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メア

5 メア



 振り返ると、戸口の外にパーカーを着た少女がポーズを決めて立っていた。

 パーカーの柄は白と黒の市松模様………といっていいのかわからないが、鳩尾より上は、ジッパーを境に右側か黒で左側が白、下側はそれが逆の配色になっている。

 その市松模様の上で首から下げたシルバーアクセサリーが輝いている。

 かなり大きめのフードを被っており、そこから赤紫色の髪が見えている。

 身長は千代と同じか少し高いくらい。

 140cm前後だろう。

 身体より大きめのパーカーを着ているせいで下半身は何も履いていないのかと錯覚したが、よく見るとそのパーカーの下にジーンズ生地が見える。

 どうやらホットパンツを着用している様だ。

 僕がまじまじと彼女を観察していても最初に現れた時のままのポーズで固まっている。

 確か立木のポーズというのだったか、片足立ちで上げた足の裏を太股に付け、両手を頭の上にピンと伸ばし掌を合わせている。

 そんなポーズのまま入口の前で静止し、中に入ろうとしない。


 「おーメアちゃん、やっほー」

 千代が入口に立っている少女に親しげに話しかけた。

 しかし話しかけられた当人は動こうとしない。


 「あのー、そのポーズは………」

 思わず聞いてしまった。

 「よくぞ聞いてくれた少年よ!最近、ヨガにはまってるんだ!」

 それであのポーズか………

 「おお!じゃあ腕とか伸びるん?」

 千代さんそれは格ゲーのやりすぎです。

 「腕も足ものびるぞー」

 !?

 メアがその場で手足を伸ばして見せた。

 関節や骨や筋肉がどうなっているか見当もつかないが、見たところ三メートルは伸びている。

 「僕の知ってるヨガと違う」

 「火は?火は噴けるん!?」

 「あーアタシのやってるのはホットヨガじゃなくて普通のヨガだからなー」

 「普通のヨガってなんだっけ………」

 「店の前につっ立ってないで、早く入れ」


 店長に促されるまま、メアは千代の横に座った。

 「千代たち何注文したんだ?」

 「ウチらもまだ頼んでないよ、明人君は頼むやつ決まった?」

 「とりあえず定食、いや、パスタにしようかな」

 メニューを見ながら僕は答えた。パスタならよほどでない限り変なものは出てこないだろう。

 「よっしゃ、決まりだな!店長ー!」

 「えっ、ちょっと待って、ウチまだ決まってない………」

 焦る千代を他所に注文をするメア。

 「店長、いつもの」

 「あいよ………って嬢ちゃんいつも違うもん食うじゃねえか」

 「じゃあアレで、ボタニカル定食」

 注文する人居た!!

