⑤
今まで女性を非難している言葉をリロウから聞いたことがなかったので、好みに合わない女性がいるという事実に何か目の覚めるような新鮮さを感じた。
・・・が、頭を一つ振って半ば現実逃避じみたその気持ちを振り払う。
そしていまだにとんでもない発言を続けているリロウに、念の為に今までしてきた苛めの内容を確認してみたところ、暴力的なことや私物を破壊する等の取り返しがつかないことはしておらず、強く叱責する、クロエと同じクラスの者でリロウと親しい者にクロエを無視させるなどだけで済んでいるようで、ホッとしつつも、とにかく王子妃になるリロウが苛めは拙いから止めるように諌める。
勿論、リロウは抵抗した。アーネスト嬢に触れた不届き者を成敗しているのだ、と主張して。
しかしそれでもどうにか止めるべく、当のアーネスト嬢を持ち出して「きっと彼女は苛めなんて卑怯なこと、好きじゃないと思うよ。だってほら、ダイナモン嬢の間違った行動もいちいち諌めるくらい、正しい人なんだから」とか何とか言い、リロウがアーネストの素晴らしさを思い出して身悶えしている間になんとか今後の行動に対する言質をとった。
渋々ではあるがこれ以上の苛めはしないと約束したリロウを伴って部屋を出ながらも、あまりに不承不承という顔を見せるリロウに今後が心配になるのは当然のことで。
来年度がくるまでは様子を見るという予定だったが、そこまで諸々が持つのかという点が甚だしく怪しかった。
ただ、幸いにもリロウの苛め疑惑はすぐに下火になる。
元々クロエの言動を問題視している人間の方が多かったし、苛めといってもまだ大したこともしていなかったので、リロウがクロエに関わらないようにすれば自然と誰もが王子妃になるリロウの不名誉に当たる話題を口にすることは減っていったのだ。
何より、リロウにはクロエを苛める理由がない。他のクロエにきつく当たる令嬢達とは違い、婚約者である僕がクロエを相手にしていないし、クロエの方から近づいてきても極力そっけなく、冷たく対応しているので、皆、僕がクロエに興味を持っていないのは分かっているし、それなら嫉妬などで婚約者であるリロウがクロエに辛く当たることもないからだ。
そうして僕自身がリロウの件もあってはっきりクロエに冷たく接するようになったおかげか、流石にあの空気を読まないクロエも僕が自分に興味を持たない、なんなら悪感情しか抱かないタイプの人間だと認めるしかないと理解したのか、次第に僕に絡んでくることはなくなっていった。
代わりに、新たな人材の開拓に余念がない性格でもしているのか、他の男を何人も取り巻きに増やしつつ、学園生活を謳歌しているようで・・・、勿論、彼女がそんな淑女に相応しくない謳歌の仕方をしている所為で、周りのまともな生徒やその取り巻きと化した男達の婚約者の少女達にとってみれば、悪夢の学園生活に等しいのだろうが。
そんな中、僕もカイも自分の側近として本当に必要な人材の選別は着々と進み、もうそろそろ選別終了、あとは要らない人材を切り捨てて、必要な人材との交流を深めるだけ、という段階に入っていた。
当然、切り捨てる人材の中にはドゥータやヨーダが入っているわけで、もう切り捨てるという決断をしている以上、興味なんて向けなくてもいい・・・、はずなのだが、クロエの取り巻きの中でも特に熱心でクロエのお気に入りらしい二人の婚約者の様子が気になり、完全に二人を意識から外すこともできないでいた。
自分の婚約者が愚かな振る舞いをしている現状に対して、心を痛めているに違いないと思って心配していたのだが、幸い、と言っていいのかどうか、ドゥータの婚約者は暫くするとドゥータと関わらないように振る舞い始めた。
どうも、ドゥータのことを切り捨てたようで、これは婚約解消も間近かもしれないな、と察しつつ、彼女が力強く前を向いている様子に、ひとまず安堵したのだが・・・、ヨーダの婚約者、アーネストの方はそういうわけにもいかないようで。
