アルドア
13 アルドア
「なぜナイトメアが私の倉庫事情を知っているのかと思ったが、なるほどそういう事か」
声の方にはいつの間にか小さな少女が立っていた。
薄いピンクの長い髪、子供のような見た目に反して鋭い双眸がこちらに向いている。
様々な種類のネックレスや髪飾り、腕輪や指輪などの装飾品がこれでもかと言うばかりに装着されている。
指輪に至っては各指にニ個〜三個、両手で三十個弱の数がはめられており、ファッションを通り越して仮装といった感じだ。
身長はメアや千代よりも低く、やや姿勢を崩したような格好で気怠げに立っている。
装飾品だらけの左手には透明のクリスタル、右腕には約三十センチ角の黒い直方体の箱を抱えている。
荒川とたかしぃは少女に向かって敬礼している。
「相変わらず君はお喋りだね、黒田警視長」
持っていたクリスタルを黒い箱の中にしまいつつ、たかしぃの方を向いて少女は言った。
警察………それも警視長。
荒川は自衛隊という話だったので、別々の組織の人間が一緒に行動しているという事になる。
そんな二人から敬礼を受ける少女はいったい何者なのだろうか。
その少女に向かってたかしぃ改め黒田が言う。
「誤解が無いよう言っておくが、俺たちがここで会った時点で、既に魔王一行はアウラを捜索している最中だった」
「うん?なぜ君が犯罪者の捜索なんてやってるんだい?ナイトメア」
「アルに恩を売って色々やって貰おうかと思ってな!」
「………質問を変えようか。私の倉庫から物が盗まれたのをどうやって知ったんだい?」
「アタシの超占星術的セブンセンシズで一発だぞ!」
アルドアはメアの嘯きに少しも反応せず、代わりに視線をメアからその後ろに居る僕たちの方へ向けた。
「ふむ、そちらの人形は良いとして、そっちの少年は………」
「エレクス=マーロって奴に頼まれたんだぞ!」
アルドアの言葉を遮りメアが話す。
「あのこそ泥と面識があるのか。まったく君の交友関係は見境なしだね」
「そんな事より、アウラって奴アルの宝具持って行ってんだろ?並の魔術師二人だけで大丈夫なのか?」
「私の部下は並ではないよ、規格外の君と比べれば見劣りするがね」
メアって規格外の存在なのか。
僕から見ると千代の怪力やラルカさんの魔術の方が凄く見える。
「とは言え………手伝ってくれるというのならばありがたく受け入れよう。まあ君の要求次第だが」
「話が早くて助かる。要求は凄く簡単な事だぞ。ここに居るアッキーを正式ルートで本州に帰してやって欲しい」
アルドアは再び僕の方へ視線を移すと合点がいったような表情になった。
「アッキー君だったかな、君がこの島に来た経緯と、エレクス=マーロとの関係、あとアウラについて知ってる事を教えてくれるかな」
突然話を振られ、言葉に詰まってしまう。
会話はメアに任せていたので完全に気を抜いていた。
どこからどこまで話していいものか。
そんなこんなを考えているとメアが助言をしてくれる。
「あまりにも理不尽な事言われたらアタシが味方になってやるぞ。とりあえず正直に話してみろし」
なんだかメアがとても頼もしい。
この島に来てからというもの、他人のお世話になりっ放しで自分が情けなくなってくる。
「ナイトメアもこう言っている事だ、正直に話したまえ」
この島に来た経緯やエレクスにアウラを探すよう頼まれた話、この島から帰るためにその頼まれ事を行おうとしていた事、僕はアルドアにこれらを簡潔に話した。
「ちなみに、そのままこの島から出して貰えたりは………」
「君が巻き込まれてこの島に来たのはわかった。しかしこの島から人一人出すのはナイトメアの言っているような『簡単な事』ではない。君が迷い込んだここは、国家………いや、世界にとっての最重要機密の塊だ。君がここから出て、ただ日常生活を送るだけでも、それなりの監視を付けなければならない上、それにかかる費用も馬鹿にならない」
