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純真に輝く邪な彼女に関する、解決し難い抗えない問題について  作者: 東東
【4章】彼女を押さえ込むには彼はあまりに強力に無力すぎて
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「アーネスト、話がある」

「・・・はい、なんでございましょう?」

「キミは自分のここ最近の振る舞いが、どれほど貴族の頂点に立つ公爵家の令嬢として相応しくないのかということを自覚しているかい?」

「何を仰っておられるのですか? 私は公爵家の令嬢として、誰に恥じる行いもしておりませんわ」

「・・・キミには失望したよ。まだそんな愚かなことを言うんだね」

「ヨーダ様、私は・・・」

「言い訳は聞きたくないよ。いいかい、キミは・・・」


 そこから続くヨーダの話、途中途中、ドゥータも含めた同じ馬鹿男達が口を挟んだ内容、さらにはヨーダに張り付いたままのクロエが甘ったるい口調でヨーダに糾弾されているアーネストを庇う態とらしい台詞・・・、それら全ての悪意に晒され、白い肌を更に青褪めさせているアーネスト。

 自分達の振る舞えに酔っている馬鹿ども以外は誰もが口を閉し、眉を顰めてその光景を眺めている中、僕はカイと視線を合わせ、互いの瞳の中にこれからの流れに対する確認を見る。

 そして無言の確認を終えてから視線をヨーダ達に戻せば、聞く価値のない台詞の数々、要約すればアーネストがクロエを苛め、その心身に消えない傷をつけた云々という、注意しただけのそれを拡大解釈した言いがかりと、公爵家の令嬢たる彼女が直接的な暴力なんて振るうわけがないのに怪我をさせられたというクロエの虚偽を信じた糾弾をしていたわけだが、それが一通り終わったらしく、ヨーダは意味ありげに一旦言葉を切ると、小馬鹿にするような視線をアーネストに向けて、決定的な台詞を放つ。


「アーネスト、キミのような性悪な人間と生涯を共にすることなんてできるわけがない。悪いがキミとの婚約は今日この場を持って、破棄させてもらうよ」


 そう断言したヨーダは、自信に満ちた表情で自分に張り付いているクロエを見下ろした。さも、この格好良い自分の姿を見てくれ、と言わんばかりに。

 見下ろされたクロエは目を潤ませながら頷いている。一応、私を助けてくださってありがとうございます、という体裁をとっているようだが、隠しきれない笑みが滲んでいるその表情に、真実味なんて欠片もない。その欠片もないものに、周りの馬鹿達は騙されているようだが。

 そんな馬鹿達の姿を第三者として見下ろしながら、唐突にではあるが、ふと思った。


 ──自分がこの婚約者として適当ではない相手にどう対応するべきか、それを考え続けた日々だったような気がする、と。


 目は、蒼白になって震えながらも、それでも顔を俯けることなく毅然とした貴族らしい態度を取り続け、それ故に周りの哀れみを買う無様な状態にならない代わりに、誰からの救いも得られないでいる気高き淑女、アーネストと、そのアーネストに対峙している馬鹿男達、それにいまだに縁起くさい涙で目を潤ませながら、やっぱり縁起くさい決意溢れる瞳をアーネストに向けている馬鹿女を見ていたけれど、僕に唐突すぎる感想を抱かせたのは彼らではなく、我が婚約者殿だった。

 今、本来なら添える程度のはずの手で僕の腕を爪が食い込むほどの力で握り締め、小刻みに震えている彼女、リロウ。能力や容姿、家柄全てにおいて王族の婚約者に相応しいにもかかわらず、おそらく全ての貴族の中で最も婚約者として適当ではない彼女にどう対応するべきか、それを幼い頃から考え続けた日々が今日に繋がっている、そんな気がしてしまったのだ。

 今更といえば今更のこと。それなのにどうして今、この状況でそんなことを改めて思ってしまったのかといえば、たぶん、次の展開を朧げながら察してしまっていたからだろう。それこそリロウのことを考え続けていた所為で、何か、つけなくていい能力を僕がつけてしまい、結果として物凄く正確な予想をしてしまったに違いない。

 その予測を現実のものとする最初の変化は、アーネストの瞳だった。この状況下でも真っ直ぐヨーダを見つめる彼女の美しい青、その青が薄く膜を貼られたように潤み始め、やがて耐えきれなくなったかのようにその白い、滑らかな頬を一筋の涙として零れ落ちる。

 何の含みがなくても、その光景は信じ難いほど美しく、神聖さすら感じる。・・・はずなのに、僕の腕に一生消えない傷痕でも残したいとしか思えないリロウには、その神聖さを感じる能力がないようで。

 僕の予感通りの現実が、そこには訪れていた。


 リロウはその大きな赤い瞳を限界まで見開き、唇を震わせ、頬を紅潮させるという、興奮しきった表情を浮かべていた。


 まず間違いなく、今、アーネストというこの場にいる全ての人間の視線を釘付けにする存在がいなければ拙いことになっているレベルで、危険な表情だ。

 哀れみとか正義感によって眉を顰めているとか事態を面白がっているとかではなく、完全に美しい女性を見て興奮する男と同じような状態に陥っているのだから、王子妃としてそんな姿を誰かの視界に留めさせるわけにはいかないだろう。