真面目で誠実な彼女にはヨーダを見捨てるという選択肢が存在しないらしく、いまだにヨーダやクロエに対して注意を止めなかった。なんとかヨーダに目を覚ましてもらいたい、貴族の子息として正しい振る舞いをしてもらいたいと願っているようで、事あるごとにヨーダに苦言を呈しているし、クロエにもかなりきつい口調で注意をし続けている。
そしてその度に、ヨーダはアーネストを疎み、クロエはヨーダに庇われて口先だけで悲しそうな態度を取りながらも満足げな様子を漂わせていた。
まるで茶番のような二人の態度。しかしそれでもヨーダの為に諦めずに注意し続ける姿は健気としか言いようがなく・・・、そんな健気なアーネストの姿に当然のように、リロウのアーネストへの好意は爆発的に跳ね上がっていく。
「あれだけ完璧なボディと容姿をお持ちなのに、性格まで素晴らしいだなんて、もう神の祝福があの滑らかな白い肌に塗られ、両胸の膨らみに限界まで詰まっているとしか思えませんわっ!」
「・・・えっと、性格と肌と胸は何も関連性がないと思うんだけど」
・・・等々、アーネストへの気持ちを爆発させるリロウに他人には絶対に聞かせられない発言を量産され続け、アーネストを苦しめるヨーダやクロエに対する暴言も量産され、また以前のようにクロエに苛めをしそうな気配を垂れ流すリロウをどうにか抑え込みつつ、感じずにはいられないのは、はっきりとした限界だった。
リロウも限界だし、クロエやその取り巻き達の行動に被害を被っているアーネスト達のような少女達も限界だし、風紀が乱れているとしか言いようのない学園の有様に居心地の悪さを感じている善良な生徒達も限界が近づいているようで、諸々悪影響がありすぎて・・・。
「・・・もう、限界かと思います」
「僕もそう思ってたよ。これは今年度が終わるまで保たないね。本当は卒業式がきちんと終わってからどうにかと思ってたんだけど・・・」
「卒業式まであと数ヶ月もありますから、保たないですよ・・・」
「そうだね」
限界を感じていたのは勿論、カイも同じで、リロウが王城を去った後、カイが沈痛な面持ちで執務室に来た後に行われた兄弟二人の会談は、あまりにも重く暗かった。
会談の結果、達したのは当初の予定の変更という結論で、すぐ目前に迫った冬季の長期休暇中に全てを一掃してしまおう、という流れまで話は進む。
しかし休みの間に馬鹿どもに自分達の馬鹿さ加減を分からせて、休み明けからは皆が気持ちよく過ごせる学園に戻す、という流れにすべく、冬季休暇中に何をするべきかを話し合っていたところで、執務室を訪れた人物からの報告により、決まりかけた流れは変更を余儀なくされてしまった。
ノックと共に入って来たのは僕が個人的に使っている王家の密偵で、最近、あまりにもクロエとその取り巻きの行動が目に余るのでその動きを見晴らせていたのだが・・・、週に一度もたらされるはずの報告が今日は急遽もたらされ、一体何故と思ったその疑問は続く報告によって霧散する。
つまり、一週間待っていられない、早めに知らせた方が良いと判断された報告だったのだ。そのもたらされた内容というのは・・・。
冬季休暇前の学園でのパーティーで、クロエ達がアーネストに対してやらかす、というそれだ。
「・・・兄上、これはもう、パーティーが始まる前にどうにかした方がいいのではないですか? あのメンバーが馬鹿なのは誰の目にも確かなので、何をやらかしてもアーネスト嬢が悪いとは誰も思いませんが、それでも全生徒が集まっている場で貶められるのは不憫です」
「それは確かにそうだけれど、まだ何もしていない人間を処罰はできないよ」
「今でも充分色々やらかしていると思いますけど・・・」
「確かにね。でも、今の状況じゃまだ弱い。やるなら一気に最後までやらないと、中途半端な結果になっては、後々面倒なことになる」
「それはそうですが・・・、では・・・?」
「しでかすなら、それに乗っかろう」
「・・・?」
「乗っかって、一気に片付けよう。片付けて、冬季休暇は気持ちよく過ごせるようにすればいい」
「なるほど・・・、では、アーネスト嬢は・・・」
「申し訳ないけど、パーティーでは不快な思いを少し我慢してもらうことになるね。でも、それも・・・、まぁ、仕方がないといえば仕方がないかもしれないしね」
「仕方がない、ですか・・・?」
