一つ目の怪物
2 一つ目の怪物
辺りは薄暗く、上下左右が壁に囲まれているので圧迫感がある。
これからどうしようか。
エレクスの言うとおりに行動するならば、アウラという人物を探し出して伝言を伝えれば良いわけだが、素直に従って良いものだろうか。
それに、もうすぐ昼休みも終わってしまう。
エレクスには頼みごとをされてしまったが、授業をサボってまで初対面の相手の依頼を優先する程、僕もお人好しではない。
とりあえず教室に戻ろう。
お願いを聞くのは午後の講義が終わってからでも遅くはないだろう。
改めてあたりを見渡す。
狭い通路は左右どころか上下にも曲がりくねっており、遠くまでは見えない。
後ろを見ると先ほど出てきた扉が見える。
牢屋へと入ったときはスチール製の扉だったが、今見ると木製の扉となっている。
「そういえば、アウラっていう人の居場所聞いてなかったな………」
エレクスには早く行くよう急かされていたが、伝言を伝えるべき相手の情報が名前以外わからない。
急かされたのはおそらく、ドアをガチャガチャ鳴らしていた人物が戻ってくるまでに時間がなかったからだろうが、せめて場所だけでも聞いておかなければどうしようもない。
「とりあえず、場所だけ聞こう」
今しがた出てきた扉を再度開いた。
扉の向こうは先ほどまでエレクスと話をしていた牢屋では無かった。
扉を出てくる時にも、元居た一号館校舎のエレベーターホールではなく謎の通路に出たのだ。
心のどこかで、扉を開けても元の場所に繋がるわけではないのだろうという考えがあったので、それほどの驚きは無い。
見たところ玄関だろうか。
玄関部分は土間(コンクリートやタイルではなく本当に土の床)になっており、段差になった奥に部屋が見える。
床は廊下と同じ木張りだが、その上にござが敷かれている。
屋内を観察していると、部屋の奥で物音が聞こえた。
どうやら、誰かが使用している部屋の扉を開けてしまったらしい。
立ち去ろうか、謝ろうか考える間もなく、部屋の奥から物音の主が現れた。
僕はそちらの方へ目をやり、家主の姿を視認する。
そして僕はその姿を見て………一目散に逃げ出した。
本当に驚いた時、叫び声など出ないものだ。
鼓動が速い。
上手く息ができない。
恐怖に支配され、身体も思い通りに動かない中、必死で通路を走った。
なんだ、あれは。
化け物じゃないか………
一つ目の怪物。
部屋の奥から出てきたのはこの世ならざる物だった。
身体は人間の物だが頭には大きな単眼が付いている。
事故で片目を無くしただとか、先天的な病気だとかそういう物でない事は見ればわかる。
頭のサイズは通常の人間サイズなのに目がメロン一玉分くらいの大きさだ。
人間と同じ構造であれば、頭蓋骨や脳、その他器官が頭の中に入ることは物理的に無理に思える。
この時、そこまで考察する心の余裕は無かったのだが、本能的に異質な感覚を覚え、逃げるに至っている。
十数メートル進んだところで後ろを振り返ると、扉を出て僕を追いかけてきている怪物の姿が見えた。
「なんで………」
なんで追いかけてきているんだ。
たしかに部屋に勝手に入ってしまったが、ちょっと間違えただけではないか。
ここまで追い回されるほど悪いことをしたのか?
そんな思考に気をとられていたこともあったのだろう。
又は、現代の建物には無い構造物に気が回らなかったか。
僕は、通路の曲がり角を曲がった先、足元の梁に足を引っ掛けて転んでしまった。
転んだのは一瞬。
だが怪物が僕との距離を詰めるのには十分だった。
地面に手と尻をついた僕とそれを見下ろす怪物。
あの部屋には間違えて入ってしまったんです。勝手にドアを開けてしまい申し訳ありません。悪意は無かったんです。
そんな思考が色々と思い浮かぶのに声が出ない。
「あの………大丈夫?」
先に声を発したのは一つ目の怪物の方だった。