道修飯店
15 道修飯店
「どこへ向かって歩いてるん?」
「適当に見えた飯屋に入ればいいかと思うんだが………そうだ、ケーちゃんなんかこの辺りいい店あるか?」
メアの言ったケーちゃんというのはケーラーの事だろう。彼の方を向いて発言している。
「良い店かどうかはともかくとしてあそこのラーメン屋、あそこは食べられないラーメンを提供しているでござるよ」
「食べられない?まずいってこと?」
「いや、そもそもほとんど食べられないからそれも良く分からないのでござるよ」
意味が分からない。
「店に入って、券売機で食券を買って、店主に渡すとラーメンを出されるのでござるが………」
「それだけ聞くと普通のラーメン屋だね」
「ここからでござる!券売機をカウンターに置くと、待ち時間ゼロでラーメンが提供されるのでござる」
ファストフード店ならともかく、ラーメン屋で待ち時間ゼロって凄いな。
「置かれたラーメンを客が食べようとすると、店主にそれを止められるのでござるよ。『帰ってくれ、うちのラーメンはスープが売りなんだ、麺から食うような奴は出ていけ!』こう言われるのでござる」
「実際にあるんだ………そんなこだわり強すぎるラーメン屋みたいなの」
「ちなみに残されたラーメンは次の客に出して、一杯のラーメンで何度も金を稼ぐ荒技をやってのけているのでござるよ」
「それって犯罪なのでは?」
そんな酷い話をしているうちに、話題のラーメン屋はとうの昔に通り過ぎている。
当て所もなく歩く僕らの鼻腔に芳ばしい香りが流れ込んできた。
どうやらこの香りは通路の正面、突き当たりの丁字路に位置する中華料理屋から漂ってきているようだ。
入口の上部には[道修飯店]という文字の大きなネオンサインが光っている。
軒先には飾り提灯、ガラス窓には逆さ福の飾りが付けられており、昨日の居酒屋よりも華やかな様相だ。
開け放たれた入口から店内を見る限り、それなりの繁盛店の様である。
「あそこにしようや!」
千代が発する意見に反対する者は居ない。
僕たちは足取りそのままに店へと入った。
昼食のピークを過ぎ、時刻は十五時を回ろうかというのに、店内には沢山の客で溢れている。
店の奥では体長2.5メートルはあろうかという緑色の大きなモンスターが中華鍋を振るっている。
ホール側には四人掛けの四角いテーブルが二卓、奥の方に八人掛けの回転テーブルが一卓あり、それらとは別に厨房前のカウンター席がある。
どの席にも様々な種族の客が座っており、現在満席である事が見て取れた。
店に入った僕たち五人の前に、チャイナ服を着た猫耳の女性店員が駆け寄ってきた。
「すみません、現在満席となっておりまして、ご相席でも宜しいでしょうか」
黒田が店員に了承の意を伝えると、回転テーブルの元へと案内された。
八人掛けの円卓には既に二人(二匹と言うべきだろうか)が座っており、談笑しながら食事をしている。
片方はライオンの頭に人間の身体をした男だ。
下半身はハーフパンツ、上半身は裸にマントという格好で、その服装だけを聞けば変質者の様にも思えるが、筋骨隆々とした肉体と健康的に焼けた肌のお陰で、どちらかといえば歴戦の戦士のような雰囲気が漂っている。
もう一人は黒いローブをまとった爬虫類だ。
爬虫類と言っても人間が使用する物と同じ椅子に座っているので、おそらくは二足歩行だろう。
アクションゲームをやっていてこういう種族を見たことがある。何と言うんだったか………確かリザードマンというのだったか。
見た感じ、二人とも八割以上は食べ終えているようだ。
僕らが軽く会釈をして席につくと、獅子の顔を持つ戦士がリザードマンに話しかける。
「我らが円卓に新たなる仲間の到来ぞ!」
「フム………お手並みを拝見させて頂きましょうかね………」
何だコイツら………
僕が呆気に取られていると黒田が口元に笑みを浮かべながら返答する。
「面白い………実力の違いを見せてやろう!」
ノリ良いな。
「一番、千代行きます!」
千代も乗り気のようで、一番手に名乗り出た。
彼女は一歩前に出ると、左手を自分の前に突き出し、自身の左手親指を勢い良く引きちぎった。
正確に言えば、左手親指を折り曲げ、右手親指の第一関節を隠した状態で動かしただけだ。
今どき宴会芸にもならないような使い古されたネタだ。