 咄嗟に爪が食い込んでいる腕からその手を離させ、肩に手を回してその顔を胸に埋めさせたのは、傍から見ればあまりに愚かな光景にショックを受け、アーネストの不憫な様に涙する婚約者のその顔を他の人間に見られないようにそっと抱きしめている人、という風に見えるだろうが、実際には王子妃として絶対に見せてはいけない表情を誰にも見せない為、そして万が一、叫び出しそうになった時には顔を胸に押し付けてその叫び声を塞ぐ為でしかない。

 ただ、この体勢だとアーネストが見えないので、すぐに抵抗されるだろうと思っていたのだが、目に焼き付いてしまった姿を思い出すだけで充分なのか、リロウは僕の胸に顔を押し付けたまま、何か窒息寸前の人のように身悶えしている。ついでにくぐもった声で「あぁ・・・、うっ、ぁ・・・」等の謎の呻き声も上げているが、これも苦しさ故とかではないだろう。

 さて、これは本当に試練の時かもしれない、等と思いながらも、とにかくこの状況をどうにかしようと思って手筈通りに動こうとしたその時、腕の中のリロウが身じろぎをして。

 ふと見下ろした先では、リロウが僕の胸から顔を上げ、潤んだ瞳でいまだに頬を紅潮させたまま僕を見つめていた。そして震える唇で途切れ途切れの声を紡いだのだ。「し・・・、ほ、お・・・、さわ・・・、おっ、ねが・・・おね、おねが・・・」と。

 ・・・たぶん、他の誰が聞いても何を言っているのか分かりはしないだろう。でも、僕はこの婚約者のことを考え続けた日々を送ってきた人間なのだ。だから不幸にも、彼女が今、切実な声で何を訴えているのか嫌というほど分かってしまう。


『あの白い頬に触りたいのです。お願いだから、お願いだから触らせてください』


 これがリロウが今、僕にしか分からない断片的な台詞で訴えている内容だった。ともすればアーネスト同様、涙が頬を伝うほど瞳を潤ませながら、アーネストの涙とはあまりにも違いすぎる欲望まみれの邪悪な願いを切実にしている、それが。

 勿論、リロウだってアーネストの今の状況を不憫に思う気持ちはあるだろう。でも、あの芸術的なほど美しい涙、それが白く滑らかな頬に伝っている様に、自分の欲望を抑えきれなくなってしまったのだ。

 常々、彼女の白い頬に触れたいと願っていた、その願いがとうとう爆発してしまった、という状況で。

 どうしようもないな、と思う。本当に、どうしようもないとしか思えない。勿論、思う相手はリロウ・・・、ではなく、どうしようもない願いをこの場で切実にしてくるリロウのその訴えに折れてしまう、僕自身だった。


 だって、どんな願いだろうと、リロウが婚約者である僕にここまで切実に願っているのだから。


 視線を振り切るように上げると、カイがこちらを見ているその視線を見つけた。ここから先の動きを打ち合わせ通りでよいのかという確認の為に向けてきた視線なのだろうが、僕の腕の中にいるリロウへその視線は向いていて、何か、とても邪悪な、見てはいけないモノを見てしまったかのような表情を浮かべている。

 リロウの表情は見えないはずなのに、相変わらず凄い勘の良さだなと少々現実逃避めいたことを思いつつ、リロウへ向いている視線が僕に向いたところで軽く頷いて、合図を送った。

 まだ僕の腕の中にいるリロウの姿に何かしらか思うところはあるようだったが、それでも今はそういう状況ではないと断じたのか、それともただ単に関わり合いになりたくないと思っただけなのか、カイはとにかく僕に頷き返し、身を翻す。会場の外で待機している者達、王族の護衛を中に呼び込む為だ。

 カイが歩いて行く姿を見送りながら、僕はリロウにそっと顔を寄せる。ともすれば口付けでも交わすのではないかというくらいの距離まで顔を近づけつつ、次にこういう距離になる時はまともな状況でありますように、なんて願いを頭の片隅で浮かべながら開いた口は、静かにリロウが願い続けたそれを叶える為の言葉を紡ぐ。


「・・・今からあの馬鹿達をどうにかするから、リーはアーネスト嬢を別室に連れて行って、傍についていてあげて」


 リロウはその瞬間、瞳を潤ませたままいっそう大きく見開いて・・・、とうとう耐えきれなくなった涙を頬に伝わせながらも、微笑みを浮かべたのだ。

 それは僕にだけ向けた、僕しか見ていない笑み。歓喜に満ちた、輝くような、無垢な乙女のような純粋な笑み。あの幼い日、ただの石でしかないそれを僕の為にと求めた時と同じ笑み。