「上手く周りを使うこと、制御することも学園で学ばなくてはいけないことだよ。アーネスト嬢はとても真面目で誠実で、それは素晴らしい美点だとは思うけど、ただ真面目で正しいだけの行動を貫いて事態を収束できないでいるのは公爵令嬢としては少し甘いからね。彼女が上手く立ち回れなかったツケは、可哀想ではあるけれど彼女自身にも多少、負ってもらわないといけないよ」
「・・・なるほど。そう、ですね・・・、それは、仕方がないかもしれませんね」
本音を言えば、カイと同じようにアーネスト嬢にはもうあまり辛い思いをしてほしくない気持ちなのだが、しかし入った情報から判断すれば、彼女に降りかかる厄介な事態を上手く利用するのが全てを片付けるのに一番有効であることは間違いなく、それならば多少非情であろうと決断するのが王族の務めだ。
カイにもきちんとその意図は伝わったようで、そこからは二人、先ほど途中まで進めていた話を冬季休暇前のパーティーに合わせて進め直して・・・、準備万端に整えた後、迎えたパーティー当日。
パートナーとして迎えに行った先には、大輪の赤薔薇が咲き誇っていた。
「惚れ直しますわ・・・」
「それ、僕に言わせてほしかったんだけど」
学園主催のパーティーとはいえ、そこは貴族の子女が貴族であることを学ぶ場で開催されるのだ。会場はこういった時の為に建てられた学園の専用のパーティー会場だし、生徒は皆、パーティーに相応わしい格好して、婚約者がいる者はパートナーと二人で会場入りする。
勿論、僕もリロウを屋敷まで迎えに行ったわけなのだが、部屋で待っていたリロウを目の当たりにすると、改めてその華やかな美しさに圧倒されそうになった。
去年のパーティーでも美しく着飾った彼女をエスコートしていたのだが、一年経って、その美しさには磨きがかかり、いっそう艶やかに咲き誇る薔薇として彼女は部屋にいたのだ。
赤を基調としたドレスは髪と瞳の色を際立たせる為に少しだけ色味を抑え、装飾も大人に近づきつつある証に控えめにはなっているが、しかしよく見れば繊細な刺繍が随所に施されているし、そのスタイルの良さを品よく主張する為に程よく胸元が開いて、体のラインが下品にならない程度に分かるようになっている多少ピッタリとした型のドレスで、リロウに妖艶さを付け加えている。
その開いた胸元に大振りの赤い宝石が一点だけついたアクセサリーをつけているが、彼女自身が華やかなのでその華やかさに負けないようにつけているそのアクセサリーもとてもよく似合っており、王子妃として、誰よりも華やかに、艶やかに咲き誇る華として社交会に君臨するに相応しい装いだ。
あまりに美しかったので、ひと目見て感嘆して、思わず二秒ほどその姿を黙って見つめてしまった・・・、のが悪かったのか、部屋に入って来た僕に軽く一礼したリロウはそのまますぐに姿見に向き直ると、自分の体を抱きしめるように両手を回しながらうっとりと自分の完璧な姿、主に胸元に視線を向けながら悦に入ってしまい、その一言が僕に現実を突きつけてしまったが、それでもとにかく、見た目だけは完璧で。
今日、具体的にあの馬鹿どもが何をするのかは分からない。ただ何をやらかすのかは大体予想がついていて、その為の対処法はいくつも取ってあるのでどんな事態になってもどうにかできる自信はあるが、それでも馬鹿どもにつけ入らせる隙を作らないことは大事で、それを思えば完璧な姿でいるリロウのその様は安心要素の一つではある。
その姿の所為でとんでもない発言をしそうになっている辺り、不安要素でもあるが。
しかしそれでもなんとかリロウの発言を抑え込みながら馬車に乗り、学園のパーティー会場まで向かって、皆に盛大な拍手をもらいながら会場入りして会場中の視線を独占していると、間もなくカイがパートナーなしで一人で会場入りして来る。
カイが来た途端、視線がカイにも向かったので分散したそれを掻い潜るように会場の様子を確認すると、そこには目的の人物達がすでに勢揃いしていた。
クロエと、その取り巻き達だ。