しかし、千代が行うそれは、はずした(様に見える)親指を他の指と付け替えたり、指が有り得ない方向に曲がったりと、少しばかりアレンジの加えられたものであった。
しかも、要所要所で普段のおっとりした彼女からは想像もつかないような素早い動きをしているため、本当に指が外れている様に見える。
千代が一連の芸を終えると、満足そうに微笑んだ。
「中々やるでござるな、千代殿」
「フム………貴殿こそ我らが円卓に集う者として相応しい!」
どうやらライオン男に認められた様だ。
ちなみに認められる以前に、宴会芸を披露する千代以外の一同は既に席についていた。
店の真ん中で立ってたら迷惑だもんね、仕方ない。
「お次はどちらの方ですかな?」
リザードマンが僕らの方を見据えながら言う。
「これもしかして全員やる流れ?」
僕はそう言いつつ、自分の番が回って来ない事を祈った。
「俺が行こう」
そう言い、黒田が前に出た。
彼はおもむろに右腕に巻かれた包帯を解いた。
包帯の下には黒い刺青が見える。
何の模様かはわからないが、幾何学図形が組み合わさった複雑な模様だ。
その様子を見ていたトカゲ男が口を開いた。
「まさかお前は………」
「ほう、知っている奴が居るとはな」
黒田は続けて言う。
「そう、俺こそがかつてドラゴンスレイヤーとして恐れられた、黒き漆黒のブラックノワールだ!!」
「あっ、すまない、やっぱり知らなかったわ………」
どうやらリザードマンが考えていた人物とは違ったようだ。
特にも気に留めていないのか、黒田は語り続ける。
「そして、スレイヤーとは言ったがそれは正確ではない。なぜなら、その龍はこの右腕に居るからだ!」
そう言った黒田の右腕に刻まれた幾何学図形が淡く光り始めた。
「さあ、今こそ目覚めよ!邪龍りゅんりゅんよ!」
邪龍の名前かわいいな!
黒田が邪龍の名前を呼んだが、しばらく経っても反応がない。
仕切り直しとばかりに黒田がもう一度叫ぶ。
「目覚めよ!」
「うーん、あと五分………」
黒田の叫びに可愛らしい声が応えた。
可愛らしいその声は邪龍という感じではないが、どうやら本当に腕に何かしら宿っているようだ。
「起きろ、りゅんりゅん!りゅんりゅーん!!」
腕の刺青からは光が消え、残されたのは
自分の右腕に声を上げ続ける男の姿だった。
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにして頂けますでしょうか」
少しばかりうるさくしすぎたようだ。
「すまない………」
黒田が店員に謝罪し、席につくと、僕を含め、一同先程までの喧騒が嘘のように静かになった。
今しがた僕たちに注意を行ったチャイナ服の猫耳店員は、まだ円卓のそばに居る。
「ご注文お決まりでしょうか」
そうは言われてもまだメニューを見てすらいない。
「日替わり定食!」
メアがメニューも見ずに注文した。
「拙者も日替わりをお願いするでござる」
「じゃあウチも」
ケーラーと千代がそれに続き、他の一同も同様に日替わり定食を頼んだ。
「申し訳ございません、当店では日替わり定食はございません」
残念な事に日替わり定食は無い様だ。
しかしながら店員はいまだ僕らの横に立って注文を待っている状況なので、一同は急いで手元のメニューを見た。
[菜譜]と書かれたメニューを開くと写真付きで様々なメニューが掲載されている。
店内の装飾は中華料理屋のそれだが、メニューの方は中華以外にも和食、洋食、その他多種多様な料理がある様だ。
メニューを開くや否や黒田がテーブル横に立つ店員に注文をした。
彼が選んだ料理は中華そば、昔ながらの醤油ラーメンだ。
猫耳店員は、注文を伝票に書きつつ黒田に問う。
「こちら単品ですか、それともセットになさいますか?」
「セットは何が付くんだ?」
「セットですとプラス五十円でご飯が付きます」
黒田は少し間を空けた後、単品を選択した。
彼が注文を終えると続いて千代が注文を行う。
「カレーライス下さい」
「こちら単品ですか、それともセットになさいますか?」
店員が発するのは先程も聞いた定型文。
これまた先程のやり取りと同じく千代がセットの内容を問い返すと、店員がそれに答える。
「セットですとプラス五十円でご飯が付きます」
カレーライスにご飯ってただの大盛りでは?