 ・・・この笑みが、僕の人生を台無しにしているのだろう。


 分かってはいるのにどうにもならない事実に最早諦めの笑みを浮かべながら、僕はリロウを伴って涙を流しているアーネストをまだ責め立てている馬鹿達の元へ向かう。

 そして近づいて来た僕に愚かな主張を繰り広げる馬鹿達をとにかく一旦無視し、リロウの肩を優しく押して周りにもアーネストにも聞こえるように改めて彼女を別室に連れて行くようにと指示をすると、リロウは涙を流しながら頷いてアーネストの手をそっと取る。

 たぶん、今までで一番アーネストとリロウの距離が近づいた瞬間。アーネストは涙を流しながらそっと自分の手を取るリロウの様に驚いたように瞳を見開いて・・・、それから耐えかねた様子で俯くと、先ほどは一筋だけ流れていた涙を今度はいく筋も流し始めた。

 自分を見て泣いている様に、手を取るその優しい仕草に、リロウが自分を思って泣いてくれている、自分の気持ちに沿ってくれている、そう受け取って張り詰めていた気が緩んでしまったのだろう。

 勿論、周りも馬鹿達以外はそう受け取っていて、今まで大して親しくもなさそうだった、家柄的にも張り合っていて当然の少女達がこの異常事態の中、思いやりと誠実さを持ってその手を取り、また取られた手から相手の気持ちを受け取って想いを通じ合わせる、そんな美しく感動的な情景だと認識しているに違いなかった。

 実際には、大きな間違いなのだが。

 リロウはボロボロと涙を流しながらも、優しい微笑みを浮かべてアーネストを連れて歩いて行く。少なくとも、周りの人間にはそう見えただろう。リロウをよく知る僕の目にだけは、リロウが流している涙が歓喜の涙だとはっきり分かっていたし、優しく見える笑みがただ単に欲望まみれになっている至福の笑みだと分かっていたが。


 ・・・頼むから、行き過ぎたことだけはしないでくれよ。


 そう、彼女の欲望を抑え込むこともできない僕は胸の内だけで願いつつ、何も口出しできずにアーネストを見送るだけになっていた馬鹿達に改めて向き直ったのだった。

 勿論、この馬鹿な事態を収束させ、ついでに馬鹿な側近候補を一掃する為に。

 そうして予め揃えていたクロエの虚偽発言の証拠やヨーダ達の愚かな行動の記録を突きつけ、騒ぐ馬鹿達をカイが呼び入れた護衛達に取り押さえさせ、全ての騒ぎは十数分で終わった。

 後で馬鹿達の家とも話し合いが必要にはなるが、揃えてあった資料や事情を説明した書面を各家にこのタイミングで送る手配をしているので、そこまで時間がかかることもないだろう。

 全てをサクサク終えて、邪魔者を一掃した会場で皆にせっかくのパーティーが台無しになったことを生徒会役員、そして王族として詫びつつ、残りの時間を楽しんでくれるようにと告げてからすぐさま会場を後にした。

 向かった先は当然、リロウの元だ。

 彼女に願いが叶いすぎていないか、具体的にいえば何かとんでもないことをやらかしていないか、口走っていないかが心配だったので、様子を見に行き、隙あらばアーネストとの時間を終了させようと思って向かったわけだが・・・、結論からいえば、リロウは目に見えてやらかしてはいなかった。少なくとも、アーネストがやらかされていると察知するようなことはなかった。


 ただ、部屋に入った瞬間、リロウが心の中だけでは色々とやらかしていたのは僕の目には火を見るよりも明らかで。


 アーネストと二人だけの室内で、リロウは片手をそっとアーネストの綺麗に両膝に揃えてある手に重ね、もう片方の手、その指先でアーネストの頬にまだ伝う涙を拭っていた。

 それは何も知らずに見れば、美しい光景だっただろう。涙を流している美しい少女達が寄り添い、片方がもう片方の少女を思いやるように、慰めるようにその温もりを分かち合っているのだ。

 しかし僕の目にはリロウの全身から欲望まみれのオーラが見えてしまっていて。


 ・・・まぁ、幸せそうでなによりだけど。


 ちなみに、その後でアーネストが会場に戻ることなく屋敷に帰ることになり、彼女を見送った後、僕とリロウは会場に戻ろうとしたのだが、会場入りする直前、耐えかねたかのようにリロウが僕の胸に飛び込んできたので、その光景を会場内から見ていた生徒達皆が僕とリロウの不仲、或いはリロウが僕にあまりにも無関心だという一部の噂が完全に間違いであり、仲睦まじい間柄なのだと微笑ましく思っていたようだった。

 勿論、僕も周りのその認識を壊す気はないし、変な噂が一部とはいえ立っていたのでそれが解消されて良かったと思うのだが・・・、ただ、僕の胸に顔を埋めながら、体を震わせて「至福でしたわっ!」と呻くように漏らしたリロウの様に、色々と思うところがないわけではないわけで。


 初めて婚約者が自ら抱きついてきたその理由が、自分の欲望が満たされたことに対する喜びが迸ったが故だなんて──、もしや僕は本当に不幸な人間なんじゃないかと疑わずにはいられなかった。




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