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千代

3 千代



 その異様な見た目とは裏腹に随分と可愛らしい声である。

 声以外もそうだ。

 顔についた巨大な眼球に目を奪われがちだが、人間ならば小学生くらいの身長と体格で、髪は綺麗なストレートがおかっぱに切りそろえられている。

 服は着物で黒地に赤い紅葉があしらわれている。

 「ごめんな、でもいきなり逃げるから………」

 一瞬状況を理解できず混乱していたが、どうやらこの怪物………もとい女の子は自分の事を心配してくれているらしい。


 そのやさしい声色に落ち着きを取り戻した僕は慎重に言葉を選び、まずは不法侵入の謝罪からすることにした。

 「僕の方こそすみません。さっきは間違えてドアを開けてしまって、人が出てくると思っていなかったので驚いて逃げてしまいました」

 「もしかして迷子?」

 迷子………といえば迷子になるのか。

 大学の校舎内で迷子というのも間抜けな話だが、扉を開くたびに別の場所に出るのでは無理も無い。

 というより、ここは本当に大学の中なのだろうか。

 扉を開いた先が別の場所になるのは、建物の構造が特殊だとか手品だとかそういったものではなく、本当に扉の先が別の空間に繋がっているように感じた。

 この魔法のような空間について、目の前に居る存在自体が魔法のような少女ならば何か知っているかもしれない。


 「おーい、聞いてるー?」

 「ああ、すみません。少し考え事をしていました」

 「立ち話もなんやし、とりあえずうちくる?」

 少女は先ほど僕が開けた扉を指差し提案した。

 少し考えたが、少女の提案に乗る事にした。

 ここで無下に断るのも失礼だと思ったし、右も左もわからない状況で、貴重な情報を提供してくれるというのだ。乗らない手はない。


 先刻、少しだけ中を覗いた部屋の中、僕は入り口を入ってすぐの部屋で待たされている。

 すぐ横の部屋は土間になっており、台所となっているようだ。

 かまどや流し台があり、その前で少女が急須にお湯を淹れている。


 「おまたせー」

 「ああ、ありがとう」

 少女から貰ったお茶を飲み、

 ぶうぅぅぅ!!!