結局、千代も単品を選んだ。
それはそうと、僕も早く何かしらのメニューを頼まなければなるまい。
急いでメニューのページをめくっていくと定食が並ぶページを見つけた。
お馴染みの唐揚げ定食や野菜炒め定食からライス定食(おかずがライスで主食もライス)などという、誰が頼むのか分からないものまで載っている。
僕が選んだのは、店の名前が付いたメニューだ。
写真を見た感じ、揚げ物とスープにサラダ、ご飯、デザートが付いて六百円と他のメニューに比べてお得感がある。
メニューの横に『※デザートは日替わりです。詳しくは店員にお尋ね下さい』と記載がある。
ここの地名からして、品名は「道修定食」(どうしゅうていしょく)と読めば良さそうだが、僕の地元にはこれで『どしょう』と読む地名がある。
読み間違えると恥ずかしいので、指で指し示すという注文方法をとった。
「道修定食ですね、こちらデザートは食後におもちでよろしいでしょうか」
「あっ、はい。ちなみにデザートって何が付くんですか?」
店員は僕の問いかけにきょとんとした顔をする。
何かまずい事でも聞いてしまったのだろうか。
店員が訝しんだ顔のまま先程も言った言葉を繰り返す。
「デザートは食後におもちです」
「そのデザートって具体的に何なんですか?」
「お餅ですが………」
「食後にお餅!!」
叫んだ僕を一同の視線か貫いた。
えっ………わかってなかったのって僕だけ?
っていうか餅はデザートなのか?
言いたい事はあったが、これ以上注目されるのも困りものなので、僕は閉口する事にした。
その後、残りの三人がメニューを順番に注文した。
注文を終え暫くすると、食事を終えたライオンとトカゲの容姿をした男らが立ち上がる。
「刹那の時ではあったが、汝らと過ごした時は、生涯忘れぬものとなろう」
「また会いましょうぞ。その時には残りの皆様方の力も見せて下され」
そう言ったライオン男、トカゲ男は店を出ていった。
暫しの沈黙の後、黒田が口を開く。
「アウラの件だが、手掛かりが掴めた、調べる価値が十分にある情報だ」
「おお、やったじゃん!ちなみに、あかねん達の方も進展あったって話だぞ!」
先程メアのスマホに電話があった時に聞いたのだろう。その時の僕は気にする余裕が無かったけれど。
「では、まずそちらの話から聞かせてくれるか」
黒田にそう言われたメアは、自身のスマホを取り出し操作した。
茜と電話で話していたのに加え、その後取り調べの調書を送って貰っていたのでそれを見ながら話すとの事だ。
まず、茜と荒川は、犯行現場であるアルドアの倉庫を調べたらしい。
おそらくステルスルアンの効果によるものだろう、魔力的痕跡は全く残っていなかったとの事だ。
その後に茜達が向かったのは、エレクス=マーロ………僕がこの島へ来るきっかけであり、アウラの共犯者、その元だ。
事件が起きた後、荒川や黒田が彼に事情聴取を行った際に出なかった情報が、茜の聴取により追加で得られたらしい。
得られた情報は、アウラの現在の状況と彼がこの犯行を行った動機だ。
アウラにはエレクスとは別に仲間が居る。
仲間と言っても、今回の事件の共犯者という訳ではなく、どちらかといえば友達や家族といった存在に親しい存在との事だ。
この仲間の余命が幾許もなく、アウラが仲間をどうにか延命させようと足掻いていた所、エレクスに今回の犯行を提案されたという。
「アルドアさんの倉庫に延命の為の道具が置いてあるってこと?」
「合ってるけど違うぞ、確かにアイツの倉庫なら寿命を延ばすような道具は有るだろうが、アウラが狙ってたのは進化の霊薬って話だぞ」
進化の霊薬………僕が、それはいったい何なのかと尋ねるより先に、メアは話し続ける。
アウラという人物、種族は人間で錬金術師である。