やはりそう甘い話でもないようだ。
続けてアルドアが話す。
「こういった場合は殺処分が常なのだが………………流石にナイトメアと事を構えるつもりはないよ」
さらっと恐い事を言われたが、アルドアの視線の先、僕の横を見るとメアがそれよりももっと恐い顔でアルドアを睨んでいたので、その気迫に僕の中の恐怖は打ち消された。
「君たちはアウラと盗まれた私の道具を取り戻す。私は君を特区から出す。これでいいだろう?ナイトメア」
「交渉成立だな!」
「詳しい話は黒田と荒川から聞くといい。私はもう行くよ。業務中に抜け出してきたからね」
そう言うと、彼女は手に持った黒い箱から透明なクリスタルを取り出した。
「ああ、そうだ黒田君、荒川君、ナイトメア達の動きは定期的に報告するように。」
そういい残し次の瞬間、手の中にある透明なクリスタルの中に淡い虹色が見えたかと思ったら彼女の姿は消えていた。
消える彼女を見送った後、メアは少し疲れたように客用のソファに腰掛けた。
アルドアとの交渉を行ってくれた事に対するお礼を言うと、「そんな事より………」と話題を変えた。
「盗まれた道具ってステルスルアン以外には何があるんだ?」
「上司の許可も出た事ですし話しても良いでしょう」
そう言った荒川は続けて本題を話した。
「まず、ステルスルアンは盗まれた道具ではなく、元々アウラが所持している道具です。共犯者の証言によるとそれ以外にも紅き壊境の剣と呼ばれる、結界を無効化する道具も持っているようです」
「共犯者ってエレクス=マーロって人?」
「そうです。彼の自白とアルドアさんの倉庫状況確認の結果によると、盗み出したのは魔剣ブレイティア、スタートゥインクルアストラルイートイル、スペース・ギャラクシーです」
名前だけ聞いても盗まれたそれらが何なのかさっぱり解らない。
「魔剣ブレイティアは現在エレクスが持っているため、アウラが持ち去っているのは残り二つです」
「あれ?エレクスっていう人今檻の中ですよね。その剣は持ったままなんですか?」
僕が質問をすると荒川さんは特に隠しもせず答えてくれた。
「ブレイティアは悪しき心を力に変える魔剣です。逆説的に、悪しき心は力になってしまうので、使用者には善の心だけが残ります。捜査中は彼の協力を得る為にやむなく剣を持たせたままにしているというわけです。もっとも、アルドアさんはこの事をあまり快く思っていないようですが………」
つまりは、僕が見たエレクスは悪の心を失った状態だったわけだ。
「アイツ道具いっぱい持ってんのに全然使いたがらないよなー」
メアが言うアイツとはアルドアの事だろう。
メアの意見に賛同したのか、黒田が話す。
「宝具を使えば犯人の場所を特定するのも容易に特定する事も可能だろう」
だが………と言って黒田は話を続ける。
「こういう事は過去に何度もあったが、俺の知る限りアルドアが宝具を使って協力してくれた事は一度も無い」
「今回、エレクスにブレイティアを持たせているのを数に含めれば一度ですね」
荒川がそう補足した。
「だが、アタシ達にとっては好都合だぞ!簡単に解決したら取り引きも出来なかっただろうしな」
メアの言うとおり、道具なしで解決してこそ、道具を取り返す代わりに僕が本州に帰るという取り引きが成立すると言うものだろう。
「俺たちは白月女史と犯行現場へ向かうが、お前たちはどうする?」
「んーアタシの中ではある程度方針決まってるんだが………」
メアにしては珍しく歯切れの悪い言い回しだ。
「相手はステルスルアンっていう道具で魔力隠蔽してるから、魔術に頼らず見つけるか、千代っちの透視で一軒ずつ回るか、アッキーかラルたんがとんでもない名案を思いつくか。こんなところだな!」
残念ながら僕にはとんでもない名案は思い浮かびそうにない。
「第五区全部見て回ったら目充血しそうやなー」
充血で済むのか。流石に宛もなく探し回るのは無謀と言うほかないだろう。