 盛大に噴き出した。

 「苦っが!!」

 「ああ、せっかく入れた青汁がー」

 少女が残念そうに言う。

 「お茶じゃないのかよ!」

 「健康にええねんで」

 初対面の相手に青汁出すなよ。

 「ああ………うん、ごめんいきなり噴き出して」

 「ええよ、それよりやっと喋り方普通になってくれたなー」

 「えっ、ああ………そうだね、さっきは初対面だったしね」

 本当はビビっていただけなんだけど。


 「お互いタメ口になったし、もうマブダチやなー」

 「まだ名前も知らないよ!」

 「そういやそうやな、ほんじゃあ自己紹介しよかー」

 「そうだね、じゃあ僕から。中谷 明人(なかたに あきと)、大阪情知建情知建(じょうちけん)工業の三回生。よろしく」

 「大阪から来たんかー、えらい遠いところから来てんなー」

 少女の言葉に違和感を覚える。

 「ここって大阪じゃないの?」

 「ぜんぜんちゃうで、都道府県でいうと東京やね」


 「マジか………」

 大学の構内とは異なる場所なのだろうとうすうす気づいていたが、扉をくぐっただけで約400kmも離れた場所に移動するとはさすがに予想外だった。


 「明人くんはあれやなー、めっちゃ方向音痴やろ!」

 「方向音痴なだけでは東京まで来ないと思うよ?」

 「えーでも迷子やろ?」

 「………否定できない」


 「ウチは千代(ちよ)っていうねん。ここに住んでるから、このへんやったら案内できんで」

 「ありがとう、ちなみに上の名前は何ていうの?」

 「苗字はないよ、名前だけ」

 「そうなのか」

 見たところ人間ではなさそうだし、そういうものだろうと納得した。

 「じゃあ何て呼べばいいの………」

 「千代でええよ」


 千代………

 心の中で名前を呼んでみたが、どうにも下の名前で呼ぶのは慣れない。

 これまで小中高校、そして大学でできた友達でさえも下の名前で呼び合った経験が無かった。

 これまでの友人も仲はすごく良かったが、下の名前で呼ぶのはどうにも気恥ずかしい。


 しかしながら、下の名前しか無いのであればそれを呼ぶしかない。

 「千代」

 「どーしたん?」

 「いや、ちょっと呼んだだけ………」

 何だか無性に気恥ずかしい。

 千代はこちらを見ながらやさしく微笑み言う。

 「言う直前に言いたいこと忘れるん、うちもようあるわ」

 忘れたわけじゃないんだけど………


 互いに自己紹介が終わった後、僕がこの島に来た経緯、アウラという人物を探さなければならない事、その他たわいもない雑談等を行った。

 僕は特別コミュニケーション能力に長けているわけではないのだが、千代の話しやすい人柄のおかげでずいぶん長い間話し込んでしまった。


 スマホで時刻を確認すると時刻は十三時半を回っている。

 「やばい、もう昼休み終わってる」

 千代が頭の上に“?”を浮かべて僕を見る。

 「十三時から昼の講義が始まるんだ。とりあえず友達に出られない事だけ伝えておくよ」


 スマホの通信アプリを立ち上げ、友人にメッセージを送信しようとする。

 しかし、送信ボタンをタップしても[ネットワークが不安定です。接続状況をご確認ください]と表示されるのみで、送信できない。

 スマホの画面上部を見て気づく。

 「圏外か………」

 「都内やで」

 「携帯の電波の話ね。ここって電波状況悪いの?」

 「この島、携帯電話のアンテナ立ってへんからなー」

 「島?」

 「え?」

 「ここって東京なんだよね?」

 「あーそっか、明人君知らん間にここ来てたから分からへんねんな。ウチも言い方が悪かったなぁ」

 千代が次の言葉を発するよりも先に何となく言いたい事が分かった。


 「ここ都道府県で言うと東京都やけど離島やねん………」

 離島。

 あの空間を繋ぐ謎の扉から帰ることができなくても、最悪、都内ならば公共交通機関を使い大阪に帰る事ができるのだが………


 「ちなみに本州に帰ろうとしたら交通機関って何になるの?」

 「うーん、この島防衛施設やしなー、普通には出られへんかも」

 「え、それって勝手に入ったら結構まずいんじゃ………」

 「こらーって怒られるかもしれへんなー」

 怒られるだけで済めば良いのだが、そうはいかないだろう。


 それにしても防衛施設………軍事基地みたいなものだろうか。いよいよ本気で家に帰る方法を考えなければならないようだ。


 「アウラさん()う人は探さんでええん?」

 「忘れてたわけじゃないんだけど、それどころじゃないっていうか」

 いや、待てよ、むしろ探したほうがいいんじゃないか?

 アウラをエレクスの元へ連れていき、エレクスにもう一度扉を繋いで貰う。


 僕が大阪に帰るために考えられる方法。

 正攻法をとるならば、この島を管理している組織に正直に事情を話して、家に帰らせて貰う。

 しかしながら本当にそれで“はいそうですか”と帰らせてもらえるのだろうか。

 先ほど僕が千代と雑談をしている時に知った事だが、ここには千代のような一つ目以外にも、魔術師や喋る獣、妖怪などの魑魅魍魎が存在しているらしく、それらがこの区域から出る事は禁止されているらしい。