そして、話に上がっている仲間というのは彼の作り出したホムンクルスだという話だ。
彼の仲間がホムンクルスであるという話と先程の話がどう繋がるのか分からず、頭の上に疑問符を浮かべる僕に、ラルカさんが補足説明をしてくれた。
ホムンクルスは古典的な作り方だと、フラスコ等の限られた空間内でしか存在できない。
オカルト的な話になるが、偽りの魂がこの世界に拒絶されるのだという。
フラスコ外でも存在させるには生体を媒介にする方法、フラスコにあたる物で身体を形作る方法、定期的に他者の魂を身体に取り込み蝕まれていく身体を維持する方法等あるが、今回話に上がったホムンクルスはそのいずれでもないという話だ。
実験的に作り出したそれは身体を維持する機構を持たず、その寿命は短い。
作られた時に与えられたエネルギーを消費してしまえば、その後はただ死を待つしかないという事だ。
「延命する方法はないのでござるか?」
ケーラーの質問にラルカさんが答える。
「病気などの原因であればともかく、そういう生物として生み出されている以上、難しいでしょうね。例えるなら八十年しか生きられないヒトの寿命を一万年に延ばすようなものです」
ラルカさんの話からアウラの仲間の延命がいかに難しい事かが伺える。
「そこで進化の霊薬ってわけだぞ!」
「さっきも言ってたね、何なの?それ」
「詳しくは知らんが、これを使うとホムンクルスをヒトにできるらしいぞ」
「ホムンクルス限定という訳ではないがな、森羅万象の根源を改変できるらしい」
メアの言葉に黒田が補足情報を加えた。
進化の霊薬については何となくしかわからないが、とりあえずアウラの犯行動機は分かった。
そこで僕は一つの疑問を思い浮かべた。
「でも何でエレクスはアウラに手を貸したの? 共犯者を求めているのなら、錬金術師よりも犯罪に長けた人を探すと思うんだけど」
「その理由もあかねんから聞いてるぞ。一つ目の理由は、この島の治安が良くて犯罪に手を染めそうな奴が皆無って事」
確かに僕もこの島に来てからというもの、千代に助けられ、メアやラルカ、他の面々も優しい人(人と言って良いのかはわからないが)達ばかりだ。
少しばかり恐怖を感じたのはアルドアが現れた時ぐらいのものだろう。
それにしたって、彼女は島の管理者として不法滞在者に寛容とはいかないだろうし、特別悪意を持った人物というわけでもなかった。
僕がここ数日の思い出を回想していると、ケーラーが口を挟む。
「衣食住足りて礼節を知る、拙者もこの島に来てからそれを実感しているでござるよ」
脈絡のない彼の言動に僕が戸惑っていると、メアがその意味を教えてくれる。
ラルカさんと黒田が横から注釈してくれたところによると、「衣食住足りて」というのは、比喩表現でも何でもなく、もっと現実的な話の様だ。
この島………第五区に住んでいれば、毎月飢えない程度の最低限度のお金が全島民に支払われるという話だ。
といっても、あくまで最低限度しかない為、千代のような日雇いの労働や、ケーラーのような趣味で店を開いているといった、何らかの手段で労働を行っている島民が多い。
魔術や魔法、錬金術、その他人間社会を遥かに超えた技術やそれらを以て産み出された物が、特区内での自給や特区外と取り引きに使用され、経済が成り立っているらしい。
今、特区外で使用されている現代社会に必要不可欠な技術のうちのいくつかもこの島や他の特区由来の技術だという話だ。
それが何の技術を指すのかは「詳しくは内緒だぞ」と言われ、教えてくれなかった。
「話を戻すぞ、エレクスがアウラを共犯者に選んだ理由だが、もう一つの方がメインの理由だぞ」
そう言った彼女は話を続ける。
エレクスはこの島で、魔術や超常の存在について調べるうち、アルドアの倉庫についての情報を知った。
