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ラルカ家

7 ラルカ家



 「お邪魔します」

 中に入ると薄暗い空間が広がっていた。

 入り口横のランプの薄明かりで木張りの床が照らされている。

 照明はこのランプのみであるため、部屋の奥は真っ暗だ。

 ここの家人(かじん)も僕や千代と同じように暗闇でも目が見えるのだろうか。


 部屋内を見渡すと木の柱が何本か、それとニ階へ上がるための階段が見える。

 部屋の広さは十畳ほどで先程まで居たメア家とは比べるべくもないが、物が少ないためそれなりの広さに見える。

 目立つものといえば部屋のすみの流し台と反対側のベッドぐらいなもので、まるで廃屋のようだ。


 奥へと数歩歩いたところで、部屋の右奥に妙な物を見つけた。

 壁際に据え付けられたベッド、その横にある椅子に人形が座っている。

 ウェーブの掛かった金髪に透き通った緑色の目、色白の肌をした等身大球体関節人形がフリル付きの白い洋服を着ている。

 メアがこの家に動く人形が入っていく所を見たと言っていたが、この人形がそうなのだろうか。

 見たところ動く気配は無いが、用心して少し離れた場所から話しかける事にする。

 とはいえ、何を話せばいいんだ………

 コミュニケーションが不得意とまではいかないが、いきなり初対面の相手と打ち解けられる程の話術は持ち合わせていない。

 千代の場合は彼女自身の柔和な性格のおかげで会話ははずんだし、メアと会ったときはそもそもメアの友達である千代が一緒にいた。

 そう考えるとこの島に来て初めて会ったのが千代で本当に良かったと思う。


 「いらっしゃいませ、何かご用でしょうか」

 先に口を開いたのは僕の目の前に居た人形の方だった。

 人形が動く心構えはしていたが、それでも少し驚いてしまう。


 自身の心拍数が上がるのを感じながらも平静を装い、相手の質問に答える。

 「ここの近くに僕の友達の家があるんですが、ご近所なので挨拶に来ました」

 「あら、これはご丁寧に。すみません、本来なら移り住んできた時、私からご挨拶すべきなのでしょうが………」

 そう言いながら彼女はこちらを向いて立ち上がった。

 どうやら友好的なようだ。


 「どうぞ、お掛けください」

 彼女が掌で示した方向を振り向くと、僕の背後にはいつの間にかテーブルと四脚の椅子が出現していた。


 「家の前にいらっしゃるサキュバスと一つ目の方は貴方のご友人ですか?お茶とお菓子ぐらいはご用意致しますよ」

 一つ目は千代だろうが、サキュバスというのはメアの事だろうか。

 入り口のドアは閉まっているが、この人形には外の様子が分かるらしい。


 「ありがとうございます、ちょっと呼んできますね」

 僕はお礼を言って、入り口のドアを開けた。

 ゴンッ。

 「あ痛ぁ………」

 「あっゴメン!」

 勢い良く扉を開けたので玄関前に居た千代の頭に開けた扉がクリーンヒットしてしまった。

 メアはちゃっかり後方に飛び退()き回避したようだ。


 「“皆入ってきて”だって。やっぱり家主は人形だったみたい」

 「こんな短時間で仲良くなるとは、流石アタシの見込んだ男だぞ」

 「いや、挨拶しただけだよ。取り敢えず入ろうか」


 僕たち三人は家の中へと入る。

 「結構暗いぞ………」

 「ウチは見えるけど」

 「僕も夜目利く方だから」

 「いや、アタシも暗いところ見えるけど、暗いとテンション下がるだろ?」

 メアの言った言葉に家主が反応する。

 「すみません、気が利かず」

 そう言った彼女の両肘両膝の球体関節がLED電球のように光を放った。

 「うおっまぶしっ!」

 「すげーーー!」

 メアと千代はその様子に興奮している。

 「関節照明………なんちゃって」

 先程まで落ち着いた様子だったが、意外とおちゃめな人、もとい人形の様だ。

 「なかなかやるな!」

 皆が盛り上がっているので言い出せないが、本当にこれが灯りなのだろうか。

 僕の視線に気付いた目の前の人形が「もちろん冗談ですよ」と言って、掌を翳した。

 するとそこに灯りが現れた。

 灯りと言っても電気ではなく、蛍光灯程度の明るさを持った発光体が空中に浮かんでいる。


 「ここで少々お待ちください」

 そう言った彼女は部屋のすみへと移動した。

 どうやらお湯を沸かしているようだ。


 テーブルの上を見ると、クッキーが入ったバスケットが置かれている事に気が付いた。

 僕、千代、メアの三人は言われたとおり椅子に腰掛けた。

 そこで千代が僕に耳打ちする。

 「あの人、人形やけどクッキー食べるんかな?」

 言われてみればそうだ、客用ということだろうか?

 「毒とか入ってたりするかもだぞ」

 メアが冗談めかして言ったが、そういったリスクもあるにはあるだろう。

 「食べないで済むのならやめておいた方が良いかも」

 そんなやりとりをしていると家主の人形が三人の方を向いた。

 気付かれた!?

