↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純真に輝く邪な彼女に関する、解決し難い抗えない問題について  作者: 東東
【2章】彼女の影響を回避するには彼はあまりに無力すぎて
PR
7/24

 諦めるには早すぎる、というか、僕が僕の人生を諦めてどうするんだ!


 ・・・と、自分で自分を奮い立たせることに成功したのは、婚約決定から三日後のことだった。

 何故、三日もかかったのかといえば、当然、決まってしまった絶望的な将来に悲嘆に暮れていたということもあったのだが、婚約が決まったことによる諸々の手続きや、その発表に対してのお祝いの言葉などに対応する慌ただしさを乗り越えるのに必死で、自分の精神を立て直すまでに力を割けない日々が続いていたことも原因の一つだった。

 ただその慌ただしさのおかげで、悲嘆に暮れ続ける、ということにならなかったので、それはそれでよかったのかもしれないが。

 しかしとにかく怒涛の日々が過ぎた後、ふいに僕の胸に湧き上がってきたのは、自分で自分を鼓舞するそれだった。わりと悲痛な声で僕の中に響き渡ったその声は、僕が僕の人生を、未来を諦めかけている現状に対して否を突きつけてきたのだ。

 そして父上や母上、それに周りの反応やリロウの言動を思い起こしつつ、全てを諦めそうになる僕自身に対し、切々と再び立ち上がるべき要素があるのだと説得してきた。


 婚約が決まってしまった以上、それを覆すことはできない。彼女と結婚するという未来は受け入れざるを得ない。


 ただ、だからといって全てを諦める必要はないし、受け入れられないことがあるのであれば、今からどうにかするように動いていけばいいだけなのだ、と。

 そもそもリロウとの婚約は、周りが僕に相応しいと判断しただけあって、メリットだって多いのだ。彼女の家柄は王家に迎え入れるに相応しい公爵家、しかもその中でも領地経営が上手く、抜きん出た資産を持つ家柄なのだから、王家としても縁を結べれば経済的なメリットは大きいし、彼女自身、六歳の現在ですら、所作や基本的な振る舞いは公爵家の淑女として合格点を余裕で超えるだろう。

 話に聞けば頭も大層良くて、ついている教師陣が褒め称えるほど全ての科目で優秀な成績を出しており、この歳でこれだけの成績が出せるのなら、今後は更に素晴らしい結果を出すに違いない、と太鼓判を押していると聞く。

 そこまで評価が高いのであれば、王子妃教育も順調に進むだろうし、将来、僕を立派に支えるだけの素養はあるのだろう。つまり、彼女の家柄や彼女自身の能力としては非のつけどころがないわけで。


 ・・・あの、女性の外見に関する一部問題発言や行動さえなければ、本当に完璧なわけで。


 それ以外が完璧であるのなら、その問題がある部分さえどうにかすればいいだけなのだ。どうにかできるのであれば、何も婚約自体を悲嘆に暮れることもない・・・、はず。

 もしこの問題さえ解決できれば、将来的に彼女と婚約して良かったと思える日がくるのだから・・・、たぶん。


 それに・・・、そう、彼女もまだ六歳。まだ時間はあるのだから、今から対応すれば数年後には直っているはず!


 僕が彼女のあの問題行動を諌めて直させればいいだけなんだ、というかそもそも歳を重ねていけば自分の発言のおかしさを自覚するだろうし、逆に今は淑女教育を受けているとはいってもまだ幼いから言ってはいけない言葉やしてはいけない行動が分かっていないって可能性もあるしな、と自分で自分を色々と説得しているうちに、ともするとがっくりと気落ちし、現実逃避しがちになっていた気持ちもどうにか前を向かせることができるようになった。

 そうして自分が目指すべき方向を定め、前を向くことができるようになればあとはその方向に向かう為に自分がこれから取るべき行動が何かを考え、実行するのみだ。ようやくそこまで気持ちと頭が動いて考え始めた頃、周りが僕とリロウの個人的な交流を増やす為の機会を設けようとしていることに気がついた。

 正式に婚約が決まったのだから、婚約者である彼女との時間を作るのは当然のこと。しかし周りが描いている交流の形としては、婚約者の選定の時と同じように彼女に王城に来てもらう、という形のようだった。

 当然といえば当然なのだろう。いくら婚約者になったとはいえ、身分としては僕の方が上。身分が下の者が上の者の元に足を運ぶのが自然だし、王城の広く、あらゆる花々が咲き乱れるこの場所なら何度来ても見飽きることがないはずなので、そこでまたお茶をするというのが無難な交流の形なのだ。

 しかしそれでは駄目だ。駄目なのだ。


 王城には容姿端麗でスタイルの良い女性が多すぎる!