そこにはありとあらゆる宝物や兵器が保管されており、中にはパラダイムシフトを及ぼすような物や世界を滅ぼしかねないような物まであるらしい。
故に警備も厳重で、到底エレクスには突破できるような代物ではなかった。
正確に言うと、この島に来る前までの彼では、到底突破できないものであった。
だがそれも過去の話。
エレクスはこの島に来てから、外の世界には無い技術を悪用する事を考え、ひたすらに情報を集めていた。
アルドアの倉庫についての情報もその過程で知ったものだ。
そして幸運なことに、彼には自らの稼業にうってつけの魔法の適性がある事が分かった。
離れた扉と扉を繋ぐ魔法。
この魔法があればどんな場所にでも入ることができる上、捕まる事も無いだろう。
「でも魔法が普通にあるこの島なら、そんな魔法にも対策されてるんじゃないの?」
「結論から言うとアルの倉庫はそのあたりの対策はされてるぞ、ただ『扉と扉を繋ぐ魔法』そのものには対策されてないけどな」
「要するに、エレクスの魔法で入ってくる事自体は防げないってこと?」
「その通り!」
続けてメアは「アタシも詳しくは知らないんだけど」と前置きをした上で話し出す。
彼女の話をまとめるとこうだ。
アルドアの倉庫には様々なものが保管されている。
些細なものであれば、魔道具やただ単純に高価なものなどだが、冠たるものになると、国家予算に匹敵するような貴重なものや大災害を引き起こす可能性のあるもの、決して世間には公表できない事実が記された書類などとにかく多岐にわたる。
そんな場所であるから警備も世界最高峰のものとなっている。
詳しい警備体制はメアもよく知らないそうだが、物理・魔術それぞれに対応した万全のものである。
倉庫は二つの区画にわかれており、全体的に第二倉庫があり、その中の一区画を第一倉庫という。
第一倉庫は前述したような最高レベルの警備体制な上、アルドアが持つ各種の宝具によって、魔術はおろか魔法をも無効化する仕組みになっている。
「ごめん、初歩的な質問してもいいかな」
「いいぞ、もし初歩的じゃなかったらキレるけどな!」
理不尽!!
まあ、冗談だろう。
僕は構わず質問する。
「魔術と魔法って何か違うの?」
「良い質問だな!良い質問だ………そんな良い質問にはラルカ大先生が答えてくれるぞ!」
丸投げである。
しかし、突然の指名に動じることなくラルカさんは答える。
「魔法とは主に魔力を動力源として起こす現象の事です。そのうち、状態遷移基礎魔法と呼ばれる魔法の組み合わせによって現象を起こす事を魔術と呼びます。なお、魔力の媒介なしに起こる事象のうち、現代物理学の法則に沿わない物も魔法と呼ばれます。こちらは物理学や科学の研究が進めば魔法でなくなる可能性がありますね」
「要するに、魔法を組み合わせて何かを起こすのが魔術ってことか………」
「概ねその通りですが………」と言いラルカさんが僕に説明してくれる。
僕の後ろの方で「なんかようわからんわ」と言う声が聞こえたが無視しておく。
ラルカさんの話によると、魔力を用いて直接何らかの事象を発生させるのが魔法だという話だ。
魔法は特定の者にしか扱う事ができない場合や、場所や時間を限定されるものなど、多種多様であり、魔力を持っているからと言ってどんな魔法でも使える訳ではない。
そんな中にあって、魔力さえ持っていればほとんどの者が使える魔法がある。
それを基礎魔法と言い、火を起こしたり、暗い場所を明るくしたりする様な簡単な事ができる魔法などがある。
その中で温度変化、重力変化、密度変化、磁力変化、座標変化、魔力波長変化、力学的エネルギー変換、電力変換等の状態遷移基礎魔法と呼ばれる魔法を組み合わせて事象を発現させる事を魔術と呼ぶ。
