濡れ衣をかけられた王妃様
IF〜もし、果竪が屋敷に追放されず王宮で幸せに暮らしていたら――という設定で書かせて頂いています。
本編のパラレルワールド的なお話です。
その日、たまたま残業で遅くなった男は月明かりに照らされた夜道を駆け抜けていた。
新婚3日目。
愛しい妻が一人待つ家に早く帰りたかった。
あと少しで自宅という所で彼はふと後ろから近づいてくる何かに気付いた。
まさか、変質者?
いや、自分は男だぞ。
となれば物取りか?
とにかくこのまま家に戻れば妻にも被害が及ぶかもしれないと男は応戦を覚悟して振り向いた。
が、次の瞬間。
彼の悲鳴が辺りに響き渡ったのだった。
「果竪、正直に仰って下さいな」
「何をよ」
眠い眼をこすりながら、用意された朝食をモシャモシャと食べていた果竪と、とっても神妙な面持ちをした明燐。
明るい食堂には余りにも似つかわしくない重たいオーラを背負う明燐に、果竪は食べかけの食パンを一気に口の中に詰込み牛乳を流し込んだ。
「ってか、全然話が見えないんだけど」
一体この友人は自分に何を言いたいのか?
次にフルーツに手を伸ばした時だった。
「これですわよこれっ!」
明燐がバンっと朝食の載ったテーブルの上に置いたのは、凪国で最も親しまれ流通している『炎水界新聞』――しかも凪国版。
その一面トップ記事を指さしながら明燐は叫んだ。
「昨夜、夜遅くに新婚3日目の青年が変質者に襲われたという事件!」
「女性の間違いじゃなくて?」
青年が変質者に襲われる………………まあ、確かに変質者といえど全てが異性好みだけじゃないし。ってか、変質者は女性かもしれないし。
「問題はそこじゃありませんわっ!」
そう言うと、明燐は新聞を掴みトップ記事が見えるようにバンっと果竪の前に突きつけた。
「この青年を襲った変質者が問題なのですよっ!」
「ってか襲ってる時点で問題でしょうが」
果竪の言う事は最もだった。
しかし明燐はそれを綺麗にスルーして叫んだ。
そう、彼女が最も言いたい言葉を――
「この変質者は着ぐるみを着てましたの」
「何の」
「大根の」
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…………
「え?!何その素敵な出会いっ!」
寧ろ自分が出逢いたかった!!!
そう全力で思うのは、大根愛して○○○年の果竪。
色々と思考がぶっ飛んでるのも大根を愛しすぎているせいだった。
「くぅぅ!その場所はどこよっ!」
「王都から南西二十キロメートルにある街ですわ――って違いますっ」
明燐はパンっと新聞を叩いた。
「果竪、今なら陛下の権限でもみ消して差し上げます。ですから正直に仰って下さい」
「だから何を」
「この変質者が貴方だという事を」
その瞬間、食堂の時は確かに止まった。
「………………は?」
ようやく解凍された果竪はそれだけしか言えなかった。
ってか、今この友人は何て言った?
「明燐、今なんて」
「だって、こんな馬鹿な事をするのは果竪しかありえませんわぁっ!」
「馬鹿ってなんだぁ!」
「この天界広しといえど、大根の着ぐるみを着た変質者の正体に果竪以外の誰が考えられるんですかっ!」
「人を変質者扱いするなっ!しかも何その偏見っ!」
「じゃあ違うって言うんですか」
「当たり前じゃない」
果竪の激高ぶりに、それまで激高していた明燐がようやく冷静さを取り戻す。
そうだ。確かに自分の早とちりだったかもしれない。
いくら果竪が大根狂いでも、こんな人様に迷惑かけるような事は――
「私が着ぐるみを着るときは大根と愛を語らう時だけよっ!」
前言撤回。思いきり周囲に迷惑をかけている(但し王宮限定)
「ってか私の愛する大根を着てなんて事してるのよっ!」
今度は果竪が新聞を握りしめて叫ぶ。
下手をすれば自分の愛する大根の名に傷が付いてしまう所行。
その変質者に殺意を覚える。
そんな果竪に、明燐が口を開いた。
「……果竪、本当にそれは果竪ではないんですね?」
「だから、そんなことは」
「大根の着ぐるみを着たままその青年の服をひんむき肌を厭らしくなでまわしてないんですね?!」
「誰がするかそんな事っ!」
「だって新聞に書いてあるんですものっ!」
新聞には、危うく貞操を奪われかけた青年の事が書かれていた。
変質者が女性である事を切に願う。もし男だったら色々な意味でショックだろう。
どうやらこの被害者はノーマルな人らしいし。
「犯人も捕まってないし、てっきり兄ともども私は果竪が犯人だと思ってしまいましたわ」
「そうそう、ってかこういう事は自分の夫にやって下さいよ」
「うわっ!宰相っ!」
いつの間に部屋に居たのだろう?
気付けば、明燐の兄である宰相がにこやかな笑顔で立っていた。
「王妃様、御願いですからそういう事は夫である陛下に御願いします」
「どういう事をよっ!」
「服をひんむいて肌をなで回しそのまま本番行く事ですよ」
「誰がするかぁっ!ってか私は誰も襲ってないわぁ!」
「あれ?違うんですか?」
横に居る自分に視線を向ける兄に、明燐は頷いた。
「どうやら違うそうですわ。絶対そうだと思ったのですが」
宰相と侍女長。兄妹揃って酷い言い草である。
「そうですか、それは良かった。いえいえ信じておりましたよ王妃様。ってか、もし見知らぬ青年を襲うほど欲求不満であられればどうしようかと思ってまして」
「人をどういう目で見てるのよあんた達はっ」
まず間違っても仕えるべき王妃としては敬ってないだろうと果竪は確信した。
別にもともと敬われるような王妃ではないが、だからといってそんな変質者と間違われたのは腹が立つ。
いや、何よりも腹が立つのは
「この変質者よ」
果竪は新聞を握りしめながら言った。
「そうですわね……善良な市民がこのような」
「私の愛する大根を使ってこんな事するなんてっ!」
お前の大根じゃないだろう。
宰相と侍女長は同時に心の中で突っ込んだ。
しかし
「決めたわ!この犯人、私が捕まえてやるっ!」
そんな決意を新たにする果竪に届く筈もなかった。
本編がシリアスな分、こっちでハッチャけられればいいな〜と(笑)
こっちでは本編ではまだ出て来ない王宮の人達を多く出したいと思ってます♪