ツリーウッズフォレストの森
17 ツリーウッズフォレストの森
約束の地から二キロメートルほど歩き、霊脈樹の外へと出た。
外とは言っても青空は見えない。
木々が生い茂り、完全に日光は遮断されている。
木々に覆われて空が狭いとか日の光がわずかしか入らず薄暗いとかそういった明るさではなく完全に、百パーセント太陽光が入ってこない。
そんな中でも周りの様子ははっきりと分かる。
もちろんそれは暗いところでも見えるという僕の特殊能力のおかげでもあるのだが、それを除いても辺りを知覚するのは容易だ。
樹木の幹や足元の植物、岩石、遠くを流れる河など、そこら中の物が青白い光を放っている。
一つ一つの光は蓄光塗料程度の明るさしか無いが、光源が大量にあるおかげで物が見える程度には明るい。
「明人君楽しそうやなー」
キョロキョロ辺りを見回していたのを見られていたようだ。
何だか恥ずかしい。
「色々光ってるのがもの珍しくってさ………」
「ゲーミング森だな!」
「ゲームから最も縁遠い大自然なんだけど」
「自然じゃないんたなこれが」
「えっ、この木々とか人工物なの?」
「植物自体は人工物じゃないぞ。五十年ほど前にこの森で魔術の実験があったんだけど、その影響がいまだに続いてるって話だぞ!」
そんなに影響が続いているのか………
五十年前は僕もまだ生まれていない。
僕の両親が生まれるかどうかぐらい前ではなかろうか。
「そんなに長続きするもんなんだね、魔術って」
「ここは特別だぞ、魔術発動の中心が龍穴の真上なんだぞ!」
「龍穴?」
僕がメアに聞き返すと彼女は快く答えてくれる。
「良い質問だ!分かりやすく言うと、ハイパー地球パワーがぶしゃーってなってる所だぞ!」
全然分かりやすくなかった。
「英語で言うとドラゴンホールだぞ!」
「七つ揃えると願い事を叶えてくれる龍が出てきそう」
「呼んだりゅん?」
可愛らしい声の方を向くと黒田が右腕を包帯の上から押さえており、その手の下では腕に刻まれた模様が紫がかった白色の光を放っている。
「くっ、静まれ俺の右腕!」
「静めようとするなりゅん、っていうかたかしが『目覚めよ』って言ったから起きたのにあんまりな仕打ちりゅん………」
そういえば道修飯店でそんな事言ってたっけ。
「すまん、りゅんりゅん。分かった、出てきてくれ」
「ツーン、どうせボクは要らない子りゅん」
どうやら拗ねてしまったようだ。
黒田が何度か呼びかけ、ようやく出てくる気になったらしい。
包帯の隙間から見える腕の模様の光が強くなり腕の包帯が盛り上がった。
「何も見えないりゅん………」
腕から頭が出てきた。
明らかに腕より大きなサイズだが、普通に人の形をした頭、但し角が生えた頭が生えている。
しかし、その頭には、元々黒田の腕に巻かれていた包帯がぐるぐる巻きになっている。
包帯の隙間から角とピンク色の髪は見えるが、顔は判別できないが怒っている様子が窺える。
「すまん!すぐにほどく!」
「もういい、寝るりゅん」
「怒ってるか?」
「ボクはドラゴンりゅん!感情などという下等な物は持ち合わせていないりゅん!!」
すげー感情あるじゃん………
もう寝る、そう言った後彼女は黒田の腕の中へと戻っていった。
少しばかりの沈黙。
僕達は再び移動を再開し、歩き始めた。
「ねえ、一つ聞いていい?」
僕が黒田に向かって疑問を口にした。
「どうした?」
「何で腕に包帯巻いてるの?さっきの感じだとりゅんりゅんさんを封印してるとかじゃないんだよね」
「ああ、これか。入れ墨が入っていると銭湯に入れないからな」
凄く庶民的な理由だった。
銭湯だったら包帯もアウトだと思うのだが、特に言うべき事でもないので、黙っておく事にする。
「第五区画に移り住んでからは銭湯に行くことがなくなったから必要ないと言えばないんだが、どうにもこれが無いと落ち着かなくてな」
それは依存症なのでは?