魔術は昔から研究されてきた為に、その対抗手段も確立されているが、魔法は千差万別で発生原理すら分からないものが多い。
多種多様な魔法全てに対する対抗手段を確立するのは極めて困難との事だ。
「なるほど、でもアルドアさんの倉庫は魔法にも対策してるって話だよね」
「ああ、第一倉庫だけな。でも第二倉庫まではエレクスの魔法で突破可能だぞ!」
そう言えばさっきそう言ってたっけ。
「更に言うと、アウラは第一倉庫に入る術を持ってるって話だぞ!」
世界一のセキュリティと魔術、魔法にも対策された場所に入る事ができるとは驚愕に値する能力だ。
ただ、一人で完全犯罪が行えてしまいそうなエレクスがアウラと組んだのはそういう理由だったのかと得心がいった。
「でも結局二人とも第一倉庫には入れなかったって話だぞ」
そう言ってメアは続きを話し始めた。
内容はエレクスとアウラの二人がアルドアの倉庫に不法侵入した時の話だ。
エレクスの魔法で難なく第ニ倉庫に侵入した二人は、エレクスが事前に得た情報を元に第一倉庫への入口を探し始めた。
アウラが辺りを警戒しながら歩みを進めていると、彼に声が掛かる。
やっぱり盗みは良くない、こんな事はやめよう。
そんな正論を吐き出すのは、アウラにこの倉庫の存在を教え、盗みを唆したエレクス=マーロ本人である。
突然態度が変わった共犯者の左手を見ると、禍々しい剣が怪しいオーラを放っている。
おそらくはこの倉庫に保管されていた剣なのだろうが、その禍々しい見た目は勧善懲悪を嘯く彼の言葉とちぐはぐな印象をアウラに与えた。
訝しげな視線をおくるアウラを意に介さずエレクスは話し続ける。
そもそも、進化の霊薬の話はアウラに第一倉庫のセキュリティを突破させるためについた嘘で、ここにある物を盗んでも意味がない。
つまり、これまでの事はエレクスの嘘であり、アウラはそれに騙されただけだ。
エレクスはアウラに対し謝罪の言葉と共にそのような事を言った。
仲間を延命する為、必死で情報を集め、悪事に手を染めたが、結局は無駄な徒労であったということだ。
だというのにそれを聞いたアウラは不思議と落ち着いている。
彼はエレクスに向かって言い放つ。
第一倉庫にはクリスタルオブソウルサクリファイスがあるだろう。
「何?そのクリスタル………何だっけ?」
メアが話をしている途中で思わず問い返してしまった。
話の腰を折ってしまい申し訳ないが反射的に口から出てしまったものはどうしよも無い。
「クリスタルオブソウルサクリファイスだぞ。生命を対価に願いを叶えるらしいけど、過去に使われた時には数千人規模で犠牲者がでた………ってエレクスが言ってたってあかねんが言ってたぞ!」
言ってた言ってたってややこしいな。
それはそうと、つまりアウラは数千人規模の犠牲者を出してでも彼の仲間を助け出そうとしたわけだ。
「んで、このまま放っておくと犠牲者がいっぱい出るって思って、エレクスがアウラを魔剣で斬ったって感じだ」
メアの話が一通り終わったタイミングでテーブルに食事が運ばれてきた。
黒田の前に、昔ながらという表現が似合うシンプルな醤油ラーメンが配膳された。
千代の前にカレー、僕には道修定食、メアの前にはパワーサラダだ。
サニーレタスをベースにレンコン、紫玉ねぎ、ブロッコリー、鶏むね肉などが入っており、それだけで一食分として成り立っている。
ラルカさんの前には肉饅と焼賣、蒸しパンが入った蒸籠が置かれ、ケーラーの前には鶏肉、豚肉、牛肉の三種グリルにコンソメスープとライスが付いた定食が置かれた。
僕たち一同は、食事を始める。
完全に黙って食べている訳ではないが、事件に関する話は一時中断だ。
僕は先程メアが話した事を頭の中で整理する。
