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メアの家

6 メアの家


 居酒屋に来た時と同様に、細く曲がりくねった通路を歩く。

 違いがあるとすれば、道が少し上り坂になっている事と、人数が三人に増えた事か。

 「これはぐれたら絶対に迷う自信あるよ………」

 「ウチらもいつも通る道と家の近所しか憶えてへんけどな」

 「しかもたまに道増えたり変わったりするしな!」

 「こんな細い通路ばかりなの?」

 「場所によるで、約束の地があった場所とか結構広かったやろ」

 「建物の端の方は割と広いぞ」

 「ああ確かに、スミユキガワとかタイセイ区の方は結構広いなー」


 雑談しつつしばらく歩いたところでメアが声を上げる。

 「着いたぞ!」

 「え?」

 僕たちが今居る場所は通路の途中である。

 どこにも家など無いかと思われたが、少し注意すると引き戸がある事がわかった。

 植物の(つた)が壁を這っているが、引き戸がある部分だけ開けている。

 引き戸の縁に窪みが有り、取っ手になっている。


 メアが首から下げたシルバーアクセサリーを取っ手の上側の鍵穴に差し込んだ。

 「それ鍵だったのか」

 「そうだぞ、カッコイイだろ?」

 首の紐にシルバーアクセ………もとい鍵を付けなおし、フードを被った少女は笑顔を浮かべた。


 開いた入り口から中へ入るメア、千代と僕もそれに続く。

 「お邪魔します」

 「どうぞ、ゆっくりしてけよな!」

 蔦が絡まった汚い引き戸を見て、千代の家のような寂れた感じの内装を想像していたのだが、入ってみるとその想像の真逆であることがわかった。


 全体的に洋風で水色、黄色、ピンクといったパステルカラーで構成されている。

 それ以上に驚いたのはその広さだ。

 天井まで十メートルはあるだろうか、部屋が吹きぬけになっており、天井には円形の窓が付いている。

 部屋は家の入口を中心とした半円形の部屋が一つ。

 広さはかなりのもので、野球の内野が収まりそうな程だ。

 円形の外周沿いに三つ程の部屋があり、その上の中二階にも部屋がある。

 ただ、部屋と言えるほどきちんと壁で囲まれたものではなく、玄関を中心とした半円における動径方向の壁はあるが、円周方向の壁が無い状態だ。舞台のセットでよくあるような観客席側の壁が無い部屋と似ている。