 また、この区域内では基本的には日本の法律に則っているが、区域管理者が絶対的な権力を持った王制のような所があるとのことだ。

 そんな場所で主張や権利を押し通せるかといえば怪しいところである。

 それよりもエレクスの元へ戻り、帰宅路を作って貰ったほうが安全かもしれない。


 「どうしたん?」

 「そうだね、アウラっていう人をまず探す事にするよ」

 そもそもアウラさんとやらが人かどうかも怪しくなってきたが。

 「って言ってもどうやって探すか見当がつかないけど」


 二人して考え込む。


 程なくして千代が「ええこと思いついた!」と言って、服の裾からスマートフォンを取り出した。

 「それスマホ?」

 「そうやでー、こないだ配布されたばっかりの最新機種やで」


 意外だ。

 昭和どころか大正、明治まで遡ったかのような家に暮らしており、服装も着物という古風な物を身に着けている少女から、最新式のスマホが出てくるとは思わなかった。

 っていうか………

 「この島って電話のアンテナ建ってないんじゃなかったっけ?」

 先ほど聞いたばかりの話だ。


 「あー、電話はできひんけどウィッフィーは入るねん」

 「ウィ?」

 ああ………Wi-Fiか。


 千代が僕にスマホの画面を見せながらブラウザのアイコンをタップする。

 画面上にトップページが表示されるが、よく見る検索エンジンではない。

 ページの上に[第五区ネット]と表記され、下部に[メール]、[お知らせ]、[掲示板]などの項目が並んでいる。

 「ネット繋がるんだ………」

 ネットに繋がるならばここから助けを呼べるかもしれないと考えたが、よくよく考えれば、自分が現在不法侵入状態だということを思い出し、考えを一旦保留することにした。

 「インターネットじゃなくてイントラネットやけどな」

 「この島内だけのネットってこと?」

 「そうそう」


 千代は相槌を打ちながら数箇所タップしてあるページを表示させた。

 [第五区知恵袋]という表記がある下に[なんでも質問してみよう!第五区の仲間が答えてくれるよ!]と記載されている。

 「これで聞いてわかるの………」

 「どうやろ、でもなんか手がかりは掴めるかもしれへんで」

 確かに千代の言うとおり何の手がかりもないので、動きようがないのが現状である。

 駄目で元々。僕と千代はこの[第五区知恵袋]で質問をしてみることにした。


 千代が慣れた手つきで文字をフリック入力する。

 「こんな感じかな」

 千代がスマホ画面をこちらに向け、入力した文章を見せる。

 [アウラさんって人を探してんねんけどどこにおるかわからん。どうしよ~(><)]