 勿論、能力があるかどうかが大前提、尤も重要視される点ではあるのだが、その上で容姿等の見た目も考慮して選ばれているのが王城に勤める者達なのだ。

 あの言動をどうにかすべく諌めても、少しでも気に入った女性が視界に入れば僕の話なんて聞いてない状態になるようなので、とにかくそういった彼女の気を惹く女性がいる場所に彼女を呼ぶわけにはいかない。

 なにより、王城には母上がいるのだ。リロウに尤も狙われている、きっぱりと厭らしい目で見ていると宣言されてしまう母上にリロウを近づけるわけにはいかない。そこまで考えれば、僕が取るべき行動も自然と決まってくる。


 結果、僕の提案で交流場所は王城ではなく、リロウのエンバー公爵家で設けられることになった。


 交流場所が僕の提案通りに決まった後、人知れず、僕は気合を入れていた。冷静に考えればリロウと結婚するまでに彼女をどうにかすればいいわけではなく、できる限り早くどうにかすべきだと気づいたこともあって、その気合は強かったのだ。

 なんせ、王子妃教育は王城で行われる。しかも母上も関わる。・・・これは絶対に危険だ。勿論、母上が。だからこそ、王城での教育が始まる前に、少しでもリロウの言動を改善させなくてはならないと思ったのだ。


 そんな気合を入れながら初めてやって来たエンバー公爵家は、噂に違わぬ財力を随所に発揮した贅の限りを尽くした屋敷だった。


 王都の一角に広大な敷地を持つことだけでも並みの爵位では不可能なのだが、その敷地に聳え立つ屋敷やその中の内装、庭の隅々に至るまで最高級のものを使い、行き届いた手入れによって最高の状態を保っていることは、それこそ財力がある家にしかできないことだ。

 しかも財力があるとはいっても下品な成金趣味ではない。あからさまに財力を誇示するようなものはなく、逆に、よく見なければ気づかないような細かな点にその財力が示されていて、それが誰も気づかないようなそこに金をかけられる心の豊かさのように見えて・・・、あのリロウが生まれ育った場所なのだと半ば身構えていた僕は、エンバー家の屋敷が示す上品で豊かな心に、思いもかけない好感を覚えてしまう。

 もしかしてリロウはここではなくて、領地育ちだったのか? 等と、事前情報を多少疑いながらも案内されるままに屋敷に辿り着き、ドアを潜ればそこには使用人一同が並び、エンバー公爵と公爵夫人、それにリロウが並んで僕を出迎えてくれた。


「よくいらっしゃってくださいました、ライナス殿下。我が屋敷に殿下をお迎えできたこと、大変光栄に思います」

「エンバー公爵、私も美しいと有名な公爵家に伺えたこと、嬉しく思います」

「王城に比べれば我が屋敷など大したことはないのですが、そのようなお言葉をいただけるなど、望外の喜びでございます。殿下、宜しければ妻を紹介しても?」

「えぇ、勿論」

「マティ、ご挨拶を」

「妻のマティバ・エンバーですわ。ライナス殿下にご挨拶できるなんて、身に余る光栄ですわ」

「私の方こそ、こうしてご挨拶できて光栄です」

「リロウ」

「殿下、先日は感極まってしまって、言葉もあまり出ずに見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。婚約者に選んでいただいたこと、言葉にもできぬほどの光栄ですわ。殿下に相応しい人間になれるよう、これから持てる全ての力を出して努めますわ」

「・・・僕もキミの努力に報いるよう、いっそう立派な王族になれるように努力するよ」

「ふふ、殿下はすでに立派な方だと思いますわ。あっ、そうそう! 王城ほどではありませんが、我が家の庭も庭師が精魂込めて手入れをしているので、自慢の庭なのです。後ほど、是非、ご案内させてくださいませ。お茶もそちらにご用意しておりますので」