先に茜の神社で聞いた話とを合わせて考えると、何となく全容はわかる。
エレクスの扉を繋ぐ魔法で、二人は第二倉庫へ侵入。
当初の計画ではそのままアウラの力で第一倉庫のセキュリティを突破する予定だったが、おそらく、第二倉庫内で悪しき心を力に変える魔剣、たしかブレイティアという魔剣だったか………
それを手にしたエレクスは自分の中の悪しき心が消え去った。
エレクスは同行者に窃盗を止めさせようと試みたが、説得は失敗に終わった。
それどころか、アウラが多数の犠牲者を出そうとしている事を知り、やむなく斬ったという事だろう。
「しかし、アウラという方も突然同行者の態度が180度変わって寝耳に水だったでしょうね」
食事をある程度食べたところで皆の話は、雑談から事件の話へと戻ってきたようだ。
「ああ、身内が死にかけてる時に自分まで斬られるとか、弱り目に祟り目だったと思うぞ!」
「まさに青天の霹靂だったでござろうな!」
「今は、奴も傷を負って青菜に塩の様な状態のはずだ」
何、流行ってんの?ことわざ。
「いやーウチもカレーにライスの思いやわ………」
「それ今食べてる物言っただけだよね」
無理して対抗しなくてもいいと思う。
「んで、たかしぃの方はどうだったんだ?」
手元のサラダを口に運びながらメアは黒田に問いかけた。
「ああ、ナイ………メアが話した内容とも被るが、追加の情報もある」
黒田は、ケーラーの店でシュレーディンガーと共に調べた内容について話し始めた。
黒田らが調べたのは第五区内のイントラネット上に書きこまれる各種の情報や、
メール、通信アプリ上で交わされるやりとりだ。
その中で、二人の目に留まったのは掲示板に書き込まれた書き込みだ。
内容は、背中に裂傷を負ってしまったので応急手当をしたが、症状が悪化したのでどうすれば良いかを尋ねる書き込みだった。
傷口の化膿、口の開けづらさ、筋肉の痙攣などの具体的な症状も書き込まれており、悪戯目的の書き込みだとは思えない。
その書き込みに対する反応は、病院に行けという至極真っ当なものであった。
その為、この書き込み主もこれ以上何も言えなかったのか、スレッドはそこで終了していた。
あまりに迂闊すぎる行動だが、調べるに越した事はない。
シュレーディンガーは管理者権限で書き込み主のIPアドレスを確認した。
それを島内イントラネットのネットワーク図と照らし合わせれば、セイジョウ区のセグメントであることがわかった。
DHCPサーバにアクセスし、その時間帯にどこの端末に当該IPアドレスが割り振られていたかを確認し、ある喫茶店が発信元だと特定できた。
その時間帯の付近のネットワークカメラに写った住民たちを一人一人確認していくと、その中で一人だけ第五区の住民基本台帳に登録のない人物が見つかった。
一通りの説明を終えた黒田は、スマートフォンを机の上に置き、映像を再生する。 小さい画面なので、ケーラーは立ち上がり黒田の横で画面を覗き込んでいる。
なお、僕を含めその他の面々は視力が良いためその場から映像を眺めている。
映し出されたのはどこかの監視カメラの映像だ。
この島ではよく見る古びた木造の廊下。
その廊下を上方から俯瞰した映像だ。
程なくして黒田が再生を一時停止する。
「ここだ」
画面内、黒田が指差した先は廊下の奥。
金髪の少女が廊下を横切るところが写っている。
金髪に白のワンピース、身長は千代やメアと同じくらいだろうか。
見ためは人に見えるが、この島にいるのだ、何かしらの人外である可能性は否定できない。
「あれ?この子どっかで見いひんかったっけ?」
そう言って千代は僕の顔を見るが、残念ながら心当たりは微塵もない。
「拙者の店に戻れば脳の側頭葉に電極を刺して記憶を呼び起こす『強制追憶電極弐式』があるてござるよ」