 少し気にはなっていたが、自身では謎メニューにチャレンジする勇気が無かったのでどんな料理が出てくるのか少し期待した。


 「ボウズはどうする?」

 店長は、千代がまだメニューを決めかねているのを見て明人に注文を促した。

 「じゃあ、このたらこパスタで」

 未知の土地での食事である。無難が一番だ。


 「決まった」

 千代が頼む物を決めたようだ。

 「秋刀魚定食下さい」

 「あいよ、ボタタラパサンマ」

 「ボタタラパサンマよろこんでー」

 店長が店の奥に向かって謎の呪文を唱えると厨房の方から小鳥さんの声が返ってきた。

 料理ができるまで僕たちはカウンターで待つ。

 「ところで………」

 メアが口を開く。

 「この少年は千代っちの知り合いか?」

 「あれ?言って無かったっけ?人探ししてんの明人君やねん」

 「初めまして、中谷明人です」

 「おー、メアだぞ。メアって呼んでくれよな!」

 この子も千代と同じく名字が無いのだろうか。

 「なんか失礼な事考えてるだろー」

 「考えてない考えてない」

 「まあいいや、人探しって誰探してるんだ?」

 「僕も名前以外知らないんだけどアウラって言う人を探してるんだ」

 「あーアウラね」

 「知ってるの?」

 「あのーなんか金みたいな感じのそんな奴だろ?知ってる知ってる………」

 「絶対適当言ってるでしょ」

 「メアちゃんよく嘘つくから騙されたらあかんで」

 「ああ、うん。なんとなくわかる………」

 「前途ある若者たちが信じる心を無くしてしまって私は悲しい………」

 「えっ、あの、ごめん………」

 千代が素直に謝ってしまった。


 「話戻すけど、千代から聞いたんだ。メアさんが前に探し物を探してもらった人が居るって。その人を紹介して貰えないかな?」

 「あーあかねんかー。確かにアイツなら知ってるかもだぞ」

 「その“あかねん?”さんは、どこに居てるの?」

 「確かキタ区の方だな。飯食い終わったら連れてってやるぞ」

 「ありがとう。助かるよ」


 千代といい、メアといい、初対面の相手に対して優しい子達だ。

 その優しさに甘えていて良いのかという気持ちが心中に芽生えたが、それでもこの子達に頼らざるおえない状況だ。

 いつかお返しできればな………

 そう思いつつも今は彼女たちの優しさに甘える事にした。


 「ボタニカル定食お待ちどう!」

 メアが注文した料理が出来たようだ。

 僕が内心気になっていたメニューだ。

 メアの前に置かれたその定食を見る。

 ご飯と味噌汁、あとメインであろう野菜炒めが長方形の盆に乗せられている。

 「野菜炒め定食じゃん!」

 ツッコミに店長が答える。

 「最近流行ってるからな、ボタニカル。健康そうな感じでいいだろ?」

 「詐欺じゃん………」

 植物由来という点では野菜炒めも該当するのであろうが。


 「これを普通の野菜炒め定食と同じだと思ったら大間違いだぞ」

 店長ではなくメアからフォローの言葉が入った。

 「食べてみそ」

 そう言ったメアが箸でキャベツを挟んで僕の口元に差し出した。

 パクッ。

 「何これ甘い!」

 野菜の甘み?糖度が高い?いや、これは………

 僕が答えを導き出す前に店長が解説を入れる。

 「植物由来の甘味料を使ってるからな!」

 「植物由来の………甘味料?」

 「契約農家で作られたサトウキビから抽出した甘味料………」

 「砂糖じゃん!やっぱり砂糖の甘さかよ!」

 「慣れてくると結構美味いぞ」

 そう言ってメアが僕の眼前にもやしを箸で摘んで差し出した。

 「いや、僕は遠慮しておくよ………」


 水を飲んで甘さで乾いた喉を潤す。

 「たらパスと秋刀魚定食できましたよー」

 店の奥から小鳥が残りのメニューを持ってきた。

 僕の目の前に置かれた“たらこパスタ”は想像していたものとはかなり異なるものだった。

 パスタの種類には詳しくないが、少なくともスパゲティーではない。

 ピンク色の粒と黄色い粒が混ざっている。

 ピンク色のたらこの粒とおそらくはパスタであろう黄色い粒が器に盛られている。

 小鳥さんのセキセイインコ顔の前にこの粒があると鳥の餌に見えてしまう。

 「明人さん、どうかしましたか?」

 「いえ、何でもありません」

 僕は失礼な事を考えた事を心の中で反省した。


 「脂がのってて美味しいわー」

 千代はもう食べ始めているようだ。

 幸せそうに秋刀魚を食べている。

 僕も目の前の料理が冷めてしまう前にたらこパスタを食べる事にした。


 スプーンを使って口の中につぶつぶを入れる。

 味は一般的なたらこスパゲティと一緒だが、口の中がもさもさする。

 今までに味わった事のない食感だったが悪くはない味だった。


 時刻は十九時。

 夕食を終えた僕ら三人の前からは既に空いた皿が下げられている。

 他のカウンター席にも数人………数匹と呼んだ方が良いだろうか、他の客で賑わっている。


 「さっき食べ終わったら案内するって言ったけど、もう夜遅いな」

 「明日にした方がええかもなー」

 「じゃあうちに泊まってけよ。千代ん家狭いだろ?」

 「ウチも泊まっていい?ナミハヤよりチュウオウ区の方が近いし」

 「いいぞ、みんなで泊まりだな!」

 「じゃあそろそろ出る?」

 「そうやな、行こかー」

 「行くのか?」

 店長がカウンター越しに聞いてきたので、肯定する。

 「どうしても行くというのか、決意は固いようだな」

 普通に店を出るだけなんですが……… 

 「会計は一人六百円ずつだ」

 財布から小銭を出して店長に手渡した。

 「珍しいな………」

 「おお、久しぶりに見たぞ」

 「えっ?どういう事?」

 「アタシら金払うときはこれ使うからなー」

 メアと千代は僕にスマホを見せた。

 電子マネーだろうか。

 「ひょっとして現金払いって無理ですか?」

 「いや、まあたまに現金の客は居るから問題はない。それよりスマホ無くしたんだったら早めに再交付してもらえよ」

 再交付以前に元から無いんだけどね。

 僕らはメアの家に向かい、居酒屋を後にした。

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