 「すごい………」

 広いだとか、ポップな彩りであるとか、天窓大きいとか、見たことのない部屋の構造だとかそんな色々な事が僕の頭をよぎったが、その結果ありがちな感想しか出てこなかった。

 「反応薄いぞ! 千代が初めて来た時はびっくりして小便チビってたぞ!」

 「チビってへんし! 嘘やで明人君!」

 「嘘とは失礼だぞ! 嘘だけど!!」

 「どっちだよ………」


 二人の茶番を横目に部屋の中を見渡す。

 「結構色々な物があるんだね」

 片付いてはいるが、物が多い。

 クッションだらけの部屋や少女趣味の日用雑貨、通販番組で見たような健康器具にゲームセンターに置いてあるゲームの筐体も見える。

 メアの好きな物を好きなだけ詰め込んだような、そんな空間だ。


 上を見上げると、天窓から空が見えた。

 室内が明るいからはっきりとは見えないが、部屋の電気を切れば、きっと星空が見えるだろう。

 「ここにきて初めて外を見たよ。外といっても空だけど」

 「結構いいだろ? ちょっとこっち来てみそ」


 メアが僕の手を引き部屋の少し奥まで連れていく。

 「ほら」

 メアが天窓を指差した。

 窓の中央に満月が見える。

 「ああ………月だ」

 この島へ来る前と同じ月を見て不思議と安心感がでた。


 「外の景色見せたったらええんちゃう?」

 「外出れるの?」

 「っつてもここ建物の外周じゃないから屋根の上に出るだけだけどな」

 メアを先頭に階段を上り、中二階へ。

 奥の梯子を昇り、屋根の上へ出た。


 「うわ………」

 梯子を昇って最初に見えた景色は満天の星、そして月。

 そして足元には屋根が見渡す限り続いている。

 屋根は平坦に広がっているわけではなく、幾つもの家が距離を開けず密集しているように見える。

 各々の家は高さが異なるため、地形として見るとかなり凸凹している。

 屋根の素材は瓦やトタンではなく、木の板がスレートのように何枚も重なっているようだ。


 「ウチん()あっちやで」

 明人は千代が指差した方向を見たが、建物内の迷路のような通路を歩いてきたせいで今一つピンと来ない。

 「いや千代っちの家あっちだぞ」

 千代もよく分かっていなかったようだ。

 「暗いから間違えた………」

 「千代っち夜目利かなかったか?」

 誤魔化す千代にメアの無慈悲なツッコミが突き刺さった。


 「今気付いたけど、アッキーは普通の人間だからこれだけ暗いと見えないか」

 「アッキー!?」

 「明人だからアッキー、いいだろ?」

 「まあ、いいけど………暗いところでも問題なく見えるよ。あと、完全に普通の人間というわけでもないんだ、僕」

 「異常な人間?」

 「言い方が悪い」

 「ウチ知ってる、変態って言うねんやろ!」

 「それは確実に違う」

 「まあアッキーが異常であれ変態であれ、第五区に居る間は付き合ってやるぞ。とりま明日はあかねんの所行くぞ!」

 そう言いながらメアは遠くの方を指差した。

 延々と屋根が続いているのが見える。

 道のりは長そうだ。


 「明日に備えて風呂入って寝るぞ」

 三人は梯子を降り部屋の中へと戻った。


 「よし」

 階段を降りて元の部屋まで戻った所でメアが声をあげた。

 「枕投げするか!」

 「明日に備えて寝るんじゃなかったの?」

 「っていうかお風呂入らへんの?」

 「馬鹿だな千代っち、風呂上がってから枕投げしたらまた汗かくだろ?」

 「ほんまや!それやったら枕投げ先にせんとあかんな」

 千代が納得してしまったが、枕投げするのは確定事項なのだろうか。


 「あっ、でも枕アタシのと客用の二つしかないぞ」

 「無理にやらなくても………」

 「ええ、折角の修学旅行なのに」

 「修学旅行じゃないから!」

 学校でもなければ旅行でもない。ただのお泊まり会である。

 「修学旅行って何なん?」

 「こうやって皆で泊まって夜は枕投げをするっていう行事だぞ」

 「へえ、なんかお祭りみたいやな」

 メアが語る偏った知識をそのままに納得してしまった。

 「いや、修学旅行って“旅行”部分がメインだから。あと、枕投げは必ずするものじゃないよ」

 「貴様それを知っているとは、さては修学旅行有段者か!?」

 「誰が認定するんだよそれ」

 「じゃあ修学旅行って他に何するん?」

 何と言われても。

 「観光地回ったり………かな」

 「ちゃうやん、こういう泊まりの時の話やん」

 「ええと、枕投げ………とか?」

 「やっぱり枕投げだな!」

 「ちょっと待って、他にもあるから」

 冷静に考えると色々思い浮かぶ。そもそも僕が過去に行った修学旅行では枕投げはしていない。


 「他のグループの部屋に遊びに行ったり、トランプ持ってきたりしてる奴もいたっけ。あと布団に入ってから話したりとか、色々あるよ」

 僕は取り敢えず思い浮かんだものを片っ端から口に出した。

 「よし!じゃあ他の部屋に行くぞ!」

 「この家、他に部屋あったん?」

 「この家の部屋に行ってもアタシ達以外誰も居ないんだから仕方ないぞ、玄関から出て他の家に入るんだぞ」

 「知り合いの家ってこと?」

 「うんにゃ、飛び込み営業ってやつだぞ」

 「頭おかしいだろ」

 二十時を回った夜中に見ず知らずの人の家に来る様な(やから)は不審者か受信料集金人くらいなものだ。


 「まあ聞け少年」

 神妙な面持ちでメアがこちらを覗き込む。

 「うちの家の前の通路あるだろ、その突き当たりの扉に入っていく影を見たんだ………」

 「そりゃまあその人がそこに住んでるっていうだけじゃないの?」

 「いや、その入っていったのが人でも妖怪でもなかったんだぞ………」

 「メアちゃんかって人でも妖怪でもないやん」

 「悪魔でもなかったんだぞ………」

 メアって悪魔なのか………

 「見間違いかもしれないけれど、人形っぽかったぞ。気になって夜も眠れないから『一回確かめて見ないと』と思って、それから半年が経った………」

 「忘れてんじゃん」

 「そこでこれだ!」

 メアは三本の割り箸を取り出し、翳して見せた。

 「くじ引きで当たりが出た人が扉を開けて確かめる!!千代っちはくじ引くの一番最後な」

 「何で千代が一番最後なの?」

 メアに質問をしたのだが、先に千代が口を開いた。

 「ああ、ウチこういうの隠しとっても見えてまうから」

 「透視みたいな?」

 そういえば約束の地でも壁の向こうの厨房見ていたっけ。

 「そうやで、ウチが最初でもずっこしせえへんけど気い使うやろ?」

 確かに、こういったもので答えが見られる状況にある人が良い結果を出したら、互いに信頼関係があったとしても、本人の意識しないレベルで心の奥に疑念は生まれるのかもしれない。


