幸先生の……」

「そう、六ッ菱のIDカード。この二つがあれば、あの軌道塔を使って、きっと月まで行ける筈だよ」

 それらはいつか雅幸先生に「院長に渡してくれ」と頼まれた封筒に入っていたものだ。綺麗さっぱり忘れていたそれを、昨日鞄の底から発見したのだ。中にはあと何枚か難しい書類みたいなものと、手紙が一通入っていた。

「雅幸先生が六ッ菱の関係者だなんて……けど、何でこんなもの持ってるの?」

「別に盗んで来たとかじゃないよ。雅幸先生から預かったんだ。何か、捨ててもいいって言ってた」

 私は事情を説明して、一緒に入っていた手紙を美津子に見せた。

 手紙は院長が書いたと思われる六ッ菱重工のあるセクションへの勧誘で、既にポストが決定しているという内容だった。そのセクションが宇宙にあるらしい。

「って事は、雅幸先生は六ッ菱の就職採用を蹴ったって事?」

「……みたい。なんか、この艶月って人が全部勝手にやった事みたいだから、雅幸先生が怒っちゃったんじゃないかなぁ。まぁ、あの先生らしいっていえばらしいけど。この艶月って言う人があの院長先生の事かな」

「院長に渡してくれって言われたんでしょ? ならそうじゃないかな。そういえば私も名前を聞いた事ない気がする」

 二人でしばらくうーんと唸っていたが、いくら考えても詮無い話だ。

「で、何で月なの? 何しに行くの?」

 ドキリとした。それはあまり聞かれたくない話題だった。

「薬を取りに行くんだよ。ホラ、竹取物語の最後に出てくるアレ。それに月には兎が居て、薬を作ってるって言うし。きっとそれ飲めば美津子の病気もすぐに良くなるよ」

 今考えれば笑ってしまいそうな話だ。けれどその時の私は大真面目だった。

 何故そんな話を信じ込んでしまったのかは解らない。小学三年といえば、そろそろ御伽噺と現実の区別くらいついても良さそうな年の筈だ。

 多分、狭い世界しか持たなかった当時の私にとって、月なんて場所は現実の範囲外で。あの金色に輝く綺麗で小さい場所に行けば何かあると思っていた。アポロ11号がもう何年も前に月を踏んだなんて知らなかったし、本当は月が金色じゃないなんて事すら知らなかった。

 あの夜空に浮かぶ衛星は、子供にとってきっと異世界とか天界・魔界くらいファンタジーな場所だったのだと思う。

「私のためなの?」

「まあね。約束したじゃん、治ったら一緒にまたあの公園に行こうって」

 私はニッと笑って見せたが、それを聞いた美津子は逆に泣き出した。私は何故美津子が泣いているのか、その理由が解らなかった。けど、

「はろー、みっちん。元気ィ?」

院長先生が入って来たから、その話はそれっきりになった。もし、話がバレて例のものを取り上げられたりしてはたまらない。手紙やカードは慌てて仕舞った。しかし、病人に向かって「元気ィ?」はないだろう。元気ならこんなとこに居る筈ないじゃないか。

 院長先生によって美津子の診察が始まった。

 最初はその様子を眺めて、美津子がもうブラをつけている事に驚いたり、その中身を覗いたりしていた──もちろん、美津子は恥ずかしがっていた──のだが、面会時間が終わってしまったので私は帰る事にした。

 立ち去ろうとする私に美津子は「ちょっと待って」と、わざわざ診察を中断させて、脇に置いてあったバッグの中から私に小さな箱のようなものを取り出して「持って行って」と私に手渡した。

 箱のように見えたのは、折畳式の赤い携帯電話だった。

「うん、ありがと。借りとくね」

 勿論、電源は切られていたが、スイッチを入れるとちゃんと通話状態になった。

「こおら。病院の中で携帯の電源を入れるんじゃないよ」

「ちょっとだけ。ちょっとだけ」

 携帯電話を持つのが嬉しくて、私はそれを弄り倒したくなった。

「美津子っ」

 携帯のカメラで美津子を激写。変な短いメロディが流れて、服をはだけたままの美津子が携帯のメモリに格納された。

 最初は「もうっ」と膨れていたが、「もう一枚。ほら、笑ってー」と携帯を構えると、服を正してはにかんだ。それを再び撮る。本当は正面きって微笑んでいるのが理想だったが、それはまたの機会にしよう、と携帯の電源を切って鞄に仕舞った。

「じゃあ、また来るね」

 私はニヤリと右手の親指を立ててサムズアップすると、病室を後にした。


 それが。私が生まれて初めてついた嘘である。

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キネノベ大賞8
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