 「この文章読んだ人がどうしようってなるよ………」

 「ちょっとシンプルすぎたかな?」

 「そもそも個人名書き込んで大丈夫なの?」

 「でも名前書かんとわからんやろ」

 「それは、まあ………」

 「島内だけのネットやから大丈夫やろ」

 それにしてもこの文章はないだろう。


 千代は文章を書き直しているらしく、指を素早く動かしている。

 「投稿した!」

 まあそこまで期待はしていない。

 成果があればめっけ物ぐらいに思っておこう。


 ぐぅぅ。

 不意にお腹の虫が鳴いた。

 そういえば昼食をとろうとして、エレベータホールに出て流れでこっちに来てしまったんだった。

 「明人くん、お腹へったん?」

 「そういえばまだ食べてなかった」

 「余りもんでよければあるけど………」

 「いや、ごはんは持ってるんだ」

 ごはんと言っても(ごはん)じゃなくてパンだけど。


 手に持っていたコンビニのビニール袋を見せた。中には昼食用に購入したメロンパンとサンドイッチが入っている。

 「なんや、持ってたんか、じゃあ飲みもん入れるわ」

 「青汁以外でお願い」

 「えー」

 やっぱり入れる気だったのか。

 千代は残念そうに言いながら戸棚の中を探し始めた。


 「今あるのは、えーと………緑茶か黒豆茶かカレーやな」

 「うん、カレーは飲み物じゃないよね」

 結局、緑茶を入れてもらうようお願いした。


 卓袱台でサンドイッチを頬張っていると、千代が緑茶と一緒に味噌汁を持ってきた。

 「よかったらこれも一緒に食べて」

 「そんな気を使わなくてよかったのに」

 「お昼の残りやから。気にせんと食べて」

 「ありがとう」

 温め直してくれたのか、受け取った味噌汁はほかほかで、湯気が上がっている。

 「この白いのは何?」

 中にはわかめ、豆腐のほかに白いもらもらとした物が入っている。

 「長芋をすりおろしたやつやな、結構おいしいで」


 味噌汁をすすると口の中に白味噌と出汁の風味が広がった。

 「なんか、久しぶりだな、こういうの………」

 「味噌汁あんまり食べへんの?」

 「それもあるけど、大学に入って一人暮らし始めてからコンビニ飯ばかりだったから、こういう他人の作った料理食べるの久しぶりだなって思って」

 「ウチの作った料理で良かったらまた作ったんで」

 「じゃあ、またお願いしようかな」

 「今度は何作ろっかなー、いなごの佃煮か蜂の子の佃煮かザザムシの佃煮かどれがいい?」

 「できれば虫の佃煮以外がいいかな」


 サンドイッチ、味噌汁、メロンパンの和洋折衷な昼食を食べ終えたころ、千代がスマホの画面をこちらに見せた。

 「知恵袋の回答来てるわー」

 「もう来てるの?結構早いね」

 投稿から三十分ほどしか経たないが、スマホの画面上には数件の回答が表示されていた。

 「そういえば、結局質問内容どんなのにしたの?」

 千代が最初に質問しようとしていた内容が酷かったので、書き直して貰ったが、その後にそれをどう修正したのか僕は知らない。

 「こんなんやで」

 千代がスマホの画面をスクロールさせ、投稿した質問を表示させた。

 [アウラという人を探しています。心当たりのある方はご回答ください]

 「まあ………そうだね、実際名前以外何もわからないしこのぐらいしか書けないよね」


 千代が再び画面をスクロールさせ回答を表示させた。

 [アウラという名前だけではわかりません]

 「そうなるよな………」

 「もうちょっと情報があればなー」

 「しかたない、他の回答を見よう」

 [その方の事は存じ上げませんが、私も今人探し中です。お互い頑張りましょう!!]

 「はいはい頑張ってねー。次の回答見よう」

 [よくわかりませんが、人探しが得意な方に探してもらえばいいのではないでしょうか?ベストアンサー下さい]


 「今来てる回答はこの三つやなー」

 「ろくな回答がないね」

 「名前だけじゃさすがにわからんかー。でもこの回答、『人探しが得意な方に探してもらう』っていうのはありかもしれん」

 「誰か心あたりあるの?」

 「前にメアちゃん………ウチの友達が誰かに頼んで探し物して貰ったって言っとったから、その人に頼めば何とかなるかもしれん」

 友達………千代の友達も一つ目なのだろうか。千代を見る限り、言動や行動は普通の人間と変わらないが、彼女の友達も同じだろうか。

 僕は若干の不安を覚える。


 「千代の友達ってどんな人なの?」

 「ちょっと変わってるけどええ子やで」

 千代も相当変わってる気がするけど黙っておこう………

 「ちょっとメアちゃんに連絡とってみるわ」

 千代がスマホを取り出しアプリを起動する。

 慣れた手つきで文字を入力し、送信ボタンを押した。


 「そういえばそのアプリ普通のトークアプリと違うよね」

 「普通のんがどんなんかは知らんけど、アプリ入れんのに利用申請して承認貰わんと入れられへんから明人君のスマホに入ってるのは入れられへんかもしれん。今使ってんのんは最初っから入ってるアプリやで」

 「結構面倒なんだね………」

 「このスマホも厳密にはウチの持ちもんじゃなくて第五区の管理課から支給されてるやつやねん。なんか通信内容監視されてるって聞いたことあるわ」

 「監視………よく考えるとさっきの知恵袋で聞いたのもまずかったかも。アウラっていう人犯罪者らしいし」

 「言われてみてばそうやな。でも明人君自分でここに来たわけちゃうし、無理矢理連れてこられましたって言ったら大丈夫ちゃう?知らんけど」

 「だといいけど………」


 その後、千代の友達からの返信が来るまでしばらく部屋内で過ごした。

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