「正直、前々から外して欲しかったりゅん」
黒田の腕から声がした。
姿は見えないが、少し機嫌が直ってきたのかも知れない。
「分かった、これは外そう。だが、お前は表向きには討伐された事になっている。この島にあの村の住民たちが居るとも思えんが、出る時には気をつけろ」
何やらよく分からないが複雑な事情も有るらしい。ひょっとすると、銭湯のくだりは本当の事を誤魔化す為の嘘なのかも知れない。
深くは聞かない方が良さそうだ。
そう思ってわいたのだが、僕の横から千代が何も考えずつっこんでいく。
「りゅんちゃんってなんか悪いことでもしたん?」
「いや………」
黒田が言い淀んだが、りゅんりゅんは特に思う所も無いように答える。
「悪いこと………ひょっとしてこの間、たかしの刺身定食に付いている食用菊をこっそりたんぽぽにすり替えた事かりゅん?」
「違う、というよりそんな事してたのか!いや、それじゃなくてアシェートヴァでの話だ」
聞き慣れない単語が出てきたが、地名だろうか。
「ボクは何も悪くないりゅん………」
「ああ、当然だ。他人の命を助ける為にやった事は正当防衛で罪にはならない。ただ、人を殺した事のある人外が、特区に入る時、その振り分けは第四区へ割り振られてしまう可能性が高い。りゅんりゅんは悪くないが、隠れて貰わざるを得ん」
この島が第五区画だから、第四区画もあって当然なのだろうが、この感じだとかなりやばそうな所なのだろう。
それよりも黒田は“人を殺した事のある人外”と言った。
つまりは、りゅんりゅんがそれに当てはまると言う事なのだろう。
僕の心を読んだ訳では無いのだろうが、黒田はりゅんりゅんを庇うように追加情報を述べる。
「勘違いしないで欲しい。りゅんりゅんは殺人を犯したがそれは善良な命を救う為にやった事だ」
僕を含め、一行は歩くペースを落としながら、黙して黒田の話を聞いている。
「アシェートヴァという村がある。そこにはとある言い伝えがあってな………」
「どんな伝承ですか?」
「赤き雄牛が翼を授けるという………」
「それはエナジードリンクのキャッチコピーだりゅん」
黒田の腕からツッコミが入った。
「違ったか?いや待て、今思い出す」
黒田の腕に巻かれた包帯の中身がブンブンと動いている。
「そうだ、生贄だ!村では神に生贄を捧げて厄災を祓うという風習が残っていた。当時、村には風土病が蔓延していてな」
「風土病………」
僕が黒田の言った事を繰り返すと黒田より先に千代が反応を示した。
「食中毒的なやつ?」
「フード病じゃねーよ」
「生贄として捧げられた少女を助けたのがりゅんりゅんだったというわけだ」
「その時に村人をりゅんりゅんさんが、その………傷付けたって事?」
「いや、もう少し後の話だ。村人は初め、巨大なドラゴンの姿で現れたりゅんりゅんを神だと崇めた」
「へぇ、りゅんちゃんって変身するんや、なんかメアちゃんみたいやな」
「アタシのはせいぜい身長が伸びるくらいだぞ」
「変身って、あの腕が伸びてたやつ?」
「うんにゃ、あれはヨガやってる奴なら誰でもできるぞ」
衝撃の新事実だった。
僕もヨガ始めようかな。
やっぱりいいや、腕伸びるのなんかキモいし。
「まあ、今はアタシの事なんていいだろ。りゅんりゅんの話聞こうぜ」
「ああ、ごめん」
僕が黒田の方を見ると、彼は続きを話し始めた。
「初めはりゅんりゅんを神と崇めていた村人達だったが、りゅんりゅんが風土病を解決できないとわかると、生贄の少女を糾弾し始めた」
「その子全然関係ないじゃん………」
「奴らは確信犯だ。論理的な反論はまったくの無駄だ。己の行いが村のため、疫病を退ける事になっていると疑いもしない。行動はエスカレートしていき、糾弾が暴行に、暴行が殺人未遂にまで発展しかけたとき、りゅんりゅんのブレスが村を焼いた」
話を聞けば、なるほど本人が悪くないと言うのも納得できる。
司法に掛かれば過剰防衛だと言われそうだが、感情的にはりゅんりゅんさんの味方をしたいところだ。
その後の経緯や、生贄の少女がどうなったかなど聞きたいことはあったが、それはメアの言葉によって遮られた。
「シリアスな話に水を挿して申し訳ないが、到着したぞ」
そう言ってメアが指差す方を見ると、僕らが歩く道の前方に丘が見えた。
僕たちが歩いてきた、樹木に囲まれた道とは打って変わって、サッカーコートほどある開けた空間だ。
丘の中央には巨大な木が生えており、その木が丘一面の花から放射される青白い光に照らされている。
この場所は開けた空間で上方向にも開放されている為、空が見えても良さそうなものだが、丘中央の巨大な木が上空を遮りやはり空は見えない。
木の先端は目視出来ないが、幹から生えた一番低い枝でも十数メートルはある高さな事から推測すると、この木の高さは高層ビルぐらいの高さなのかも知れない。