 「ご心配しなくても市販のクッキーですよ。それと、飲み物は何が宜しいでしょうか。ダージリンかセイロンかディンブラが有りますが」

 『ご心配しなくても』の下りがこちらの声が聞こえていての発言なのか判然としないが、ここは流しておいた方が良さそうだ。

 「そもそもディンブラってセイロンティーだよな」

 珍しくメアからツッコミが入った。

 「そうなんですか?ティーバッグの箱にはそう表記があるので別物かと思っておりました」

 「青汁はー?」

 「その青汁に対するこだわりは何なんだよ」

 「じゃあ折角だからセイロンって書かれてるヤツを貰うぞ」

 「種類とかよく分からないしおすすめのやつ下さい」

 「では、私と同じ物をお入れ致します」

 同じ物という事はやはりこの人形も飲食物を口にすると言うことだろうか。


 そもそも人形ではないという可能性はないか。

 改めて相手を見る。

 膝はスカートで隠れていて見えないが、肘は球体関節だ。

 肌は陶器か木か、素材はわからないが、滑らかで固そうな印象を受ける。

 顔も同様だが、先程から話をする際には口が動き、表情も変わる。

 見た目は固そうな肌だが、伸縮性のある素材なのかも知れない。


 僕が考え事をしている間に、全員分の飲み物が注がれたようだ。

 ちなみに、青汁は置いていなかったようで、千代はメアと同じセイロンティーを入れて貰っている。

 テーブルの上にはソーサーに乗せられたティーカップが四つ。

 中央にティーバッグ置きの平皿が置かれている。

 ティーカップにはティーバッグがお湯に浸っているが、まだお湯を入れたばかりなので、紅茶の色は薄い。


 僕と千代、メアの三人が横並びで座ったその対面に人形が座った。

 「挨拶が遅れました。私、ラルカ=アルハザードと申します。魔術師です」

 魔術師も居るのか、この島は。

 「メアだぞ、ご近所さんだ。よろしくな!!」

 メアに続き千代と僕も挨拶を行った。

 ひとまず無難な質問からする事にする。

 「ラルカさんは結構前からここに住んでるんですか?」

 「越してきたのは半年前です。それまでは第一区に住んでいました」

 「ああ!!」

 急に千代が声をあげた。

 「どうしたの?」

 「クッキー食べてもた………」

 確かに警戒はしていたが、毒入りと決まった訳でも無い。

 それよりも相手を疑っていたのがばれるのは良くないだろう。

 いや、先程のラルカさんの発言を聞く限りこちらの小声が聞こえていた可能性は否定できないが。


 ラルカさんは少し困った様な表情を浮かべた後、口を開く。

 「日本には客先で出された菓子に口をつけてはならないという風習があると聞きましたが、もしかしてそれでしょうか。私は海外の人間なので気を使わなくて結構ですよ」

 そんな風習聞いた事無いけど納得してくれて助かった。

 根が真面目な千代は、ラルカの誤解に対して正直に返答しようとした。

 しかし、千代が口を開くよりも速く、メアが口を挟んだ。

 「羊羹を素直に食べて睨まれるってやつだな。千代っち、食べていいみたいだぞ、アタシも食べる」

 そう言って、メアはクッキーを口へと放り込んだ。

 「僕も頂きます」

 僕もメアに続いてクッキーを食べた。