良識ある者達は彼女達に関わらないようにしている為、その周辺だけ不自然に空間が空いているので、見渡せばすぐにその姿を確認できた。容姿だけは可愛らしいクロエは薄いピンクの軽やかなフリルをあしらったドレスを着ていて、本当に妖精のように愛らしい。
しかし周辺にヨーダやドゥータを含め、婚約者のいる男達を侍らせているのだからその姿を愛らしいと微笑ましく思う人間は取り巻きとなっている彼ら以外にはいないだろう。というか、遠巻きに見ている他の面々は皆、眉を寄せて苦い顔をしている者が殆どだ。
当然といえば当然だろう。婚約者を持つ者は、パートナーとしてエスコートして入場するのが常識だし、それが男の側の義務だ。それを放棄して一人の女性の取り巻きをしているのだから、貴族としてまともな教育を受けていればその愚かな姿に眉の一つや二つ、寄るというもので。
気になって更に会場を見渡せば、ドゥータの婚約者を含め、取り巻き連中の婚約者のうち何人かはすでに会場入りしているが、その姿は愚かな自分達の婚約者から一番遠い場所にある。
時折、自分達の婚約者に向ける冷たい視線からは、もう彼女達が彼らを見放しているのが見て取れて・・・、溜息が出そうになったのは、彼女達の冷たい視線を感じ取れないあまりに愚かな男達の姿が情けなかったからだ。
しかし零れそうな溜息をなんとか飲み込んでいるうちに、やがて微かなざわめきが聞こえ始めて、そのざわめきの理由を僕自身が捉えるより先に、聞こえてきた声があまりにも分かりやすくその理由を告げてきた。
「あぁ・・・、もうっ、素敵すぎますわぁ・・・」
身悶えせんばかりに漏らされる声。小声のそれは勿論、隣にいるリロウのもので、その恍惚とした色を浮かべた瞳が向いた先を追えば会場のざわめきの理由は明快だった。
そこには、今、入場したのだろうアーネストの姿がある。リロウが身悶えしそうになっても無理がないほど美しく、凛とした姿で・・・、たった一人で入場した、アーネストの姿が。
高貴で凛とした立ち姿の彼女は、たとえエスコートするパートナーがいなくとも決して惨めさや情けなさを感じさせることはない。
真っ直ぐな青い髪を装飾品もなくそのまま垂らしている彼女は、胸元などもきっちり布で覆われたドレスを着ていた。しかしそれが堅苦しくもなく、逆に清廉な美しさを感じさせるのは、彼女の真っ直ぐに伸ばした背筋と、身に纏う近寄り難い神秘的な雰囲気の所為だろう。
青を基調に、白い繊細なレースが所々を飾っている、装飾品が少ないドレスに、アクセサリーも耳に小さな石を飾っているだけのアーネストは清廉な泉を人の形にしたようで、見ているだけで心が洗われるような気すらする。
・・・はずなのだが、隣にいるリロウには逆に色んな波風が立てられてしまう姿に見えているようで、しっかり繋いでいる、もうこれはエスコートではなくて捕獲している状態なのではと僕自身が思わずにはいられないレベルで握っている手が小刻みに震え、全身から『もう堪らん!』という空気を発していた。
一応、僕にしか分からない空気ではあるのだが、誰かに伝わってしまうのではないか、少なくともカイあたりが近づいて来たら何かを察知してしまうのではないかと心配になるような空気を。
ただ幸か不幸か、そうしてアーネストに釘付けになっているリロウは、彼女がエスコートもなく一人で入場していること自体には何の意識も向いていないようで、エスコートを放棄したヨーダに抗議の突撃をしようとする様子もなく、その点は安堵していた。
勿論、それで安堵して終わるような事態ではなく・・・。
本来なら、この後、教師達が入って来て、学園長の話があり、それから生徒会から代表して会長の挨拶があって、その後で音楽が流れてダンスをしたり軽食を摘んだり、思い思いにお喋りをしたりという流れになるのだが、その流れは険しい表情でアーネストのところに向かっていったヨーダと、その背に張り付くクロエ、それにそんな二人を取り巻いて移動する馬鹿男達によってぶち壊される。
近づく婚約者の、エスコートもせずに他の女を張り付かせているヨーダの姿に表情を硬らせているアーネストの前に立ち、そしてヨーダは胸を張り、自分の正しさを誇示するような態度で口を開き始めたのだ。