「魔術を頼らず探す方法に心当たりはあるのですか?」
「方法というか、そういうのに詳しそうな奴に心当たりがあるぞ。ドウシュウチョウに居るから三十分も歩けば着くはずだぞ!」
「よくそんな専門家知ってたね」
「メアちゃん知り合い多いからなー」
「まあ、三年前まで一応第五区画の管理者だったからな」
先程四天王っぽい奴と言っていたのは島の管理者という意味だったのか。
それにしてもよくメアが都合の良い人材を知っていたものだ。
いや………そうではないような気がする。
考えてみればこの神社に来たのもメアの紹介によるものだ。
おそらく千代が言った様に多分メアには知人友人交友関係が広いのだろう。
彼女はどんな事が起ころうともそれぞれの物事に対処できるだけの人脈を持っているということだ。
今回はその内の一つを選択したという事だろう。
千代と同年代(ぐらいに見える)でこの人脈や行動力、僕は素直に尊敬の眼差しで彼女を見つめた。
「じゃああかねん達は犯行現場調査、アタシらはドウシュウチョウだな!」
「ちょっと待って下さい」
メアが話をまとめようとすると荒川が口を挟んだ。
「先程アルドアさんにメアさん達の動きを定期的に報告するように言われましたので、私か黒田が同行します」
「おーそんな事言ってたっけか………どっちが一緒に来るんだ?」
荒川と黒田が互いの顔を見合わせると、黒田が発言する。
「俺はどちらでも構わん」
「では、あなたはメアさん達に同行して下さい。私は白月さんと第一倉庫へ向かいます」
「あっそうだ、お互いに連絡とれるようにID交換しようよ」
茜が左手に持ったスマホを見せながらそう言った。
IDの交換が始まったが、残念ながら僕はこの島の通信網に対応するスマホを持っていない。
どこか疎外感を覚えながら、遠巻きに皆の様子を見ていると、茜がこちらへ駆け寄ってきた。
「明人君は外から来たから特区対応のスマホ持ってないよね」
「そうですね、島の外から持ってきたスマホはずっと圏外状態なので電源を落としてるよ」
僕は茜の問いかけに対して、初対面なので敬語を使うべきか、相手と同じタメ口で話すべきか迷いながら答えた。
「じゃあ明人君にはとっておきの通信手段を授けよう!」
手を出して、と言われ僕が両手を彼女の方へ差し出すと、その手をもふもふの両手で掴まれた。
「朝貌の花は五芒の紋、二つを繋ぐ桔梗の青、窓の幻視は真なり、ここに現じるは狐の窓」
彼女がなにやら意味深な言葉を囁くと、僕の指が青紫色に色づいた。
僕が青くなった自分自身の指を見ていると、茜が言う。
「こうやって指組んでみてよ」
茜が自分の指を組んで僕に見せた………が、彼女の指は人間の指より短く、尚かつやってみせたその組み方が複雑なので良く分からない。
僕が戸惑っていると、彼女が僕の指を掴みその形を作って見せた。
右手の掌が自分の方を向いており、左手は手の甲が自分の方を向いている。
格子状に組んだ指の隙間から可愛らしい狐の少女が見える。
「これでどうすればいいの?」
僕はそう質問しながら手を動かした時、ある事に気づいた。
手は動かして別の方向に向けたのに、人差し指と中指の隙間からは変わらず茜の姿が見えている。
指の隙間から見える茜の姿と直接見える茜の姿を見比べていると、茜が笑顔で言う。
「狐の窓だよ、そうやって指を組んでくれれば私と会話できるからね」
すごい、魔法や魔術を見たのは初めてではないが自分の指にそれを施されたというのは多少なりとも胸が高鳴るものだ。
「素敵な贈り物をありがとう、白月さん」
「茜でいいよ、指が青くなるのは我慢してね。2週間くらいで消えるから」
指が染まっているのは普通なら嫌だったかもしれないが、疎外感を覚えていた僕に茜がかけてくれた優しさが嬉しい。
綺麗な青い色に染まった指先を見ていると暖かな気持ちになった。
その後、僕らは二手に別れ茜の神社(?)を後にした。