 千代に至っては、二個目のクッキーを食べ終え、紅茶を飲んでいる。

 「ぷはー八面六臂に染み渡るわー」

 どこに染み渡ってるんだよ………


 「いかがですか?普通に作ったので不味くは無いと思いますが」

 ラルカはそう言いながらバスケットの中のクッキーを取り、口に運んだ。

 「うん、味見はしていませんでしたがまずまずの味です………どうかしましたか?」

 ラルカは他の三人に見つめられている事に気付いた。

 「お人形さんやから食べもん食べられへんのかと思ってた」

 「そういう事ですか。確かにこの身体は人形の身体ですからね」

 ラルカは紅茶のティーバッグをカップから取り出しながら話を続ける。

 「喉の奥に食物から魔力を取り出す術式を組み込んでいます。味覚も生身だったころのままなので、美味しくいただけます」

 そう言ってラルカさんは二つ目のクッキーを食べた。

 「生身って、元々は人形じゃなかったって事ですか?」

 「わかった、ロボットや!」

 「アンドロイドだぞ!」

 「元々生身だって言ってたじゃん!」

 「ロボチガウ、ロボチガウ」

 「なんで急にカタコトになってるんですか!」

 まさかノッてくるとは思わなかった。


 「元々、というか今も人間ではあるのですが、病弱な身体だったので生身の身体は捨てました」

 身体を捨てる。簡単に言うが、それがどの様な事なのか想像も付かない。

 あまり立ち入った事を聞くのも良くないかと考えていると、こちらの考えを見透かしたかのようにラルカが補足を入れた。

 「何も複雑な話ではありません。ただ単にこちらの身体の方が都合が良かったから取り替えただけです。魔術師であれば私以外にもこういうような方は結構居ますよ」

 「確かにウチも似たようなもんやな。身体は飾りみたいなもんやで」

 「それって、どういう事?」

 「つまりはこういう事だぞ!」

 メアがどこからともなく取り出した三叉槍を千代に突き刺そうとした。

 当然、千代はそれを避けた。

 「避けるな!!」

 「避けるわ!そんなん当たったらめっちゃ痛いやん!」

 千代は、メアの放った二撃目を避け、三叉槍を掴み、そのまま折り曲げた。

 「あー!!」

 メアが自身の得物を折り曲げられ、声をあげた。

 「アタシのお気に入りの武器が………」

 「いやほら、こうやって戻せば大丈夫ちゃう?あっ、行き過ぎた。もう一回戻して、あっ………」

 千代が曲がった槍の柄を元に戻そうとして、何度も曲げるものだから、金属疲労を起こして破断してしまったようだ。

 千代とメアは暫くその場で固まった後、二人して僕の方を向いた。

 メアが複雑そうな顔で、腕を出し親指をぐっと立て、震える声で言った。

 「つまりは………こういう事だ」

 「どういう事だよ………」


 そんなやり取りを見ていたラルカが表情を柔らかくした。

 「私は長い間一人だったのでこんなに賑やかなのは久し振りです」

 「ウチら今日メアちゃん家泊まんねんけどラルカちゃんも来る?」

 千代の言葉にラルカも頷いた。

 その後しばらく他愛もない話をした後、メアの家に戻る事になった。

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