「楽しみにしているよ」

「では・・・、リロウ、殿下に失礼があっては困るから、庭とお茶の用意をもう一度確認して来なさい」

「・・・? はい、分かりましたわ。殿下、では私は少し失礼いたしますわ」

「分かった、また後でね」


 父親であるエンバー公爵に促され、リロウはその場を後にする。そうして僕はエンバー公爵夫妻に連れられて、客間に向かったのだが・・・、内心、首を傾げずにはいられなかった。

 王族が来ているのだから、庭の手入れもお茶の準備も完璧にしてあるのが当然だし、実際、完璧なのだろう。だからこそ、父親に促されたリロウも了承して庭に向かいながらも、怪訝そうな様子を滲ませていたに違いない。

 もう確認する事項などないだろうに、それでも確認へ向かうように促されたリロウと、僕を伴う公爵夫妻の様子。


 つまり・・・、リロウのいないところで僕だけに話があるってことか・・・。


 当たり障りのない話をしながら客間に向かっている間、脳内では公爵家の情報が素早く展開されていたのは、これから先の話し合いがどんなものであれ、冷静に対応できるようにと意識してのことだった。

 まず気になったのは、挨拶をされていない公爵家の残りの一人、リロウの弟のことだ。聞いている話では、確か四歳ほど下だということなので、今、おそらく二歳程度。貴族として充分な挨拶ができるかといえば難しい年齢ではあるが、全く挨拶ができない年齢でもない。

 それなのにその弟に今もって触れられていないという点が気になったし、そこが気になると、自然と公爵夫人のことも気になり始めてしまう。


 リロウの実母は彼女が生まれて間もなくなくなり、ここにいるエンバー公爵夫人は、後妻だった。


 弟で、次期公爵になるであろう子供はこの後妻であるエンバー公爵夫人の実子で、リロウとは異母兄弟になるはず。もしかして、何かその辺りに少々込み入った事情があるのかもしれない、と思いながらも、しかしそれが自分に関係してくるとも思えず・・・、一体何の話なのか結局見当もつかないまま、上品でありながら豪華な客間に到着してしまい、低いテーブルを挟んでエンバー公爵夫妻と向かい合う形に落ち着く。

 すぐにお茶を勧められたが、後ほどリロウとのお茶会なのでと断れば、それもそうですなとにこやかに公爵は笑って頷くのだが、その笑みが微かに引き攣っているように見えたのはおそらく気の所為ではない。

 隣に座るエンバー夫人も同じように少しだけ強張った顔をしているような気がするし、執事も侍女も下げて三人だけになった空間に漂う少々硬い雰囲気からもしても、これが何気ない雑談の時間ではないことは明白だった。

 ただ、仮面をつけて生活することが常である貴族、その頂点に近い場所にいる公爵家の人間が王族とはいえ、今はまだ子供でしかない自分にその緊張感や強張りを察せられるほど見せてしまっている状態が不思議ではある。それほどまでに重要な話がされるのか、もしくはこれは何か考えがあって取っている、ただのポーズなのか・・・。

 夫妻の態度が二人の本当の心情を表しているのか、それともただのポーズなのかはすぐには判断がつかなかったが、しかし少し見ていたらそれがポーズではないことが分かってくる。

 何故なら公爵の方は額やこめかみに汗まで浮かび始めていたし、夫人の方は綺麗に整えられた爪を立てるようにして両手を強く組んでいるのだ。痕になるかもしれないあんな力を手に込める貴婦人はそうそういないだろう。

 でもポーズではないのだとしたら、二人のこの緊張感はなんなのか? そして自分がここに招かれた意味は一体・・・、と考え込みそうになった頃、今まで場を保たせるだけに交わしていた雑談が唐突に途切れ、公爵の半ば独り言めいた呟きが漏れ聞こえてきた。


「まさか・・・、娘を選んでいただけるとは・・・」


 彼自身、自分が呟きを漏らしていることに気づいていないかのように視線はどこかを芒洋と漂い、声には喜びとかではなく、むしろ焦燥や困惑のようなものをはっきりと滲ませていた。あるいは、後悔のようなものだったのかもしれないが。