何それこわい………
「うーん、でもウチ脳みそ無いしなー」
「駄目でござるか………」
ちょっと待って。
「千代って脳無いの?」
千代は「そうやなー」と肯定の意を示しつつ、目をぐるんと回して白目になった。
完全に眼球が反対を向いている気がする。
視神経などはいったいどうなっているのだろうか。
「うーん、やっぱりないわ」
自分の頭の中を確認し終えた千代は視線を僕へと戻し、にこりと笑った。
「私も有りませんよ」
ラルカが球体関節を折り曲げて作った握り拳でコンコンと自身の頭を叩いて見せた。
メアと黒田がそれに続いて言う。
「アタシも脳みそは入ってるはずだけど、研究機関で脳波測定された時に全く機能してないって言われたな」
「特区内では珍しい事じゃない、もっとも、脳ではなく精神そのもので思考するという感覚は人間の俺には理解できんが」
なるほどこの島においては脳がないというのはごく一般的だという事か。
僕のせいで話が逸れてしまった。
何の話だったか。
監視カメラに事件に関わっていそうな人物が映し出されており、千代がその人物を見たことがあるとの事だった。
「あっ!」
急に千代が声をあげた。
その声で彼女以外の全員が、彼女の方を向いた。
「思い出した!この子、昨日見たわ!」
昨日。
昨日は僕がこの島に来た日だ。
千代に初めて会ったのが昨日の昼で、それ以降は行動を共にしている。
僕がこの画面に写っている金髪の少女に見覚えが無いという事は、千代がこの子を見たのは僕と出会う前………午前中だろうか。
「ほら、約束の地におったやん!」
千代は僕の方を見てそう言う。
全く覚えがない。
「厨房で皿洗いしてた子やで、間違い無いわ!」
厨房………
ああ、確か食い逃げ犯が食べた分だけ仕事を手伝わされているって言ってたっけ。
「いや、僕壁の透視なんか出来ないから厨房内は見れないよ」
千代は、ああと言う言葉と共に合点がいったような表情へと変化した。
「昨日という事はまだその場所にいらっしゃるかも知れませんね」
「よし、すぐにいくぞ!」
立ち上がる黒田、急いで昼食の残りを掻き込む僕と千代。
なお、その他の面々は既に昼食を食べ終えている。
僕はデザート?の餅が喉に詰まりそうになりながらも、何とか食事を終えた。
入り口のレジで会計を済ませる。
他の皆がキャッシュレス決済のなか自分だけが現金だとなんだか気恥ずかしい。
現金を受け取った店員が言う。
「現金とは珍しいですね」
「ひょっとして現金不可ですか?」
「いえいえ、問題ございません。はい、四百円のお返しと、こちら次回お使い下さい」
店員が僕に渡した紙にはサービス券と印字されている」
「割引券ですか?」
「いえ、こちらサービス券です」
どうやら、割引はして貰えないらしい。
「えっと、一品追加できるとかですか?」
僕が質問すると、店員は少し呆れた様な表情を浮かべたが、すぐに取り繕ったような営業スマイルを顔に貼り付けた。
そして丁寧に一言一言区切ってゆっくりと説明してくれる。
「こちら、サービス券です。次回ご来店時にサービス券をお出し頂ければ、当店にてサービスさせていただく仕組みとなっております」
サービスって何だよ。
そうツッコミを入れなかったのは、店の外で僕を待つ皆の姿が僕の視界に入ったからだ。
僕が店を出た所でケーラーが手を挙げて言う。
「じゃあ拙者はここまででござるな」
そうか、昼ごはんを食べ終わったからもうお別れか。
僕が挨拶をすると、続いてメアと黒田が声をあげた。
「またな!」
「協力に感謝する。シュレーディンガー氏にも宜しく伝えておいてくれ」
「承知つかまつった。またうちの店にも遊びに来て欲しいでござる」
千代とラルカさんも別れの挨拶をし、そそくさとその場を後にした。