 「じゃあまずアッキーからだぞ。アタシが引いてもいいけど、任せるぞ」

 「じゃあ先に引くよ」

 僕はメアの手に握られた三本の割り箸のうちの一本を引き抜いた。

 [当たり]

 割り箸の先にそう書かれている。

 「アッキー大当たり!」

 一回目にして当たりを引き当ててしまった。

 「ちょっと待って、残りの二本見てもいい?」

 「細工なんてしてないぞ」

 メアは残り二本を渡してくれたが、何も書かれていない割り箸だった。

 「わかったよ………」

 「ちゃんと行って帰ってきたらごほうびにこの粉末青汁をあげるぞ」

 いらねえ。

 「あーそれウチのあげたやつやん、ちゃんと飲んでや」

 「だって、不味くて飲めたもんじゃなかったし、変わりにアッキーが飲んでくれるから大丈夫だぞ」

 「うーん、明人君が飲むんやったらえっか………」

 千代がメアに丸め込まれてしまった。


 閑話休題。

 「一応聞くけど、普通にノックして中の人が出てこなかったらどうすればいい?」

 「もちろん強行突破だぞ!」

 「それはどうなの?」

 「こそっと入らんとバレてまうやんな」

 「それもどうなの?」

 三人は玄関の扉を出て廊下へと出た。

 「じゃあ行ってくるよ」

 「ファイト!」

 「あれ?」

 歩き出そうとした瞬間、千代が怪訝(けげん)そうな声をあげた。

 「どうしたの?」

 「いや、あの家の中ウチの目でも見えへんねん」

 「おー千代っちが見えないって相当だなー、気合い入れていけよな!」

 「ヤバそうな雰囲気しかしないんだけど」

 くじ引きで負けて死にました、などという無意味な死にかただけは絶対にしたくない。

 まあ、体質的に死にはしないはずだけど。

 「でもウチの目もいま封印掛かってるから、前ほどよう見えへんで」

 「まああれだ、死んでも骨は拾ってやるから安心していいぞ」

 「………」

 「明人くん、メアちゃんの冗談やで。ヤバそうになったらウチら助けに行くから」

 仮に千代とメア、華奢な女の子二人助けに来てくれたところで役に立つのだろうか。

 「言いたいことはよく分かる。」

 僕の考えを見透かしたかのようにメアが言った。

 「青汁は箱ごと全部あげるから安心しろ」

 全然見透かしていなかった。

 「とりあえず行くだけ行ってみるよ。ヤバくなったら速攻で逃げるから」

 「急き立てておいて言うのもなんだけど、ヤバそうと感じた時点で、助けてって言え。アタシも千代も人間よりもずっと強い」

 これまでふざけた口調だったメアが少し真剣な口調でそう言った。

 「大丈夫、こう見えて僕も普通の人間より強いよ。一応不死身みたいなものだし………まあ、逃げる方を優先するけど」

 覚悟を決めて扉の前まで歩みを進める。


 メアの家の前にある通路を三十メートルほど進むと、別の通路と合流する。

 その合流地点の丁字路部分に、目的のドアがある。

 周りの壁は古い木造の壁だが、このドアだけは比較的新しい西洋風の開き戸だ。

 後ろを振り返り千代とメアの方を見ると、目が合った二人が笑顔で手を振った。

 その呑気な様子に、緊張が解れる。

 もう一度ドアの方を向き、ノックしてみる。

 コンコンコン。

 ………

 返事はない。


 もう一度ノックをしようと思ったそのとき、中から家人の声が聞こえた。

 「どうぞ、お入りください」

 ドアを開けて家主が出てくるか、反応がないか、そのどちらかだと思っていたが、家に招き入れられるのは少し予想外だ。

 何があるかわからない場所に足を踏み入れる恐怖、それと僕自身の特殊な身体能力による自信、その葛藤の末、ドアを開けて中へ入ることを選んだ。

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