 公爵家の当主、しかも領地経営や商売に長けた彼はキレ者だと噂だし、実際に彼が当主になってからこの公爵家の財産は莫大に増え、影響力も増した。

 そんな彼の娘だからこそ最初からリロウは婚約者として最有力候補者だったわけだし、それは公爵だって承知していたはずなのに、それでも選ばれるなんて思っていなかった・・・、いや、思いたくなかったかのような思いがその呟きには滲んでいた。

 つまり、選ばれることを望んではいなかったかのようなそれが滲んでいたわけで。


 ・・・そういえば、リロウの婚約の件だけは遠慮しきりで、商売では強引な手も使うことがあるのに、意外と謙虚なところもあるようだと話していたな。


 父の側近が話していたそれを思い出して改めて公爵の顔色を窺えば、確かにこんな悲壮な色を漂わせるような状態になるくらいなら、婚約の話が出た際にどうにか断れないかと立ち回るだろうと察せられた。

 勿論、王家からの打診は断れるわけがないのだから、こうして無駄に終わったのだろうが。

 それでもどうして公爵家としては旨みしかない話を断ろうとしていたのか、それが不思議でならない。一体何が・・・、と思いながらその時ふと視線をずらすと、今度は夫人の姿が視界に入って。

「あの子が・・・、あの子が・・・」と、公爵と同じように視線を宙に漂わせ、やっぱり全く喜びなんて含まれない、悲壮感すら漂う声で独り言を漏らす姿があった。間違いなく、自分が口にしている呟きの自覚がない、その姿が。

 そうして時折、大きく身震いする姿に僕の中で甦ったのは、弟の姿がないことによって生まれた先程の疑惑、公爵家の家族仲の問題だった。

 再婚、後妻、その後妻が産んだ、公爵家の跡取り息子・・・、争いや揉め事が起こってもおかしくない、むしろ起こるのが自然かのような状況だと思う。ただ、それは家族の仲でのことで、僕の婚約に関しては関係ないと思っていたのだが・・・、この、公爵家としても女児を持つ親としても喜ぶべき状況を全く喜ばないという不自然さ、これはやはり家族の中の問題が無関係とは言えないのではないか?


 もしかして、リロウはこの公爵家で、邪魔者として扱われているのでは・・・?


 新しい妻とその妻が産んだ息子だけを可愛がる公爵、我が子だけが可愛い母、だからリロウはこの公爵家で虐げられていて、そんな虐げていたリロウが王族入りすることにより、自分達がしていたことが発覚して咎められることを恐れている・・・、とかでは?

 そして生母が亡き後、家族の中で居場所がなく、虐げられ続けていた所為で現実逃避のような形でリロウの一部があのように歪んでしまったのでは?

 思いついた可能性に、思わず両手を打ち鳴らして首を縦に振りそうになっていた。思いついたその可能性に自画自賛してしまいそうなくらい、納得してしまったのだ。

 しかしそんな自分へ向けた賞賛は、すぐに打ち消されることになる。

 理由はようやく一人の世界から戻って来た公爵が口を開き、まるで自分の腹に剣でも刺したかのような苦しげな声を出したから・・・、ではない。そうではなく、公爵が喋り始めたのとちょうど同じタイミングで部屋に入って来た人物と、彼女に対する彼らの反応によって本当の理由が説明されるまでもなく明らかになってしまったからだ。


「でっ、殿下、あのっ、わ、私どもは・・・」

「失礼いたしますわっ!」

「リロウ! お、おまえ、準備は・・・!」

「もう終わってしまいましたわよ、お父様。それなのに誰もいらっしゃらないから、お迎えに上がりましたわ!」


 公爵は、本当に意を決して、という感じで口を開いたのだが、リロウが外に控えているだろう執事がドアを開けるのも待たず、ノックと同時に自分でドアを開け放って堂々と室内に入って来てしまったのでその公爵の決意が無駄になってしまった。

 しかも元気な声を発しながら部屋に入って来たリロウの視線は、公爵には向いていない。会話は公爵と交わしているはずなのに、その視線はただ一点に固定されていて、公爵の方へ向かう意思など微塵も存在しないようで・・・、そしてその向かう視線の先は、当然のように僕ではなく・・・、僕の斜め向かい、公爵の隣に並んで座っている夫人の元へ向かっていた。

 正確にいうなら、その夫人のただ一箇所に固定されていたのだ。


 豊かに盛り上がり、その盛り上がりを上等な布で完全に覆い隠している、その場所に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。